秒速5センチメートルのレビュー・感想・評価
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愚弄された気分
アニメ版の信奉者です。
俳優さんのキャスティングは素晴らしかったです。原作通りのイメージの方々をここまで揃えられるものなのかと感心しました。大人版の明里を除いて・・・
演技も大変素晴らしかったです。皆さんアニメ版をリスペクトしているのが伝わりました。
ただ、アニメ版を見たものからすると、ストーリーの改変は弄ばれた気分です。正直、嫌悪感しかありませんでした。
所々追加された設定・演出もイマイチです。詳細は割愛します。原作ファンは見ない方がいいと思います。
映像が綺麗とか言われていますが、良くわかりませんでした。アニメ版で感じた映像美からすると特に感じるものはなかったです。
過去を振り返るシーンをざらつきのある映像にしていたのは演出かと思いますが、普通の方が良かったのではないでしょうか?
映像が粗いようにしか見えませんでした。
アニメ版のエンドロールの音楽は観客の切ない想いをそのまま表現したかのようなもので
余韻に浸れたのですが、米津玄師の歌は汚かったです。
米津玄師さんの歌は作品にあったものになっており大概好きなのですが、今回は作品にあってないと思いました。
秒速5センチメートルが実写化されると聞いて大変危惧していましたが、その通りの結果となりました・・・・・
秀逸な原作の再構築
原作の再構築により、より分厚く丁寧に描かれ、もはや実写版というより、
新たな『秒速5センチメートル』が誕生したといって過言ではない。
再構築というのは、原作の紡ぎあげ方とは異なり、
現在の貴樹と明里をはじめ美鳥までもが丁寧に描かれているのは好感が持てた以上に
グッと胸にきた。
森七菜演じる花苗の一挙手一投足が実にリアルだ。
貴樹を見る表情、髪をかく仕草、ヨーグルッペを飲む仕草など、枚挙にいとまがない。
花苗をみているだけで泣きそうになるくらいせつない。
これは原作を観ているだけに余計にそう感じるのかもしれないが、
もはや森七菜の演技が異次元過ぎて、もはやこのパートだけで持っていかれた。
宮﨑あおいが演じる美鳥も実に深みを増している。
現在パートに登場し、貴樹とのコミュニケーションがはかられるのもグッとくる。
高校時代の貴樹に向ける表情が厳しさも優しさもあり、宮﨑あおいの魅力全開で
私としてはうれしすぎる起用であった。
木竜麻生演じる水野理紗も原作よりも丁寧に描かれていて、
貴樹といっしょに過ごすシーンや、
メールだけではなく、ちゃんと貴樹とお別れするシーンがあることにグッときた。
そして高畑充希演じる明里も、原作では幼少期のイメージしかないのだが、
しっかり現在パートで今の明里を描いていたり、
貴樹とニアミスが複数回起きるところは、もどかしい気持ちでいっぱいになる。
それにしても高畑充希がとても魅力的で、ハマり役だと思う。
貴樹を演じた松村北斗は、こういう拗らせ系の男子を演じさせたら右に出るものは
いないくらいに自然だ。
松村北斗が主演だからこそ助演の俳優陣が映えているのかもしれない。
奥山由之監督の映像も素晴らしい。
デジタルで撮影したものをフィルムに焼き付ける手法をとったとのことだが、
このアナログのような質感は本作とマッチしていて、観ていてすごく気持ちがよかった。
原作を観ていなくても充分に楽しめる。
私としては今年ベスト級の作品。
※女性の俳優陣は私の推しの方ばかりで、このキャストでなければ評価4.5だった
大島依提亜さんデザインのパンフレットを読んで、余韻に浸ろうと思う。
10/13おかわり観賞。
明里の思い出に終わらず現在と続いているとの心情は
実際に行動にあらわれていて、あらためて感動した。
自販機のボタンを2つ同時に押す。小惑星1991EV。天文手帳などなど。
「貴樹くんは大丈夫」のセリフは貴樹との決別だったのだと
わかった。立派な大人になっているから、もうここで会わなくても大丈夫。
だから16年後の約束の場所に明里はこない。
そのことに貴樹がわかったのは現在のプラネタリウムの中。
このプラネタリウムの中で前に進むことを決意した
貴樹の顔つきは確かに変わっていた。
ラストシーンの交差する電車は貴樹と明里は
別々の道を進んでいることへの示唆か。
そういえばボイジャー1号2号もそう言えるかも。
踏切で明里の姿が見えなくなっても貴樹は追わない。
しっかり前を向いて歩き出す。
だから、単純な恋愛ストーリーではないのだな。
小川館長(吉岡秀隆)と美鳥(宮﨑あおい)がいかに重要な
役どころかあらためて気づかされた。
映像も街の明かりや自然の風景など素晴らしすぎる。
私としては完璧な作品。
ひとつひとつのシーンに無駄がなくつながっている。
思わず唸ってしまうほど完璧。
自分のノスタルジーと重ねながら
ライト層にささるのかは疑問だが
個人的には、わざわざ劇場で邦画の恋愛映画を観ることは殆ど無いが、これはちゃんとした映画でした。
大画面で観る意味はあると思います。
映画が終わって、10代と思われる女子達が、60分くらいでまとめれたんじゃないかと話しているのが耳に入ってきました。
もとのアニメ版が60分少々なので、まあ言ってることは的外れでは無いかと思いましたが、あえて実写にして、絵作りに拘ると120分になったのかと。
スマホネイティブの若い世代やライト層には、ちょっとかったるいのかもしれません、大ヒットするか否かは、運次第でしょうか。
国宝のようなミラクルな売れ方は、色々分析されていますが、実際は不透明な事が多いです。
分析を正確にできるならば、毎年同じようなメガヒットができてるわけで。
最近、宝島、バトルアフター…、と2連敗中だったので、少し取り戻せたかなという映画。
星3つにしたマイナス面の話をすると、
・劇中歌が邪魔、MVかよとツッコミたくなります
・絵作りの拘りはいいんですが、あのザラつき感みたいなワザとらしさは、ちょっとひきます、もっと正面突破で良かったのでは
プラス面、
・松村北斗、高畑充希の演技
・脚本
・ロケ地の映像
こんな感じでしょうか。
新海誠の知らない思い出を植え付けられる心中みたいな自傷行為。なのに最後は宇宙に一人放り出されるようなそんな映画。
タカキの恋のペースが5センチメートルだよな。
お互いに呪いを掛け合ってるし、特にあんだけ遅れたのに待っててくれるとか完全に落ちます。勘違いもします、両思いなのに伝えられなかったのが悲劇だね。だから何も起こらないし始まらない。でもやっぱりずっと初恋の子に送るメール作っては消してを繰り返してるのは気持ち悪いよ、タカキ。
でもめちゃくちゃ共感できるんだよな。中学時代にあんなゴリゴリの恋したら戻りたいって思うし苦しいもん。その先の人生が先の見えないトンネルになるわけだ。
タカキくんにとってあの頃、というか明里が人生の全てだし唯一縋れる道標だったんだな。明里にとってはタカキくんを形成する周りのコンテンツが日常だけどタカキにとってはキラキラした思い出そのものみたいな明里がすべて。そのすれ違いもあるしタカキは言葉にしないからな幸せにはなれないよ。俺への当てつけだよな、新海誠?わかってるよ。タカキは俺だ。日々気取って動のない日を生きてるよ。
どんでん返しは無いんだけど心に確かな引っ掛かりを残された。生半可な気持ちで見に行ったちょっとナードなカップルは刺さりすぎて眠れないんじゃ無いかな。
細かな表情での感情表現も素晴らしく、こっちまで泣きそうなくらいだったし、子供のころのどこか依存じみた恋愛模様がものすごくアダルティックででも変に背伸びしてなくて等身大の全力な恋で、こんな恋愛したかったなあって、あれ?でもしたことあるんじゃないか?って思わせるパワーがあってすごくいい。
たしか高校時代のとこでケータイポチポチしてるとこって居酒屋で言ってた宮沢賢治味のあるポエムを書いてるのは嘘で明里へのメールを書いては消してを繰り返してた覚えがあるんだけど、こいつめちゃくちゃ気持ち悪いって思ってた。電車のシーンで「大丈夫」って言ったの聞いてればちゃんと引きずらず次の恋もできたはずだし高校時代ももっと充実したものになってたはずだよ。
見終わった後の心にぽっかり穴の空く独特の浮遊感は他では味わえません。ほんとなんでもっと早く好きって伝えなかったんだよタカキ。
心にしこりが残りすごく苦しくなるそんな原作の感覚をそのままに実写化されててほんとにほんと良かった。個人的には過去一の実写映画。米津に釣られて行ったけど映像も夢みたいで良かった。大ヒットはしてほしく無いな。自分だけの思い出にしておきたい。
胸の奥がキュッとなったまま余韻に浸れる名作です。
蘇る淡い記憶、そして未来へ…
カブに乗ったりサーフィンをする澄田花苗にアニメ版では思い入れはありませんでしたが、今作で森七菜さんが新しく命を吹き込んでくれました。
美女が勢揃いで、顔のアップが多めの映画でした。
ヒロインを演じた高畑充希さんと森七菜さんは『国宝』で吉沢亮さんとラヴシーンを撮った二人。今作でも主人公とそうなる可能性はありましたが、遠野貴樹(松村北斗)はそういう男ではないのでした。水野理紗さんが扮する木竜麻生とも何もせず、澄田花苗の姉(宮﨑あおい)と二人で酒を飲むというシチュエーションがありながら何も発展はせず、それが遠野貴樹という男なのであります。
恋に破れ続けた『男はつらいよ』の車寅次郎の足取りを追っていく満男(吉岡秀隆)のように、小川館長(吉岡秀隆)の足跡をたどりそうな遠野貴樹でした。
近くにいるのに、会えそうで会えないすれ違いが面白かったです。
遠野貴樹の未来に期待することにします。
プラネタリウムのシーンは、映画館とリンクしていて臨場感がありました。
2009年が舞台で、さらに過去のシーンが大半を占めてる思い出を見るような、ノスタルジックな雰囲氣があります。
パンフレット中の「天文手帳'92」が良いです。
鑑賞後、思い出して心がギュッとなって涙が出る作品です。
美しさに酔って、核心を見失った映画
久しぶりにスクリーンで宮﨑あおいを見た。
年齢を重ねていた。当たり前だが、宮﨑あおいも歳をとるのだと実感した。
そして、同じ時間を生きてきた僕らもまた、あの「秒速5センチメートル」という映画の登場人物と同じように歳をとった。だからこそ、この実写版には期待してしまった。アニメ版が描いた“時間に置いていかれる痛み”を、いまの時代でどう再構築するのか。その答えを見たかった。
結果的に、私はこの実写版に期待しすぎたのだと思う。
アニメ版が放ったあの「痛みの静寂」、時間と記憶がすれ違っていく切実な美しさ――それを現代的な映像技術で再解釈する、という触れ込みを聞いた時、誰だって胸が高鳴るだろう。だが、結果的にこの映画は、美学を再現することに成功したが、情緒の再構築には失敗した。新海誠の作品世界を“表層的な映像詩”として理解したまま、構造的な悲しみの仕組みを見落としてしまった印象だ。
まず、時代感の扱いが中途半端だ。アニメ版が2000年代前半の通信文化――手紙、PHS、ガラケー、そしてドコモタワー(ドコモ代々木ビル)の風景――を象徴的に配置し、「つながらない時代の痛み」を描いたのに対し、実写版はスマホ時代との折り合いをつけきれない。
登場人物の持つ端末がauのezwebだったり、背景にドコモタワーがそびえていたりと、時代をまたぐ“過渡期”のリアリティは確かに正確だ。だが、観客にそれを意識させる導線がない。つまり、作り手の中では「通信の変遷」が物語の重要な背骨であるはずなのに、それが映画のリズムとして立ち上がってこない。結果、「懐かしさ」と「古臭さ」のあいだで宙吊りになった。
そして、もっと致命的なのは、「言葉の間」に宿る情緒が抜け落ちていること。
アニメ版で新海監督が描いた“間”――数秒の沈黙、メールを打ちかけて消す指の動き、降りしきる雪の音――には、観る者が自分の過去を投影できる余白があった。ところが実写版では、説明的なセリフと演技がその余白を埋めてしまう。監督は誠実に物語を再現しているのだが、観客が想像で埋める余地を失った瞬間に、この作品は単なる失恋映画に後退した。
映像は、確かに美しい。光の粒子の描き方、風の質感、夕暮れに沈む街の空気――どれも一級品だ。だが、その美しさがどこか“義務的”。これは、Instagram以後の映像感覚の罠でもある。すべてが美しいが、どこにも焦点がない。美しさを重ねれば重ねるほど、物語の輪郭がぼやけていく。新海監督作品の本質は「風景の美」ではなく、「風景の中に取り残された人間の孤独」である。そこを履き違えている限り、どれだけカメラが精密でも、観客の心をえぐることはできない。
もちろん、実写化そのものを否定する気はない。
むしろ、新しい世代に“秒速”の世界観を伝えるという意味では、意義はある。俳優たちの演技も悪くない。ただ、どこか「誰もがわかる感動」に寄せようとした結果、原作が持つ繊細な温度差が失われた。
秒速5センチメートルというタイトルは、「桜の花びらが落ちる速度=人が別れを受け入れる速度」の隠喩だ。だが実写版の貴樹と明里は、あまりに説明的に“別れを受け入れて”しまう。観客に「この二人はもう戻らない」と悟らせる構成があまりに直線的で、詩ではなく報告書のようになっている。
結局のところ、この映画は「思い出を再現する映画」にはなっても、「思い出を更新する映画」にはならなかった。つまり、過去の名作に敬意を払いながらも、その“痛み”を現代の文脈に翻訳しきれなかったということ。映像の美と音楽の感傷に酔いしれたまま、肝心の“秒速”――人の心が変わる速度――を見失ってしまった。
静かに、琴線に触れ続けている
原作のアニメ映画は未見です。
なので元々の作品ファンの方にとっては気になる箇所もあるのだと思いますが(自分が原作ファンの作品はそうなりがちなので)、少なくとも初見の私には無理な改変や要素は感じられず自然に物語を追うことが出来ました。
まず俳優陣の演技が良かった。
とても自然で、喋り慣れていない人が言葉を選びながら話す時の話し方、繊細な仕草や表情。言葉で多くを語りすぎない、静かな心の動きが伝わってきました。
小学生の頃の淡い恋の思い出、
遊びながら帰る住宅街の通学路、
他愛無い話題で溢れた手紙のやり取り、
親には秘密の待ち合わせ、
意味もなく寄り道したコンビニ、
心に折り合いをつけるためにただ泣きじゃくるしか方法を知らなかったこと
映画を見ながらふと自分のことを思い出してしまう、考えてしまう。そんな心の琴線に触れる瞬間が幾度もありました。映画を観た人の誰しも、どこかに共感できる箇所があるのではないでしょうか。今となっては愛しい学生時代。そうして少し、子どもの頃の自分にちゃんと向き合える大人になっているのかと、幼い遠野くんの言葉に不安になります。
何度も何度もすれ違い、出逢いそうになってはまた離れる二人。転勤族の孤独な小学生たちの出会いは0.0003%の奇跡で、二度目の奇跡はなかったけれど、どれほどかけがえのないものだったか。彼らの日常に、あるいは約束の場所へ駆け出す衝動に、見出すことができました。
お互いに忘れることなく、ただ果たされなかった約束。ロマンチックでドラマチックな恋愛ドラマのように、約束の桜の下で再会することも、踏切の前で待ってることもなかったけれど、だからこそとてもいろいろな感情を引き出され、観終わった後の余韻からなかなか抜け出せない作品と感じました。
さくらの落ちるスピードは秒速5cm
小説とかは読んでないので映画で初めてです。
最後大きな木で出会いラブな感じで終わるかと予想してたのですが全然違いました。
でも、、それもそれで儚い感じがあってとても良い !
見たかった映画なので楽しめました🥴
後年たまさか目にした人の琴線に静かに触れて忘れ得ぬ余韻となるような映画
完成披露試写会で拝見。公開初日に再見。帰り道に見た空を美しく感じるような、まっすぐ帰宅してしまうのが、日常に戻るのが惜しくなった。それ程に美しくて残酷で素敵な作品だった。
奥山監督が口にされた「誠実で切実」がまさに正鵠を射ていた。
物語としての起伏やあっといわされる瞬間はほぼない。ヒトの人生を誠実に描けば普通そうである。カタルシスを求める人の需要には見合わないかもしれない。
映像は終始、記憶の中のように少し靄がかかっていて、物語を追うよりも折々の遠野貴樹と篠原明里、それを取り巻く人達の感情を追体験する、あるいは関連した自分の感情を想起させられる。そして、目の前にいずとも”同じ物を飲んで、その感想を聞きたい”相手の存在が「思い出ではなく日常として生き続けている」ことや、幼い2人の切実さに胸が痛くなる。この作品は、例えば後年たまさか目にした人の琴線に静かに触れて忘れ得ぬ余韻となるような映画だと思う。
PCにばかり向かっている人ならではの肩甲骨が開いて上背部が丸くなり左肩の落ちた背中。目、鼻、口…顔を構成する要素が全て縮まってしまってたかのような世に飽いた顔貌。身も世もなく泣く姿…全身でその人間のおかれた状況、内心、特に諦念、焦燥、鬱屈、屈託を顕在化せしめる松村北斗の身体表現能力は相変わらず素晴らしい。が、全編伏し目がちで光を失った目が、あるきっかけで生気を宿していく「たこ焼き」シーンがとにかく凄まじかった。しおれた花が水を得て生気を取り戻していく様を撮影して高速で流しているので例えるのは正解かはわからないけれど。ほぼ動きも台詞もない中、固定したアップの表情がほんの少しずつ溶けて光を得ていく様の素晴らしさ。松村北斗の来し方を知るからこそそこが透けてみえているのか、うけた印象はファンの贔屓目なのか、そういうことを今まで考えてしまったけれど、もうそんなことどうでもよくて、ただ、ただ「人が回復する様」を見て感動していた。
だが、実はこの作品で最も印象深かったのは上田悠斗さんであった。前述の背中の丸さが松村・遠野貴樹と同じ。鼻筋も、少し甘く舌足らず気味になる声(最近松村北斗の滑舌を気にしたことはないから、この作品で冒頭のモノローグから少しその感をうけるのは敢えてなのだろうか)までも酷似している。似せていることだけが素晴しいわけではなく、幼少期の貴樹と明里の綴る、相手への思いに満ちた言葉。電車の音がひどく雄弁に聞こえたのも彼らの綴る言葉の切実さを彼が体現していたからだと思う。さらに、その切迫感あればこその、次なる青木・遠野のどこか達観したような感じ、松村・遠野の世を捨てた感じに説得力が生まれるのだと思った。
完成披露試写会で観た時には自分には印象をうまく言語化できなかった青木柚さんの貴樹は、初日の鑑賞時思うにやはり、見た目だけだとむしろ玉木宏さん等の系統で全く松村北斗には似ていないし、むしろ高校生としては色っぽ過ぎるくらいの表情で、抜け殻感の強い29歳の貴樹より大人に見えるくらい。それは森七菜さんが恋するJKそのものだったこととの対比からかもしれないけれど。ここにない何か、を見ている18歳の貴樹の存在に説得力あってこその、29歳の貴樹であるだろうから青木さんと奥山監督すごいなと改めて。
そして、実は最も書きたかったことの一つが森七菜さんのことであった。「フロントライン」「ファーストキス」「国宝」、そして本作と、2025年の話題作どの作品にも出ていて主人公に影響を与える役や影響されて変わる重要な役を演じている。それだけで凄まじいことではあるけれど、個人的には本作の澄田花苗が最も素晴らしいと思った。どう表現したらよいのかわからないのだけれど、澄田花苗の、あの時期の女子のもつ溌溂さと内向と切実さと失意と、そういった感情が全て内包されていて「自ずとわかる」のである。森さんが今年演技で賞をうけるのであれば、個人的にはこの役でであって欲しい
白山乃愛さんはもう、360°どこから見ても紛う方なき由緒正しき美少女。上田さん・貴樹の”切実さ”は初演技という彼自身の状況も若干加味されたものだったかもしれないけれど、白山さん演じる明里の”真摯さ”にはプロをみた。プロフィールから本作の撮影時にはドラマ撮影を数回経験されたところだったと推測するけれど、年齢らしい新鮮な美しさに既に大女優の風格すら漂わせている感。さすが東宝シンデレラ。美し過ぎて、ねたまれるのでなければ転校生であっても地味でクラスで仲間外れになる存在とは思えないと思っちゃうけれど(笑)
その白山さんから一足飛びに高畑さんの明里になると、迷いのない、菩薩のような雰囲気すら。原作は敢えて未見なので明里の扱いが若干異なることしか知らないけれど、悩み、惑い続ける貴樹に比べてのこの達観は女性よな、というより高畑さんのもつ要素を反映しているようにも思った。というのもこれまでドラマや映画で拝見する高畑さんからは超越した母性みたいな感じを受ける事が多かったのである。その後のバラエティ番組ご出演の際や2度の舞台挨拶での言動から、さらに菩薩感、達観した感が増していて(笑)。あの、けたけたとあっけらかんとした笑い方と、目の前にはおらずとも確実に自分の土台になっている存在を思い起こす仕草の繊細さ、思い起こしつつ現実的でもあるところ、全部が同じ人間の中から普通に混在して表出されているのがすごい。ただ、明里の夫となった人には何となく同情してしまう。そんな深い強い同年齢の異性の存在を、心中だけのこととはいえ受け入れ難いのではないだろうか。
奥山監督の手になる映像は間違いなく美しいし、松村北斗の「たこ焼き」のあの表情を撮って残して下さったのだけでも大感謝。演技経験の浅い白山さんと上田さんが様々な点で期待以上に素晴らしく(実は自分が泣けてきそうになったのは幼少期パートであった)、二人の幼き真摯さがあってこその青年期の貴樹だから、本作では松村北斗が絶賛されがちだけれど(演技の萌芽期の「ぴんとこな」「TAKE FIVE」辺りから出演作を観てきて、推しとして9年来応援してきた身としては涙が出る程嬉しいことではある)、白山さんと上田さんの才能と努力、そしてそれを引き出し得た奥山監督あってこその作品だと思うのだ。
そしてこの座組を支える方々。実は日本国民みんな大好き宮﨑あおいさんと吉岡秀隆さん。このお二人を私は苦手だったのである。たいした理由はない。今回も配役が明かされていく過程で少々それを思ったことは否定しない。しかし、自分の苦手が一作品で覆ることの嬉しきことよ。岡部たかしさんは「エルピス」や「虎に翼」「新宿野戦病院」「ばけばけ」での一癖ある役の印象が強いけれど、今回のような役の普通の市井の人の温かみもあるのですね。
強いて言えば、堀内敬子さんと戸塚君!もう少し出ていて欲しかった。短時間にピリッと薬味利かせる職人芸みたいでかっこよいとは思うけれど(笑)
ほんのり切ない
松村北斗って映画でした。ピッタリだな。
途中、森七菜が出てきてあかりとごっちゃになった。
彼女の登場はなんだったんだろうか。必要だったのか。
ストレートにあかりと職場の彼女だけの方が良かった。
最後、プラネタリウム ニアミス。
踏切 切ない
会えて欲しかったなー。
あかりはもう彼のことは好きじゃなかったのかな。
松村くんは今も思っていたのかな。
アニメ版と較べてしまう
アニメ版から入っているのでどうしても較べてしまうのですが・・・。
・社会人になってからの貴樹と明里のニアミスが多すぎ
理紗とのデートで貴樹が寄った書店で明里が働いていたり、花苗の姉と明里が仕事で繋がっていて、偶然再会した貴樹を明里に紹介しようとしたり、またプラネタリウムのシーンなど「会えそうで会えない」シチュエーションを重ねた意味が不明です。最後の踏切の場面のみで十分と思います。
・なぜ貴樹と明里は文通を止めてしまったのか
アニメ版ではその理由は分からず、もしかして実写版では説明あるかと思いましたが結局明らかにならず・・・普通に考えると面倒になったり新しい恋人が出来たりしたからだと思いますが、特に貴樹はあんなにこじらせるぐらいなら、頑張って繋がっていた方が良かったのではと思いました。
観てよかった!実写版成功!
あの新海誠のアニメの世界観を、実写版にするなんて無謀だと思ったが、見事にやってくれました。松村北斗は素晴らしい!
貴樹と明里のナイーブさを、子役の二人が、高校生では青木柚が、大人になっては松村北斗と高畑充希が見事に演じた。そして高校生の森七菜も良かった。
松村北斗は、自身のナイーブな精神世界が、そのまま貴樹になっているように思えた。
中学生の貴樹が、明里の住む岩舟に雪のなか電車で向かい、やっと辿り着くと明里がポツンとひとり待っていたシーン、雪の中に咲く満開の桜の下でのシーンに泣けた。
プラネタリウムの場面で出てくるボイジャー1号と2号は、貴樹と明里だったのか?大切な思い出を抱きながらも、最後まで会うことが出来ないボイジャーの2機。でも、お互いの想いを永遠に忘れずに生きていく二人だと思ったらまた泣けてきた。
いい映画だった!またひとつ、忘れられない作品に出会えたことに感謝!
白山乃愛と森七菜がひたすら可愛い
なんだろう…めっちゃ共感できるな…
思い出は美しい
原作は未履修で観ました。
ネタバレを避けて書くので抽象的…
まず、美しい。
風景、光、花、雪、思い出が美しい。
その美しさに俳優皆さんが負けない。
視線が、笑顔が、涙が、感情を豊かに乗せていて、それを見事に切り取られていて、全ての時代を切なくも懐かしく、愛しい気持ちで見ていた。私は誰にも感情移入は特にせず見ていたせいか、どこか親のような目線で、それぞれの傷や気付きを見守っていた。
小学生時代の上田悠斗くん、白山乃愛さん、可愛らしい。一途で純粋、素晴らしい。
松村北斗のセリフ外の演技、孤独の空気感、声が、涙がこの映画の純粋さを完成させている、素晴らしいと思った。
最後は何故か自分の周りの大切な物や人を愛しく思える。
清々しい気持ちで映画館から帰りました。
全560件中、381~400件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
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