劇場公開日 2025年4月25日

「痺れた」今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は R41さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0痺れた

2025年7月27日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

お笑いコンビの原作者のこの作品は未読
これをアレンジしたであろう監督は、おそらくこの原作の世界観に非常に共感したのだろう。
そしてこの作品を見事に映像化させたのだろう。
「勝手にふるえてろ」や「私をくいとめて」に感じた人間性の根幹
この作品にも嘘のない人間性が良く描かれていた。
それに使ったのが群像
桜だけの父特有の「父語」と、あの喫茶店のメニュー
そしてなぜかオムレツだけが、名前を変更されずにあった。
遠い記憶の中に、この茶店のことがあったので調べると、やはりあの茶店は実在した。
変なネーミングのメニューと変哲のないオムレツもその通りだった。
また、
犬のサクラ
やはり犬や猫はすべてをそのままでしか見ない。
だからいつも同じように接してくれる。
サクラは癒しの象徴だろうか。
サクラに触れれば、嫌なことすべてを忘れられる。
さて、
この作品の解釈は少し難しい。
それは、
この作品そのものが小西の一人称で語られていると思われるからだ。
花がバイト先で小西の悪口を言っているシーンがあるが、あれは小西が勝手に持ってしまった彼だけの思考だったように思った。
実際、花が約束した日に来なかったのは、その後妹が死んだからだとわかる。
つまり、小西は絶えず他人の在りもしない言動を思考している人物だ。
この小西徹
彼は半年間も大学に来れなかった。
その理由が高校から5年間も祖母が施設に入れられ、そうして感情を失ってしまったと感じたからだ。
祖母に対する仕打ちのようなことをしてしまった両親 そして無力な自分
そのことが頭から離れなかった。
では、桜田花はどうだったのだろう。
彼女が話したように、父が9歳の時に死んだ。
それはおそらくガンで、父の苦悶と苦痛をずっと見てきたことが、彼女の死生観に大きな影響を与えたのだろう。
大学で見た彼女のこと 勇ましさ 強さを感じたこと
目で追いかけ、座席の隣に行って、出席カードをお願いした。
これが小西の精一杯だったが、そこから二人の仲は発展する。
あの茶店の変なメニューに感じる「父語」
幸せ=「さちせ」 好き=「このき」
花にとってあの茶店は父を回想させる場所
そのタイミングは同時に咲を亡くす前触れ
花にとって家族は大切な存在で、だからこそ「気にしない」と言っていた父の死を、彼女は潜在意識の中に隠すように生きていた。
そしてさっちゃん
登場した時すぐに「さがす」の楓だとわかった。 伊東蒼さん
さっちゃんの長い告白は、永い失恋の言葉であり、そこまで詳細に言わなければ「あの」言葉に繋がらないというのは、本当にその通りで、この作品の神髄でもある。
言葉は言葉になった途端にその純粋な気持ちが散文される。
だからより詳細なことを付け加えた先に「好き」と言えるのだろう。
それを聞きながら、何も言えず、何もできず、たださっちゃんが消える前その場に立ちつくしていた小西は、翌朝何食わぬ顔で花と朝デートした。
その日が、咲の最期の日であり、だからバイトにも来なかったわけで、その事を小西は自分の所為だと考えた。
バイト先銭湯の佐々木は「うぬぼれるな」と言ったが、娘に子供が生まれた矢先に起きたこの事故が、娘のように思っていた咲の事故死を到底受け入れられなかった。
佐々木自身が咲に電話しなかった事実が、佐々木の自己嫌悪であり、そんな些細な気遣いさえしなかった自分への怒りだったのだろう。
どなったのは、裏返しだった。
そして、咲がハンモックの中で見た夢
父とギターと水の中
咲にとっては不思議な夢だったが、この部分だけが一人称ではなかった。
小西は、約束を反故にされて以来、また勝手な妄想癖に囚われて、親友の山根を口撃した。
自暴自棄というのもまた人間性で、ごく一般的。
晴れの日でも再び傘をさすようになった小西
傘をさす理由は、心の中が土砂降りだから。
お互い視界にも入らずにすれ違う小西と花
小西のヘッドフォンは、咲のもの
ハナは土砂降りの音を聞きながら歩していた。
心に降る雨
この作品のチャプター
語の進行に合わせて詩的なチャプター名が挿入される構成になっている。
第一章:虹橋(こうきょう)
小西と花が初めて出会い、心が少しずつ動き始める場面。
第二章:緑雨(りょくう)
二人の関係が深まりつつも、すれ違いや不安が芽生え始める章。
第三章:風灯(ふうとう)
小西が祖母の記憶や“空”の意味を思い出す、内省的な時間。
第四章:宵星(よいぼし)
花との関係が大きく揺れる転機の場面。
最終章:今日の空
タイトルにもつながる、物語のクライマックス。
これらのチャプター名は、自然現象や季語のような言葉を使って、登場人物の心情や関係性の変化を象徴的に表現している。
とても文学的で、詩のような構成が印象的だ。
そしてこのタイトル
もちろん父と祖母の言葉がキーとなる。
しかし二人には「今日の空が一番好き」とはまだはっきりと言えない。
記とそうだったという日はあっても、また元に戻されてしまうように感じる。
咲の前での小西の告白
それは不謹慎でありながら、タイミングでもあった。
父が咲にあてた手紙こそ、そのキーだった。
まだ8歳の咲 もうすぐ死ぬ自分
誰かのことを「好き」という言葉として口にする咲を思い描く。
そのたった一言に秘められた長い想いの言葉
想い出のように長く、色濃く、言い訳のように言い続けてもなお届かないかもしれない思い。
この父の想いが二人に届いたことで、小西は花にその言葉をしゃべり続けた。
同時に音量マックスで掛けたスピッツの「初恋クレイジー」
小西の告白は大音量にかき消されている。
それでも告白し続ける小西
音楽が止まり、「オレは今から最低最悪のことを言う」
大音量はきっと、左脳のおしゃべりだろう。
そんなものを吹っ飛ばして真実だけを語った。
この本心
嘘のない作品
なかなか痺れた。
オムライスという言葉 誰もが知る言葉 ここにかけた「不出来」とは、言葉そのものであって、一般的なメニューの言葉を変えたのは、その言葉が最もふさわしいと思ったからだろう。
ここがこの作品の「心の壁」であり、それを目の前に葛藤した登場人物たちだったのだろう。
この作品は、言葉にならない想いと、言葉にしなければ届かない想いの狭間を描いた、極めて繊細な人間ドラマ
「嘘のない作品」
そして、心に静かに降る雨のような、余韻の深い一本だった。

R41