劇場公開日 2025年2月28日

「複雑系の彼の物語」名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN あんちゃんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5複雑系の彼の物語

2025年3月2日
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鑑賞方法:映画館

1961年から1965年頃までのボブ・ディランの姿を追った伝記映画ということになるのだろう。
ティモシー・シャラメ中心に俳優陣が素晴らしいパフォーマンスをみせ音楽映画としてももちろん一級品。ただボブ・ディランという人の複雑さというか人間的な謎の部分にはやはり切り込めなかった。
ボブ・ディランという人は毀誉褒貶が激しい。ほとんど宗教の教祖であるかのごとく崇める人もいれば、例えばジョニ・ミッチェルのように「まがいもの」だと嫌う人もいる。思うに、彼の精神のコア部分は何重にも守られていて何人も立ち入ることができない。この映画にもでてくるが有名(何人もの人の証言がある)な「若い頃サーカスにいた」というウソも、おそらくは何かを守るために無意識に張り巡らせた鎧の一つなのだろう。じゃあコア部分に何があるかなんだけと、私は個人的には、そこには何もなく「風が吹いているだけ」だと思っている。そして、多分、ジェームズ・マンゴールド監督も同様な仮説でもってこの映画をつくったのだと思う。「複雑系の彼」の物語として。
作品の軸になっているのはまずは時代である。1962年のキューバ危機、63年のワシントン大行進、そしてケネディ暗殺。音楽界でもプレスリーやジョニー・キャッシュの時代からベビーブーマー世代のボブ・ディランらに主流がかわるタイミング。
そして、もう一つの軸は、ボブと恋人シルヴィアとの関係である。ちなみにシルヴィアは架空の人物でありモデルになったのはスーズ・ロトロ。ほら「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」のジャケット写真でボブにしがみついている女性です。スーズは音楽関係者ではなく、すでに亡くなってもいるので許諾がとれなかったんでしょうね。
この二つの軸から映画は「複雑系の彼」の姿を描き、そしてニューポート・フォーク・フェスでカタストロフを迎える。ここは映画としての虚構であって実際に彼がエレキギターを持ち出し観客とのやりとりがあったのはイギリスのステージだったし、スーズ・ロトロとはもう少し早い時期に別れていたようです。
だからこの映画は史実そのものではない。そして、タイトルの「A complete unknown」は多くの人が誤解しているように有名になるまでまだ誰にも知られていない彼ということではなく(それでは立身出世の映画になってしまう)、誰も本心を知ることができない孤高の人としての彼を意味しているのでしょうね。
でもなお、ボブ・ディランという人はよくわからない。生まれながらの詩人にして、どうしようもない俗物である、と私は思っているんだけど映画はやっはりそこまでは踏み込めないよね。

あんちゃん
琥珀糖さんのコメント
2025年3月3日

そうですか?
〉コアの部分には何もない・・・
でも、彼は時代をカメラのように言葉にして
切り取ってしまうのですね。
伝道師ではいけないのかなぁ、
60年人気が続くと言うことは、確かに思想が変遷しています。
まあ、凝り固まった思想ではなかったと言うこと。
自分がないと感じるのが、一つの意見として認めるけれど、
まあお好きに。

琥珀糖