「インドが舞台ながら、カレーらしく華麗な一作に至れなかった凡作」映画クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 インドが舞台ながら、カレーらしく華麗な一作に至れなかった凡作

2025年8月21日
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鑑賞方法:映画館

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【イントロダクション】
映画『クレヨンしんちゃん』シリーズ第32作(3DCG作品含めれば33作)。インドを舞台に、しんのすけ達「カスカベ防衛隊」の面々が、呪物によって“暴君(ボーくん)”と化してしまったボーちゃんを取り戻す為に歌って踊って大冒険を繰り広げる。
監督は、『バカうまっ!B級グルメサバイバル‼︎』(2013)から映画シリーズに参加し、今回で6度目の参加となる橋本昌和。脚本に『謎メシ!花の天カス学園』(2021)等、映画シリーズ7度目の参加となるうえのきみこ。

【ストーリー】
インドの"ハガシミール州ムシバイ"が、春日部と姉妹都市になったことを記念して、「カスカベキッズエンタメフェスティバル」が開催されることになった。そのダンス大会で優勝すると、ムシバイに招待され、現地のステージで踊る事が出来るのだ。

しんのすけたち「カスカベ防衛隊」の5人は、練習を重ねて見事ダンス大会で優勝し、インドへ招待される。ひろしやみさえ、園長先生ら大人達の引率の下、しんのすけ達はインドへと出発する。

インド観光を満喫する中、しんのすけとボーちゃんは現地の骨董品店を訪れ、店の2階で鍵の掛けられた棚に仕舞われていた「鼻の形」に似た不思議なリュックサックを購入する。実は、このリュックサックの鼻の穴部分から出ているティッシュペーパーには邪悪な力が宿っており、それを鼻に刺した宿主の欲望を引き出して超人的なパワーを与えるものだった。

ティッシュを片方の鼻に刺してしまったボーちゃんは、普段の大人しく優しい性格から豹変し、“暴君(ボーくん)”となって暴走し出してしまった。ボーくんはもう片方のティッシュを鼻に刺して完全な力を得ようと、しんのすけの持つリュックサックを狙い始める。

現地警察の特殊捜査官カビール(山寺宏一)とディル(速水奨)は、歌って踊って自らの中に眠る力である“インドパワー”を覚醒させ、事態の解決に乗り出す。一方、「強き者」を相棒にしたい大富豪のウルフ(賀来賢人)は、圧倒的なパワーを手に入れたボーくんを相棒にしようと彼に協力する。やがて、昨年のフェスティバルで一躍大スターとなった美少女アリアーナ(瀬戸麻沙美)も巻き込んで、邪悪なティッシュを巡る大冒険が始まる。

【感想】
これはXでも同様の意見が見受けられたのだが、昨今の『クレヨンしんちゃん』や『ドラえもん』といった子供向け映画作品には、「子供達にとって教育上真っ当なメッセージ性を込めなければならない」というノルマでも存在するかの如く、製作側の考える“正しい主張”が盛り込まれている印象。しかし、本作をはじめ、そういった作品は「物語の中にメッセージが存在しているのではなく、メッセージの為に物語が存在している」という印象を強く受けるものばかりで、決して成功しているとは言えないのである。

両作品とも作者が存命だった時代は、あくまで「エンターテインメントの中にメッセージ性が隠されている」という塩梅だったように思う。漫画家・手塚治虫先生の言葉にあるように、「テーマ(メッセージ)はさり気なく」を心がけるべきはずなのだ。
クレヨンしんちゃんの原作者・臼井儀人先生が生前に映画の脚本製作に携わっていたわけではないが、歴代の監督や脚本家達はこの塩梅から逸脱する事なく描いてきたはずなのだ。

では、メッセージ性の為に物語が存在してしまうとどうなってしまうのか。その答えが分かりやすく展開されているという意味では、本作を鑑賞する意義は十分にあると言えるだろう。
結論として、しんのすけ達の冒険と、敵キャラやキーアイテムの存在それぞれに繋がりが薄く、あまり必要性が感じられなくなっていたのだ。

インドを舞台にしんのすけ達が歌って踊って大冒険する姿と、インド文化と全く関係のない由来不明の謎のティッシュは、完全に別要素として存在してしまっている。
これならば、インドらしくカレーを巡った冒険だって良かったはずだ。例えば、「邪悪な力を与える伝説のスパイスの入ったカレーを誤って口にしてしまったボーちゃんに邪悪なパワーが宿ってしまう。ボーちゃんを元に戻す為には、邪悪なスパイスの効果を打ち消す、別の伝説のスパイスを用いたカレーを食べさせる必要があり、その為にしんのすけ達はスパイス探しの旅に出る事になる。その過程で、歌って踊って大冒険を繰り広げる」といった内容の方が、余程インドという舞台を存分に活かせたはずだ。

また、明確な悪役を呪いのティッシュという物言わぬアイテムに委ねてしまっている為、ゲストキャラクター同士の関係性が薄くなり、それが物語の推進力を削ぐ要因となってしまっている。特に、特殊捜査官のカビール&ディルペアと、大富豪のウルフはラストまで会話すらロクにしない始末だ。

昨今の『クレヨンしんちゃん』や『ドラえもん』に共通するもう一つの要素として、「打倒されるべき明確な悪役を登場させない。そうした役割は、アイテムや怪物といった意思疎通の図れない存在に委ねる」というものもあると思う。だから、昔のクレしん映画ならば、「大富豪のウルフが自身の支配を完全なものとする為に邪悪なティッシュを求めて暗躍する中で、捜査官達はその野望を阻止すべく動いており、しんのすけ達は意図せずして巻き込まれる」というシンプルで魅力的な構図が成り立っていたはずなのだが、本作ではえらく回りくどくなってしまっているのだ。

更に酷いのは、ゲストキャラクターのアリアーナの扱いに関してだ。暴走するボーちゃんを見離さずに立ち向かうしんのすけ達の姿に疑問を投げかけたり、仲間として受け入れられるボーちゃんの姿に嫉妬心を抱く役割を押し付けられ、完全に製作側のメッセージを描く為の道具にされてしまっている。そして、ひろしやみさえは、そんなアリアーナの姿を「人間、そんな時もあるさ」と真っ当な意見で励ますのだ。実に回りくどく、面倒くさい構図だ。

余談だが、アリアーナにしんのすけがいつもの調子で「お姉さ〜ん❤︎」とならないのは、しんのすけのモットーとして「18歳未満(高校生未満)の女性に興味は抱かない」というものがあるが、本作で明らかに一際可愛らしく描かれているアリアーナにしんのすけが終始興味を抱かないのは、彼女の年齢がその範囲より下である、もしくは現代的観点からオミットされた(その割に、列車内では女性観光客に声を掛けている)結果であろうか。

そして、こうしたチグハグな物語構成もあってか、インド映画を意識した歌や踊りが、殆どストーリー展開に寄与していないという問題点も引き起こしている。
製作にあたって、製作陣がインド現地への取材やインド映画の予習をした事は勿論ではあろう(特にインドの背景美術のクオリティ)が、それでも「インド映画って、こんな感じだよね」という“何となくの雰囲気”で作られているなと感じざるを得なかった。子供向け作品なので、歌と踊りにフォーカスしていれば問題はないのだが、近年では日本でも『バーフバリ』シリーズや『RRR』のヒットを始め、様々なインド映画を鑑賞出来る機会に恵まれている為、近年のインド映画(その中でも言語地域によって更に細分化されるが)のクオリティが最早ハリウッド大作と遜色ないレベルにまで来ている事を実感している身としては、やはり「子供騙しだな」という印象はあった。

とはいえ、賞賛すべきポイントもいくつかある。その中でも本作最大の評価ポイントは、迷子になったしんのすけが街中で『オラはにんきもの』を歌いながら踊るシーンだろう。前任である矢島晶子さんから役を引き継いだ小林由美子さんによる往年のテーマソングの歌唱は、ファンとして嬉しく思った。

途中、ひろしが逃亡の為に皆を小型セスナに乗せて飛行する際、彼がインドパワーを引き出す為に歌うのが、『トップガン』シリーズのKenny Logginsによる『Danger Zone』なのにもクスリとさせられた。トム・クルーズの日本語吹き替え声優が、ひろしと同じく森川智之さんだからという“中の人”ネタであるのだが、下手すれば親御さんの中にも通じない人が居るのではないかというレベルのネタである。しかし、こうしたネタを仕込んでくるのは、かつてTVスペシャルで『スター・ウォーズ』を告訴ギリギリレベルでパロディしたりしていた、往年のクレしんらしさが感じられて良かった。
サビ以外の歌詞は何となくリズム感だけで覚えているというのもあるある。

実は、これらの評価ポイントは、ちゃんと歌と踊りに関係している部分であるので、やはり物語の構成やキャラクター設定に一本の筋が通ったものであれば、クレしんとインド映画的要素は、本来なら相性は良かったはずなのだ。
せめて、エンディングでしんのすけ達が主題歌となるオリジナル楽曲に合わせてアリアーナと共に皆で踊るといった演出でもあれば、もう少し満足感は増していたはずなのだが。

【総評】
昨今の子供向け映画における製作側の姿勢、それが上質なエンターテインメントを成立させる上での障害となる事を浮き彫りにした一作だったと言える。
監督と脚本が比較的優秀な人材を宛がわれていただけに、少なからず期待もしていたのだが、残念な結果になってしまったと言わざるを得ない。

それでも、本編終了後の来年の映画予告では、季節的にも相性バッチリな(恐らく公開はまた夏になるであろう)妖怪モチーフの映画となる様子で、これまでもファンタジー世界との高い親和性を発揮してきたクレしんならではのポテンシャルが存分に活かせそうな題材のチョイスには、正直ワクワクさせられた。
監督や脚本を誰が務めるにせよ、ここらで今一度本物のエンターテインメントを見せつけてもらいたい。

緋里阿 純
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