名もなき者 A COMPLETE UNKNOWNのレビュー・感想・評価
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猛スピードで自らを変革していく天才とその周辺に迫った音楽映画の傑作
しみじみと心に染みた。何度も胸が熱くなり、そっと涙した。ここ数年流行っているミュージシャンの伝記映画の中でも、これはズバ抜けた傑作だ。
劇中歌は延べ40曲以上に及ぶオールヒットパレードだが、天才が生んだ歴史的名曲とかその波乱の人生とかをことさら誇示はしない。ごく当たり前にさらりと描いているところがいい。声高に触れて回るのが憚られ、心の裡に温めておきたくなる作品だ。配給会社のヒトには申し訳ないけど(笑)。
この映画は1961年、まだ無名のボブ・ディランがウディ・ガスリーを病院に見舞うところから始まり、フォークシンガーとしての成功を経て、1965年ニューポート・フォーク・フェスティバルで劇的にロックへと転向するまでを描く。みうらじゅん氏いわく「ファンにとっては『桃太郎』ぐらいの有名な(笑)」この5年間を、本作はどうさばいてみせたか。
まず第一に目を惹いたのは、ボブ・ディランという「気まぐれで変わり者の天才の物語」を、劇的なエピソードを羅列したりこれ見よがしに演出するのではなく、芸達者な役者たちによる一種の「アンサンブル・ドラマ」として仕上げてみせたことだ。そして、ここではミュージシャンの伝記ものにお決まりの「酒・女・ドラッグ・妊娠」といった問題は深掘りされないか、いっさい描かれない。
こうした演出は、監督と名コンビを組むフェドン・パパマイケル撮影によるシネマスコープ画面の見事な肌触りとも相俟って、1960年代NYのフォーク・シーンそのものに焦点を当て、時代の空気感を彷彿とさせてくれる。
そこで演技に目をやると、まずディラン役のティモシー・シャラメをはじめ、ジョーン・バエズ、ピート・シーガー、ジョニー・キャッシュといったレジェンドたちを演じる各人が自らの声で歌っており、その歌唱力で自然と観る者を納得させてしまうのがスゴイ!
シャラメの好演についてはすでに多くの人が称賛するところなので、ここでは特にピート・シーガー役のエドワード・ノートンを挙げておきたい。彼がこんなに味わい深い役者だったとは、というのが第一印象だ。ピートの、柔和さの中に芯の強さをうかがわせる佇まいがいい。ウディ・ガスリーの枕元で自作曲を披露するディランに「おぬし、やるな!」といった表情を浮かべたり、ディランのステージを袖からニコニコ満足げに見守る様子には、思わずこちらまで顔がほころぶ。「ウィモエ、ンブゥベ」の大合唱シーンはもちろん、パーティ会場や生放送現場で歌うディランにすっとバンジョーを構えてハモっていく時の渋さ、カッコよさといったら。
カッコイイといえば、ジョニー・キャッシュ役のボイド・ホルブルックが「ここぞ」という時にふらっと現われ、ディランの背中を押してくれるのも胸アツ。またジョーン・バエズ役のモニカ・バルバロは、音楽の神を宿したようなピュアな歌声でたやすくディランの魂と一つになるかと思えば、普段は俗っぽい自信家、野心家なのがユニークだ。
こうした「歌手たち」に比べるとおのずと出番は限られるけれど、極めて印象的だったのが、ディランの恋人役を務めたエル・ファニング。いつもより低めの声で喋り、学生の身でありながら自立した大人の知性と気品を漂わせる。そんな彼女が「時代は変る」を熱唱するディランの姿に別れを直感し、「ミスター・タンブリン・マン」が流れる中で一旦よりを戻すも、彼とジョーン・バエズが「悲しきベイブ」のデュオで魂を重ね合うのを目の当たりにして、彼のもとを永久に去る。この3曲がかかるシーンはあまりに愛しく切なく、涙があふれた。
ついでに言うと、この恋人たちは、付き合い始めの映画館デートでベティ・デイヴィス主演の『情熱の航路』(1942)を観て感想を言い合う。彼女は「より良い自分を主人公は探している」と言い、彼の方は「いや、これまでの自分から何か別の違う存在になるんだ」と反論する。
あとから思えば、この些細な食い違いがその後の二人の生きざまを暗示していたのだな、と気づく。だが、よりを戻した彼は、2本くわえた煙草に火を点けて映画のワンシーンを無邪気に再現してみせる。一方、彼女の方は、同作からセリフ(“Don't let's ask for the moon. We have the stars.”)を引用して彼に別れを告げる。これら一連のエピソードがまた実に映画らしくて心をくすぐる。
ここで再びアンサンブルの演技に話を戻すと、脇役も隅々まで活きていて、見どころが尽きない。
たとえば、マネージャーのアルバート・グロスマン(ダン・フォグラー)はディランと添い寝(?)していたり、フォークフェス主宰者のアラン・ローマックス(ノーバート・レオ・バッツ)と殴り合ったり、と随所で笑いを誘う。またアル・クーパー(チャーリー・ターハン)が「ライク・ア・ローリング・ストーン」の録音セッションに勝手に飛び入りし、戸惑いながらもハモンドオルガンの第一音を発するシーンなど、思わずぞくっとする。さらに、ずっと控えめだったトシ・シーガー(初音映莉子)が、こっちが忘れた頃に例のシーンで突然現れるのもグッとくる……などなど。
さて、第二に心惹かれたのは、歴史的名曲の持つ“強さ”に頼ったり、曲を利用して劇的に煽ったりせず、「ごく自然に聴かせる/見せる」ように努めていた点だ。単なる劇伴として使わない。各シーンの弱さを音楽で補うわけでもない。各曲を「物語そのもの」の1ピースとして取り込み、みごとに機能させているのだ。
「風に吹かれて」「戦争の親玉」「くよくよするなよ」「ライク・ア・ローリング・ストーン」…これら名曲を、ティモシー・シャラメは、鼻にかかったダミ声や崩した歌い回しを模しつつも、一語一語が聞き取れる絶妙な口跡のバランスで歌う。単なる「なりきり演技」ではなく、きちんとシャラメらしさ(!)を主張してくるあたりはさすがだ。
ついでに触れると、彼が絵画の写しや新聞・雑誌の切り抜き、メモ書きなどを床一面にひろげて歌詞を推敲しているショットが出てくるが、ボブ・ディランがいわばゴダールのようにあらゆる事象から「引用」していたことがうかがい知れて興味深い。
ところで映画は、オープニングと同様、ラストシーンで再びウディ・ガスリーの古いレコード音源「ダスティ・オールド・ダスト」を聴かせる。いいようのない郷愁と乾いた希望がさっと拡がる。と同時に「ああ、映画を観たな」という至福に包まれる。鮮やかな幕切れだった。
以上、監督本人による挨拶付きのジャパンプレミア試写会にて鑑賞。
時代は変る追憶のハイウェイ61-65
どんな気分だい?変化は止まらない、新しいものを取り入れ変化することを恐れない脱伝統主義。商業上の法則と芸術的な慣習に根底から挑み変革すること。周囲の期待という重荷といかに折り合いをつけながらそれらを成し遂げるか(芸術・表現の普遍的テーマ命題)?その過程で、自身が何処から来たかという部分に立ち返る。「自分を見つけるのではなく変わるんだ」と言っていたディランが、自分の原点を再発見するまで。月がなくても星があるように、ディランがあらゆる音楽に手を出し幅広い音を鳴らしてもそれらは一種の反射でもあり、光り輝く彼自身の根本にあるウディ・ガスリーなど先人への尊敬の念=その時抱いた音楽を始めた当初の気持ちを思い出す…(※それも行き過ぎるとやはり重荷だが)。だからこそ最後のライブシーンがマンゴールド監督らしくアツいだけじゃなくて、やるせなさもセットで。変革と開拓者、先輩の存在。
周囲の人が自分に求める以外の何かになりたかった激動の5年間!風が吹くように、石が転がるように、いつだってその流れは止められない。時として"嫌なやつ"にも映る彼の周囲が求めるものを拒む進化が速すぎて、シルヴィもジョーン・バエズもみな周囲を置き去りにして、誰一人としてついていけなかった。当時の彼にとって1年前のことは既にもういちいち振り返らない("DONT LOOK BACK")昔のことで、60年代というロック史にとってあまりに重要な時代をハイウェイくらい駆け抜けた伝説のミュージシャン・バンド達は皆、昨今では信じられないくらい早いペースで次々と新譜を出しては驚くべき進化を遂げて決して歩みを止めなかったのだから。コラボレーションなどするわけでなくてもきっと互いの動向は知っていて認め合っていたに違いない、その時代特有の相互作用・化学反応が起こした創作にとってこの上ない奇跡で幸福の時代。転がり続けてブチ壊す!!
考え直したりしなくていい、これでいい。フォークシンガーとして時代の寵児となったボブ・ディランがエレキギターに持ち替え"ユダ(裏切り者)"と罵られながら伝説のライブで頂点を極めるまでを描いた本作は、些か表面をなぞる印象(伝記映画として王道な語り口)もあって、モデルとなる伝説的アーティストのミステリアスなベールのその先の核心にまで触れるような踏み込んだ作品ではないけど、作中全ての曲を自ら演奏して歌い上げるティモシー・シャラメの素晴らしいパフォーマンスによって伝説的アーティストである"ボブ・ディラン"と同じ時間を過ごせるような気持ちのいい追憶の作品に仕上がっている。フィールグッドないい気分。
シルヴィの存在が、本作における一種視点人物となっていて、共感できるものになっている。ディランとジョーン・バエズが喧嘩しながらも、ステージ上では同じマイクを分け合って同じ曲をデュエットするのを見ること。自分とは分かり合えない・真似できない、ミュージシャン同士の共通言語で通じ合うこと。あれは確かに目の前で見せつけられるとキツい…(少し『グレイテスト・ショーマン』の図式を思い出したり)。"Don't Think Twice, It's Alright"、"All Day and All of the Night(キンクス)"、"It Ain't Me, Babe"、"Maggie's Farm"(エレキ版かっこよすぎ!)、"It's All Over Now, Baby Blue"など曲がその時々の本編の内容に合っている。これでおしまいなんだ、ベイビー・ブルー。さよなら、出会えてよかった。
LOOK OUT KID (実話も映画も)一世一代のパフォーマンス!シャラメの歌声・歌唱面だけでなく難しい指運びピッキング含む圧巻の演奏面、そして普段の話し声色・喋り方やふとした一挙手一投足まで再現度の高いディランで、ここ数ヶ月で高まるだけ高まっていた期待に応えてくれた。傑作ドキュメンタリー『ドント・ルック・バック』のDVDを久しぶりに引っ張り出して見直していたところだったから、より一層そう思った。これは脚本によるところだけど、インタビュアーなど相手を困らせたり、時に煙に巻くような物言いも。65年になった際の登場シーン格好良すぎ…。たかが4年、されど4年の濃い月日、時代によって髪型を変えるのも無論!温故知新や原点回帰ってわけじゃないけど、変わることに必死で変わってみて見えるものも。
メソッド俳優エドワード・ノートンの物腰柔らかな優しい雰囲気のために逆に奥に見えない怖さみたいなものや、本作の作り的にどうしてもピート・シーガーが主人公と相対する変わらない旧世代的な立場になるのは避けられない。他にも優れたキャストが実在のミュージシャン達を演じてくれるのが興奮!ジョーン・バエズ演じるモニカ・バルバロがHouse of the Rising Sunを、ボイド・ホルブルック演じるジョニー・キャッシュがFolsom Prison Bluesを歌う(ボイド・ホルブルックの歌唱シーン、本編内ではBGM的扱いで重要度低く少し雑に扱われている感否めないが…いい声なのに!)!! 他のサブキャラ脇役も似ている。
RIVISITED ジェームズ・マンゴールド監督のフィルモグラフィーとは、自分の中で土・砂埃や労働者など"茶色"い古き良きアメリカ的なものと相性がいいイメージで、とりわけ近年はそうしたアメリカ人の温かみのあるハートやコア(核)、スピリットを感じさせ魂を掘り起こす題材を扱っている印象があって、本作もまさしくそうした系譜で語るに相応しい(ex.『コップランド』『3時10分、決断の時』『ローガン』『フォードvsフェラーリ』)。何より彼は『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で(本作にも出ている)ジョニー・キャッシュの伝記映画を経験済みなのだから!だからジョニー・キャッシュの歌唱シーン、本作ではササッと流したのかな?
あと、近年の音楽伝記映画ブームの系譜として語るうえで欠かせないのが、伝記映画のしがらみ。つまり、彼らモデルとなる伝説のアーティスト達は、皆が顔や名前を知っている大きなアイコン・カリスマである一方で、肝心の性格や人柄を知らない(時にそれは作り手・製作陣も同じかもしれない)というギャップ、その乖離をいかに埋めるかという宿命。つまり、-- どういう価値・行動基準を持って、どう言ったらどういう反応をするのか、どこでどういう決断をするのか等 -- キャラクターが見えないという障壁にぶち当たる。その点は本作も同じながら、ディランのインタビューの受け答え同様、彼の心情・気持ち、自らの出自など多くを語らないカリスマ性・神秘性の影に隠してうまく煙に巻いていたと思う。人の過去なんて造り物だから。
P.S. だから、例えば『ロケットマン』や『エルヴィス』のように途中で観るのがツラくなることもない。ということで、作品賞は分からないけど、主演男優賞は他の賞レース結果で本命そうな『ブルータリスト』エイドリアン・ブロディを押しのけて受賞する可能性も大アリだと思う。
ジェームズ・マンゴールド監督登壇ジャパンプレミア!『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(The Freewheelin' Bob Dylan)ジャケットみたいな服装で参戦。これを機に言い訳しないでギター改めて挑戦しようかな、なんて自分のリヴィジテッド。
勝手に関連作品『ドント・ルック・バック』『アイム・ノット・ゼア』『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』
※ネタバレ無し感想(レビュー)※
"ティミー"ティモシー・シャラメのパフォーマンス(演技だけでなく歌唱・演奏も!!)が素晴らしく、又、ジェームズ・マンゴールド監督のアメリカ人の魂を掘り起こすような作家性・手腕は本作でも遺憾無く発揮されていました。おかげで60年代というあらゆるミュージシャン達がハイペースに新譜を出しては、決して歩みを止めることなく進化していった奇跡の時代を、神秘的でカリスマ性にあふれるボブ・ディランと追体験して過ごせるような時間があたたかく、たまらなく愛しかったです。鑑賞後にまた観直したいなと思いました。まさしく追憶のハイウェイ61!他にもエドワード・ノートンがピート・シーガーを、モニカ・バルバロがジョーン・バエズを、ボイド・ホルブルックがジョニー・キャッシュを、そしてスクート・マクネイリーがウディ・ガスリーを演じていて、彼らの歌声も必聴です!フォークシンガーとして時代の寵児となったボブ・ディランが、エレキギターに持ち替えて見る景色は、周囲の期待に応える商業性か芸術性か?ぜひとも大きなスクリーンと音響で観て聴いて、そのたどり着いた先に待っている答えを感じ取ってほしいです。
ティモシーに脱帽!
🎬25/2/3 ジャパンプレミアにて鑑賞。
ティモシーの演技力、歌唱力、目力…
とにかく素晴らしかった。
歌い出すと周りの空気が一変する圧倒的存在感。
何度作中の観客と一緒に立ち上がって
拍手しそうになっただろう。
サントラですでに毎日のように楽曲は聴いていたが、
映画館で聴くその感動はひとしおだった。
映画館で何度も観たい作品。
IMAX、Dolby cinema両方で聴き比べたい!
25/2/28追記🎸🎶
『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』公開初日、
池袋グランドシネマサンシャインで鑑賞。
Dolby Atmos とIMAX連続でハシゴ。
(余談だが、夕方デューン2も観たので1日で3回観た!笑)
ボブ•ディランが名声を得て行く過程と
周囲の期待との葛藤をティモシーが見事に演じている。
歌声、ギター、ハーモニカ…全てが彼の演奏とのこと。
どれだけの努力で役を作りあげていったのだろう。
音楽シーンはもちろん、
バイクに乗る姿もとにかく…カッコいい!!!
容姿だけではなく、佇まいが。
「ははっ」という乾いた笑い方もクセになる…!
ボブ•ディランを直接知らない世代の私たちも
ティモシーの演技を通じて、
ボブ•ディラン唯一無二の人を魅了させるパワーを体感できた事が素晴らしい映画体験だったと感じた。
圧巻のLike a Rolling Stone、、
It's All Over Now Baby Blueで涙…。
モニカ•バルバロが演じるジョーン•バエズの歌声も
とても伸びやかで引き込まれる。
そしてエル•ファニング扮する
シルヴィーとの関係は切なくて美しい。
ピートの優しい笑顔や、
彼の妻トシのときおり見せる強い表情。
Jキャッシュのボブを煽る目線と言葉。
お茶目なマネジャーのアルバートはなんだか可愛い。
(ファンタビのジェイコブを思い出しちゃった!)
ボブの周りの人物もそれぞれ魅力的で
視点を変えて何度も味わいたい作品。
一部ネタバレになるが、
ウディにプレゼントするレコードプレーヤーのリボンを
シルヴィーが手伝ってあげるシーンが印象に残った。
その後ウディがそのプレーヤーで
ボブの曲を聴いている所も。
さりげないシーンまでとても丁寧な作品だと感じた。
鑑賞後は自分もボブのライブ会場にいたような高揚感と
祭りが終わってしまった切ない気持ちが入り混ざる、
余韻がとても心地よい映画だった。
ティモシーのボブ・ディランが最高に魅了的!
ボブ・ディラン 若き日の葛藤と成長を詠う音楽映画
「風に吹かれて」「時代は変わる」などでフォークソングを革新し、フォークとロックの融合の完成形を顕した「ライク・ア・ローリングストーン」ほか20世紀を象徴するシンガーソングライター、ボブ・ディラン。彼がメジャーデビューする19歳(1961年)から最大のヒット曲「ライク・ア・ローリングストーン」をニューポート・フォーク・フェスティバルにて伝説的な演奏を果たした24歳(1965年)までを描いた伝記映画。1960年代は反体制的なメッセージをこめたウディ・ガスリー(スタート・マクネイリー)、ピート・シーガー(エドワード・ノートン)、ジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)らのフォークソングが受け入れられていく時代。彼ら俳優の演技は、その時代を知る者には脱帽ものの人間味を醸し出す歌唱を聴かせてくれる。とりわけボブ・ディランを演じるティモシー・シャラメの存在感、歌唱力は高く評価され、第97回アカデミー賞主演男優賞候補にも挙がっている。1960年代のニューヨークの情景、フォークソングの社会的影響など時代の空気感と音楽の表現力を十分に満喫できる音楽映画としても素晴らしい。
ティモシーの威力…
土曜日夜7時の回、かなり大きなスクリーンでしたが、公開から2週間以上経った後でも5列目以降はほぼ満席。かなりの人気作ですが、2週連続6位かぁ。
ただ、この作品はすでに多くの映画祭で作品賞、主演男優賞、新人賞、助演男優賞を受賞しており、ノミネートも合わせると1月現在、76個もの賞に選ばれています。IMDb 評価も7.8/10、いつも厳しい評論家レビューメタスコアも71/100で、推定予算6500万ドルはまだ回収されていないものの、この評判の良さでもっと興行収入は伸びることでしょう。
とにかく、ボブディラン役のティモシー他、ピートシーガー役のエドワードノートン、ジョーンバエズ役のモニカバルバロ、ジョニーキャッシュ役のボイドホルブルークが、口パクなし、みんな地声で歌ってると後から知って驚きました。ティモシーの歌声に、鳥肌が立ったほどです。
ラミマレック、タロンエガートン、レネーゼルビガーなど、スターのドキュメントものでは、やはりライブシーンが引き込まれるかで決まるでしょうが、今回のティモシーの憑依っぷりで星5つつけました。ボブはミネソタ出身らしいのですが、エラく訛った、聞き取りづらい英語を話してるのも、かなりリアリティがありました。
ただ、個人的にはジョーンバエズ役のモニカも本当に素晴らしく、あれが地声ならデビューできるのでは?というくらい上手いです(ま、70年代なら、という前提ですが)。
以前から散々この作品の予告を見て、ティモシーがボブディラン?と違和感を感じていましたが、普段のハンサム光線を封印して、背中を丸めて、陰りのある上目遣いがまさにディラン!www
世代ではないですが、フォークのレジェンドとして、また歌い続けた反戦歌の歌詞の和訳も教材になるほど、実に文学的な知性も感じていたので、ビートルズ時代の英米の違いもまざまざと実感できました。
そういえば今年4月にまたエリッククラプトンが来日するそうですね。50年で武道館100回とは!ただ、だいたいヘベレケで、「レイラ」もやらない、やったとしてもアコースティックとか、一部では不評だそうですw
この作品でも、ボブディランのそんな偏屈っぷりがかなり炸裂して、そこも見どころです。でも、テイラースイフトだって「昔のカントリー時代の方がよかった」とブツブツ言われるんだから、シンガーとして成長するには脱皮も必要ですよね。
決してお涙頂戴な展開ではなく、ノーベル文学賞のセレモニーにも欠席したとか、最後の最後までボブディランらしいエンディングでしたー。これは配信なんかじゃなく、ぜひ劇場でご覧ください!しかも、まあまあ笑える作品です♪
ちなみにピートの妻役を演じているのは、初音映莉子さんです。ハリウッド大作に出てくるアジア人は大抵中国人ですが、日本人がハリウッドでどんどん存在感を増していくのは嬉しいものです。こちらの作品紹介に彼女の名前がクレジットされていないのが残念です。
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