「ゴドーを待ちながら」シンシン SING SING 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)
ゴドーを待ちながら
刑務所内の演劇プログラム「RTA(Rehabilitation Through the Arts)」に参加する囚人たちの実話を基にしたフィクションであり、
元囚人たちが自ら演じることで、
リアリティと情感を生み出している。
劇中で繰り返される「脱獄」というセリフは、
単なる物理的な逃亡だけではなく、
演劇を通じて心の自由や自己再生を果たすメタファーとして響く。
この「脱獄」は、
フランス映画『アプローズ、アプローズ 囚人たちの大舞台』
で描かれた、囚人たちの演劇を通じて脱獄した実際に起きた事件、
サミュエル・ベケットもコメントしていた記憶にも新しい実際の事件への、
メンションとも言えるだろう。
本作の核となるのは、
演劇プログラムが囚人たちに与える小さな変革の力だ。
RTAの実際のデータによれば、
参加者の再犯率は一般的な囚人の60%からわずか5%に低下するという(データソースは劇中では明示されないが、効果の大きさは印象的だ)。
この驚異的な数字は、
演劇が単なる娯楽を超え、
自己理解や他者への共感を育むプロセスとして、
機能していることを示唆する。
多くの国で義務教育の必修科目に演劇が取り入れられているのも、
こうした共感力や合意形成のスキルを養うためだ。
体育や音楽の先生同様、
演劇の先生が校門に立っているのだ・・・・
日本ではまだ馴染みが薄いこの教育アプローチを、
本作は力強く肯定する。
映画の最大の魅力は、元囚人たちの生々しくも繊細な演技にある。
彼らは台詞や立ち位置を覚えるのに苦労し、
ぎこちないリハーサルの場面は観客にリアルな人間臭さを感じさせる。
しかし、
プログラムの外での彼らの姿「言葉」や「立ち位置」を模索しながら互いに支え合う様子は、
演劇が彼らの内面に変化をもたらす過程を鮮やかに映し出す。
こうした瞬間を捉えるカメラワークも秀逸だ。
複数の人物が同時に話し、
ありえないセリフの被り、
誰が次の言葉を発するかわからない混沌とした対話を、
カメラは追いかける。
特に、登場人物の【傷】と地面や床を意図的にフレームに収める構図は、
彼らの「立ち位置」が物理的・精神的に揺れ動く様を象徴しており、
視覚的、触覚的な語り口として効果的だ。
演出面では、後半の展開が特に際立つ。
プロフェッショナルな脚本と演出の巧妙さが光り、
観客の感情を一気に高揚させる。
元囚人たちの不器用だが真摯な演技と、
プロの手による物語の洗練された仕上げが融合することで、
映画は単なる実話の再現を超え、
普遍的な人間ドラマへと昇華されている。
まとめ
演劇が持つ癒やしと解放の力を描きながら、
刑務所という閉鎖的な空間で、
人間の尊厳を取り戻す姿を提示する。
元囚人たちのリアルな存在感と、
カメラが見つめる彼らの「足元」が、
観客に深い余韻を残すだろう。
演劇とは何か、失望、挫折、再生とは何か、
シンパシー、エンパシー、
その答えを模索するすべての人に、
この映画は静かだが、力強い一撃を与えるだろう。