「スコセッシ映画との呼応、ゼメキス風VFX添え」ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
スコセッシ映画との呼応、ゼメキス風VFX添え
まず驚かされるのが、香港市場最大規模の企業犯罪とされる実際に起きた事件が本作のモデルになっていること。また映画ファン的な注目ポイントは、「インファナル・アフェア」で宿敵同士を演じたトニー・レオンとアンディ・ラウが20年ぶりに共演する点と、「インファナル~」3部作で共同脚本を手がけたフェリックス・チョンが監督・脚本を務めている点だろうか。
トニー・レオンが演じる主人公チンのモデルになった陳松青(英名ジョージ・タン)は、シンガポールで破産したのち1970年代後半に香港で起業、わずか数年で数十億ドル規模の企業グループ佳寧集団(キャリアン・グループ)を築き上げる。しかし急成長の裏で、不動産取引がらみの不正会計、インサイダー取引、贈賄といった具合に数多くの犯罪が行われてきた。ただしこの事件について、中国語圏以外では意外なほど情報が少なく、Wikipediaでは中国語版で「陳松青」「佳寧集團」「嘉寧事件」があるのみ(ブラウザの翻訳機能などを使えば概要はつかめる)。日本語メディアでは、Business Insiderの「トーマス・クック、リーマン、パンナム…歴史に残る9つの企業崩壊」と題された翻訳記事で短く紹介されていた。
さて、稀代の詐欺師チンの不正を暴こうと執念を燃やすのが、汚職対策独立委員会(中国語名:廉政公署、英名Independent Commission Against Corruption: ICAC)の捜査官ラウ。このICACは日本の観客の大半に馴染み薄と思われるが、職能としては検察庁に属する特別捜査部と内閣府の下部組織である公正取引委員会を足した感じだろうか。ただしICACの場合は独立した委員会で、責任を負うのは首長(映画の舞台となる時代では香港総督、返還後は香港行政長官)に対してのみ、銃の携行も許可されているので、作中で描かれるように凶悪犯とも直接対決する強い執行力を伴うようだ。
「インファナル・アフェア」での役どころはトニー・レオンがマフィアに潜入した警察官ヤン、アンディ・ラウが警察に送り込まれた構成員ラウだったので、本作での正義漢と悪漢を入れ替えた配役も心憎い。さらに、詐欺の手口により財界で成り上がっていくピカレスク映画のスタイルに、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」との類似点、さらには同作のマーティン・スコセッシ監督との縁に思いを馳せる観客も多そうだ。スコセッシといえば、「インファナル~」をハリウッドでリメイクした「ディパーテッド」を2006年に監督。そして2013年のスコセッシ監督作「ウルフ・オブ~」と似た物語要素を持つ今作「ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件」を、今度はフェリックス・チョン監督が作った。なにやら「インファナル~」キャスト・製作陣とスコセッシ映画との創造的な呼応が続いているようで、映画ファンとして嬉しいポイントだ。
ハリウッド映画との関連でもうひとつ。70年代末から80年代にかけての時代を再現したレトロ感のある映像にキャラクターを合成したり、開発事業を拡大させるチンが“大物”になっていく象徴的な姿をミニチュア風の動く街並みと対比させて表現したりといったVFXの使い方が、ロバート・ゼメキス監督の「フォレスト・ガンプ 一期一会」や「マーウェン」などを想起させ、70億円以上とされる製作費のぜいたくな使いっぷりに驚きつつ羨ましく思った。
ただし、2大スターの再共演という点では、アンディ・ラウが演じた捜査官が相対的にキャラクターが弱く、「インファナル~」の宿敵同士が命懸けで対峙する迫力に比べて対決の見せ場が少々物足りない。
懐かしいポイントとしては、チンの絶頂期のどんちゃん騒ぎでボーイズ・タウン・ギャングのカバーバージョンの「君の瞳に恋してる」(Can't Take My Eyes Off You)が流れるシーン。日本でも1982年頃から大ヒットして、ディスコや街中で、テレビやラジオでしょっちゅう流れていたのを思い出した。あの曲が日本と同様に香港でもバブリーな記憶と結びついているのかと思うと、ちょっと親近感がわいた。