「庵野秀明監督が何故「シン・ゴジラ」の身長を“雪風”の全長(118.5m)にしたのか?その答えがここにあるのかもしれない」雪風 YUKIKAZE 菊千代さんの映画レビュー(感想・評価)
庵野秀明監督が何故「シン・ゴジラ」の身長を“雪風”の全長(118.5m)にしたのか?その答えがここにあるのかもしれない
「雪風」の名前を知ったのは、映画『シン・ゴジラ』公開後に出版された公式本「ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ」
シン・ゴジラの身長が雪風の全長118.5mに由来しているという事が記載されていて初めて興味を持った。
戦艦マニアでもなんでも無いのでそれまでは正直名前も良く知らなかった。
雪風とシン・ゴジラの身長に関係がある事は意外と知られてないかもしれないが、庵野秀明総監督が何故その身長にこだわったのか、その答えを知りたいと思い鑑賞した。
また、映画『ゴジラ-1.0』にて駆逐艦「雪風」艦長堀田辰雄役で好演していた田中未央が「大和」艦長役として登場、多くのお客さんは恐らく『ゴジラ-1.0』に登場した「雪風」に興味を持ち、鑑賞された方が多いのでは無いかと思う。
戦後80年という区切りの年だが、2025年公開作品で第二次世界大戦を描いた作品は意外と少ない。
そんな中公開された本作
とにかくキャスティングは豪華だ。
主演雪風艦長役には『シン・ゴジラ』にも登場した竹野内豊
助演も先任伍長役に『沈黙の艦隊』の玉木宏、第二艦隊司令長官役に『連合艦隊』『亡国のイージス』の中井貴一、砲術長役に『坂の上の雲』の藤本隆弘、戦艦「大和」艦長役に田中未央、『MOTHER』で日本アカデミー賞新人賞受賞奥平大兼、『亡国のイージス』からは中井貴一はじめ三浦誠己、山内圭哉、益岡徹。女優陣も田中麗奈、當真あみ、メインキャストでは無いが有村架純もラストに意外と重要な役どころで出演する。
主題歌はUru
このラインナップを見ただけでも充分大作感満点。
そして、各キャスト陣のラインナップが図らずも過去に出演した壮大なVFX映像を想起させ、多くの観客の期待感を上げたに違いない。
しかし、感想コメントを読んでも総じて“映像がしょぼい”、と映像面への評価は極めて厳しい意見が目立ってる。
日本のVFXクオリティは『シン・ゴジラ』『沈黙の艦隊』『ゴジラ-1.0』など確実にハードルは上がっている。
TVレベルでもクオリティが高い作品は色々あるが、本作のVFXは恐らく2009年NHK製作「坂の上の雲」の日露戦争日本海大海戦とほぼ同じくらいのスケール感に感じた。放映当時は、日本のテレビドラマレベルを遥かに超えたと言っても良い(今観てもTVレベルなら充分高いクオリティ)ほど衝撃的な映像だったが、既に十数年が経ち、国産VFXクオリティが上がってる今、映画館で観る映像としては物足りないと言わざるを得ない。
映像に対して酷評9割と言うのはその通りだと思う。
予算が無いなら無いなりに、画そのものにもっと工夫をすれば良かったが、何故かVFX大作の同様の画を撮ろうとした事が敗因。センスオブワンダーが無いのだ。
山田敏久監督は長い間助監督として多くの作品に関わっているが、本作が監督デビュー。
監督にして、脚本も手掛けている庵野秀明監督や山崎貴監督との格の違いをまざまざと見せつけられる結果となってしまった。
一転、脚本自体はそこまで悪いとは思わなかった。
史実を元に脚色されてるとは言え、“雪風”が何故戦禍の中不沈・幸運艦と呼ばれたのか、家風ならぬ“艦風”というものがあったとパンフレットのコラムに書かれ、なるほど“幸運艦”は決して奇跡では無く、必然があった事であろう描かれ方は非常に興味深い内容だった。
最期の航海1945年4月「大和」の沖縄特攻時も、帰りの燃料は積まない一撃必殺の特攻を伝える軍部に「若い人にはこれからの日本を立て直してもらわないといけない、彼らを乗せて帰るには、帰りの分の燃料も必要です」と反論をしていたのも、本当にそんな進言をしたのか疑問は残るが、結果として帰投した事を考えると、それだけでも“奇跡”と呼べるだろう。
“雪風”がただ戦禍を乗り越えたということだけでは無い、その名に大きな意味が込められている事を知れた事は大きな意味を持つものであった。
ただ、これらの話しが戦時の美談と考えるのはやはり早計な気がする。
NHKの「雪風」元乗員の証言などを見ると、上官のしごきなどは決して美談では語れないものがあったし、沖縄特攻時は燃える物などは一切積まず、積荷だけでこれからの出撃が尋常じゃない事を察したと証言されてる。海に投げ出された生存者の救出はそれこそ壮絶な地獄絵で、投げ出された人々は沈没する大和の重油にまみれ甲板に引き上げてからお湯で洗い流し服は捨てたという、あの映像の様な縄梯子ではなく一人一人一本ロープで引き上げてたとも語っている。
それに映画では、重油でまみれる海上から引き上げられるはず?にも関わらず、みなさん綺麗なおべべで救出され、到底戦禍の中を掻い潜っている様に思えない“画”も、史実を元にと宣伝している割にリアリティを感じさせない要因かもしれない。
まあ、ドキュメンタリーではないので、極限の史実をありのまま描く事は難しいかとは思うが、それにしてももう少しリアリティを表現できていれば良かったのかと思う。
しかし、幸運艦としての“雪風”の特徴的存在感は伝わるものがあった。
少なくとも「お国のために」と国民相マインドコントロールされてる戦時下において、生きて帰る事を一義に考え艦の規範としていた事が、その後の船乗り(海上自衛官や海上保安庁乗組員など)達の理念に引き継がれたと考えると、雪風が救った多くの命が日本を建て直す礎になった事は間違い無いだろう。
シン・ゴジラの身長が118.5mである事。
『ゴジラ-1.0』で吉岡秀吉演ずる水島が「この国は人の命を粗末にしてきた、生き残る事を誇りとしたい」そう語った事も、何か“雪風”という存在と結びつきそのアイコンの大きさを感じさせる。
パンフレットに、映画監修をした元自衛官であり護衛艦の艦長も務めた五島浩司氏のコメントが寄せられていた。
「“雪風”は護衛艦のりにとって憧れであり、艦長を目指す若い幹部にとって目標」
ここで言う雪風は自衛隊護衛艦の事だが、“雪風”という名前が、単なる駆逐艦の名前だけという訳ではないという事。現在も錨が広島県江田島市の海上自衛隊第1術科学校教育参考館で展示されている。錨の横には史実のみ記載された案内があるが、それらが意味する事はあまりにも深く重い過去の歴史への反省と、新しい未来へ生きて“希望”を繋げる事の大切さを伝えている様な気がしてならない。
