「主人公を猿で描く意味」BETTER MAN ベター・マン おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
主人公を猿で描く意味
猿が主人公でしかも歌手という意味不明な設定に興味を惹かれた本作。幸運にも試写会に当たったので、一足早く鑑賞させていただきました。主人公が猿である理由を、観る者にいろいろと考えさせる作品であったように思います。
ストーリーは、イギリス生まれで歌うことが大好きな少年ロビー・ウィリアムズが、ショーマンである父に憧れ、自身もスターになることを夢見て受けたオーディションに運よく合格し、ボーイズグループ「テイク・ザット」」のメンバーとしてデビューして人気を博し、グループ脱退後もソロアーティストとして活動しながら国民的スターへと上り詰めていくが、その裏で苦悩する姿を描くというもの。
主人公ロビー・ウィリアムズは実在する世界的ポップ歌手らしいですが、音楽に疎い自分は全く知りませんでした。本作では、彼の幼少期から話を起こし、家族や仲間との関係性を織り交ぜながら、トップスターになるまでの紆余曲折を描いており、とても勉強になりました。近年、有名アーティストの自伝的映画が多く、そのほとんどが成功とともに酒と女とドラッグでボロボロになっていく主人公の姿を描いていますが、本作も似たような展開となっています。
冒頭は、何の脈絡もなく猿として描かれるロビーが、友達からも家族からも普通に受け入れられている様子に強烈な違和感を覚えます。というのも、本物の猿が人間と共演しているとしか思えないほど、映像がリアルだからです。さすがアカデミー賞で視覚効果賞にノミネートされるだけのことはあります。とにかく、ここを飲み込まないと、なかなか話が入ってきません。それでも、デビュー後のパフォーマンスには、目を奪われるものがあります。中でも、序盤の「ラ・ラ・ランド」を思わせる街中でのミュージックビデオ風シーンは、多数のダンサーを投入し、さまざまな工夫を凝らしたパフォーマンスが圧巻です。
そこから先は、栄光と転落を見せられ、なんだか苦しくなりますが、不死鳥のように蘇るロビーの姿には、彼の意地やプライドのようなものを感じます。とはいえ、常に自身の内に弱さや不安や劣等感のようなものを抱えて、ギリギリの崖っぷちで踏みとどまっているように見えるのが痛々しいです。
幼少期から周りに認められたくて頑張っても結果が伴わず、大好きな父からも見捨てられたかのように感じた彼は、常に不安定な思いを抱いていたのではないでしょうか。そんな彼をありのままに受け入れ、絶対的な安らぎを与えてくれたのが祖母。その最愛の祖母を失ったロビーが自分を保つためには、もはやドラッグしかなかったのでしょう。
そんな彼が、薬物依存から脱却し、ラストで父と共にステージに立つ姿が、本当に沁みます。もちろん冒頭で父と熱唱した「マイ・ウェイ」の回収なのですが、これまでのロビーの生き様、父との関係性などを振り返り、ロビーが力強く前に踏み出したことが伝わる、圧巻のステージに胸熱です。
主人公が猿である理由は結局わからずじまいでしたが、私は、ロビー自身の苦悩のように感じました。人は誰しも、大した力はなくても、何者かになりたいと願うものです。でも、いざ立場を得ると、今度は自信のなさが不安や劣等感を生みます。ロビーは、周囲が求める自分と本来の自分とのギャップに悩み、虚栄心と自尊心の狭間で苦しんでいたのかもしれません。客席に幻覚のように現れる過去の自分の姿は、ステージ上にいる偽りの自分を客観視する本当の自分のようです。それとも、名声を手にして進化の止まった自分を冷ややかに見下される恐怖の具現化でしょうか。あるいは、よりよき人になりたいと願いつつ、まだなりきれない自分を、人ならざる姿として描いているのでしょうか。タイトルの「BETTER MAN」とあわせて、さまざまに考えられて興味深いです。
主なキャストは、ロビー・ウィリアムズ、ジョノ・デイビス、スティーブ・ペンバートン、アリソン・ステッドマンら。ロビー本人の歌声が、本作に確かな説得力を与えています。