「年齢なんてただの数字。楽しむ気持ちに年齢制限はない。」アーサーズ・ウイスキー 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
年齢なんてただの数字。楽しむ気持ちに年齢制限はない。
発明家の旦那が遺したウイスキーを飲んだ仲良し高齢女子3人組が20代に若返った!3人は人生最後の女子会にラスベガスへ!
人生とは、若さとは何かを気付かせてくれるハートフル・コメディ。
70代を迎えるジョーンは、冴えない発明家の夫アーサーを落雷の事故で失くしてしまう。葬儀を終え、親友のリンダ、スーザンと共に彼が発明で使っていた納屋を掃除しようとすると、飲酒をしないはずのアーサーが隠していたウイスキーのボトルを見つける。その夜、彼女達はアーサーを偲んでウイスキーを開ける。翌朝、目を覚ました彼女達は、全員20代に若返っていた。
突然の事態に戸惑いながらも、すぐさま3人は取り戻した若さを謳歌しようとする。しかし、現代的な若者の生活が分からない3人は、最初の若返りを上手く過ごせず、ウイスキーの効き目が切れて元に戻ってしまう。やがて3人は、やりたい事リスト(バケットリスト)をそれぞれ作成し、貴重な若返りを有効活用しようとする。
「ウイスキーを飲んだら若返る」という、名探偵コナン君も真っ青の荒唐無稽なアイデア一つで突っ走る。しかし、意外にもウイスキーによる若返りに頼るばかりではなく、後半は現在の自分と向き合い、別れや新たな繋がりを経て、残された人生を謳歌する展開へと向かってゆく。
繰り返しウイスキーを飲んで若返る中で、次第に若返りの時間が短くなって行くのはお約束。
オスカー女優ダイアン・キートンの演じるリンダが特に素晴らしく、夫に裏切られた過去の清算の為に若返って会いに行くシーンはスカッとさせられた。また、3人の中で唯一息を引き取る事になってしまう彼女は、クライマックスのラスベガス旅行では若返りをする事なく、「若返った自分は、本当の自分じゃないみたい。ありのままの自分を楽しむ」と、最期まで自分らしくある事を選択する。長い間、過去への後悔に囚われ続けていた彼女が、ようやくありのままの自分を受け入れられて良かった。
歌手でもあるルルが演じるスーザンは、可愛らしいおばちゃんという印象だった。ジョーンやリンダとは違い結婚歴が無く、その事に対する後悔を背負っている。
「年齢なんてただの数字よ」
本作でも最も印象に残るであろう、この素敵な台詞。それを度々口にするスーザンが1番、“年齢”に囚われながら生きている。キッチンカーの店主ジェームズと恋仲になる事を年齢を理由に懸念し、ウイスキーで度々若返っている。しかし、回数に限りのあるウイスキーではいつまでも隠し通す事は出来ない。だからこそ、彼女もまたありのままの自分を受け入れて、勇気を出してジェームズに真実を告げる。料理に対する深い愛情と理解が、ジェームズに目の前に居る彼女があのスーザンなのだと納得させる瞬間の暖かさが良い。
本作の主人公ジョーンを演じたパトリシア・ホッジは、TVや舞台を中心に半世紀以上も活躍してきた大ベテランだそう。
ちょっと気の強そうな見た目に反して、パートナーであったアーサーへの深い愛や、友人達への理解を示す暖かい女性。しかし、息子に対してだけは、少々棘のある一面が垣間見える。
バイセクシャルの為、若かりし頃に恋したカレンという女性を探し続けており、若返りの半分をこのカレンという女性の捜索に充てている。しかし、捜索は思うようにはいかず、息子の気遣いが発見の鍵となる。
ようやくカレンに辿り着いたジョーンは、最後のウイスキーで若返り、病室の彼女を訪ねる。恐らく、「美しい思い出の中の自分として会いたい」という乙女心によるものだろうが、最後は効き目の薄れたウイスキーの影響でしっかりと現在の自分の姿で再会を果たす。過去と現在、2つの自分の姿で愛する人と再会する展開への持って行き方が良かった。
ラスト、ジョーンとスーザンは亡くなったリンダとの約束を果たすように、スカイダイビングに挑む。若さを取り戻し、それぞれが過去と向き合いながら現在のありのままの自分を受け入れられるようになったからこそ、彼女達は全力で“今”を楽しめるようになったのだ。
エンドロールでの、ラスベガスのステージ上で現在の姿を演じたキャスト3人と、過去の姿を演じたキャスト3人が、共に歌い踊るサービスは個人的に◎。
本作の公式サイトで、ドラァグクイーンのヴィヴィアン佐藤氏が素晴らしい文を寄せている。
【アーサーのウィスキーって、その醸成期間だけ若返るということかしら。
ウィスキーは熟成させなきゃ美味しくないように、人生だって熟成が必要。
人は若返りだけを求めると
他人もそこにしか興味を持たなくなるという悲しさよ!】
そう、人生を豊かにするのは、決して若さだけではない。長い時間を掛けて、過去を積み重ね、“熟成”させたからこそ見えてくる景色もあるはずだ。若返りのウイスキーを手にした3人は、ファッションや流行を現代に寄せようと努力するが、やがてありのままの自分を受け入れて人生を楽しむ選択を出来るようになる。
誰にだって「若い時代」は存在する。大事なのは、“その頃、その時代に「若さ」を持っていたからこそ経験してきた事。その時に見た景色”だと思うのだ。
【青春とは、人生のある時期をいうのではなく、心のありようを呼ぶのだ】
サムエル・ウルマンの『青春の詩』にあるように、自分の中に「今を楽しむ。今だからこそ出来る事を楽しむ」という意思を宿してさえいれば、人はいつまでだって若くいられるのだろう。スーザンが最後に言った「楽しむ気持ちに年齢制限はない」という台詞にあるように、彼女達は再び自分の中に若さを取り戻したのだ。
残された2人の青春は、まだまだ続いて行くのだろう。