「時代は巡り、懐古も巡る中、一人の若者は「規定されない自分」を模索していた」名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
時代は巡り、懐古も巡る中、一人の若者は「規定されない自分」を模索していた
2025.2.28 字幕 イオンシネマ京都桂川(Dolby Atmos)
2024年のアメリカ映画(141分、G)
原作はイライジャ・ウォルドのノンフィクション『Dylan Goes Electric!』
実在のミュージシャン、ボブ・ディランの若き頃を描いた音楽伝記映画
監督はジェームズ・マンゴールド
脚本はジェームズ・マンゴールド&ジェイ・コックス
物語の舞台は、1961年のニューヨーク
憧れのフォークシンガー、ウディ・ガスリー(スクート・マクネイリー)に会うために上京したボブ・ディラン(ティモシー・シャラメ)だったが、ウディは病気のためにニュージャージーにて療養していると聞かされる
ヒッチハイクで乗り継いで病院に向かったボブは、ようやくウディと会うことができた
だが、彼はハンチントン病に冒されていて、まともに話をすることもできなかった
傍には親友のフォークシンガー、ピート・シーガー(エドワード・ノートン)がいて、彼は自分の曲をウディに聴かせていた
ピートは「何をしにここまで来たのか」とボブに問い、彼は「煌めきを掴むために来た」と答える
そして、ウディのために作った曲をそこで演奏する
ピートは彼の才能を確信し、ライブハウスに立たせる
ピートのマネージャーのアルバート(ダン・フォグラー)も彼の才能に気づき、それから本格的な音楽活動が始まっていった
物語は、小さなレコード会社からやがてコロンビア・レコードと仕事をするようになる様子が描かれ、当初は古い曲のカバーばかりをやらされていた
だが、実績を積んでいった彼は、やがて自分の曲も演奏できるようになり、フォークフェスの舞台に立つようになる
その頃になると、フォークシンガーとして大人気のジョーン・バエズ(モニカ・バルボロ)と共演するようになり、さらに共作をしたり、楽曲提供をしたりするようになっていく
また、プライベートでも教会のコンサートで知り合ったシルヴィ(エル・ファニング)と恋仲になるなど、充実した人生を歩んでいるように思えた
そんな彼の転機をなったのが、JFKの暗殺事件、キューバ危機などの社会情勢で、この世が変わっていくことを敏感に察知していく
歌う内容も徐々に変わっていき、さらに楽器の進化なども起こってくる
ツアーを共にしているボビー・ニューワース(ウィル・ハリソン)などの影響も受けていくボブは、やがてエレキギターを演奏するようになっていく
だが、フォークフェスの主催者サイドは彼にフォークソングを歌ってもらいたくて、ファンもそれを望んでいると譲らない
そして、1965年のニューポートのフォークフェスの日が訪れるのである
映画は、ボブ・ディランがエレキギターを握るまでという感じになっていて、スターアムに駆け上がりながらも、自分自身は「誰もが望んでいない自分でありたい」と葛藤していく様子を描いていく
タイトルの「A Complete Unknown」は、「完全なる無名」という意味で、何者であると規定されるところから最も遠い存在を意味している
ボブは、人の敷いたレールに乗ることを拒み、変わりゆく時代を敏感に感じ取りながら、自分の表現も変えていく
そうしたものが時代を築いたものと衝突することになり、恩人だったピートと対立していく事になってしまう
ラストのフェスでは演奏を辞めさせようとするピートが描かれ、彼の妻トシ(初音映莉子)がそれを止めるシーンが描かれる
ピートの中でも認めざるを得ないものがあって、それでもこの場で求められるものは違うと感じていた
そこでボブはピートの顔を立ててフォークソングを披露するのだが、それが今生の別れのような描かれ方になっていたのは印象的だったと感じた
いずれにせよ、ボブ・ディランの世代ではない私が観ても大丈夫な作品で、知っている人なら尚更当時の記憶が蘇るように思う
かなりの著名なフォークシンガーやアーティストが登場するので、フリークとかぶれに取っては至福の140分なのだろう
楽曲のほぼ全てを演者が歌唱していることもあって、ライブの臨場感とかリアリティも再現されているので、そう言った部分を楽しみにしている人にとっても満足のゆく作品だったのではないか、と感じた