「「先輩」と「お前」にすべてが詰まっていた」ネムルバカ KaMiさんの映画レビュー(感想・評価)
「先輩」と「お前」にすべてが詰まっていた
配信が始まってから鑑賞し、どうして映画館で観なかったのかと後悔。この映画の絶妙なテンポ感は、予告編では伝わらなかったようだ。他県の劇場で上映中なのを見つけて遠出した。
大学の寮で暮らすユミ(久保史緒里さん)とルカ先輩(平祐奈さん)の何気ないやり取りがとにかく心地よい。レンタルビデオ屋の客との会話、バンドメンバーの楽屋の会話も癖になる。
バイト仲間や大学生の男たちがファーストネームで距離を詰めてくるのに対し、肝心な2人は終始「先輩」と「お前」。これが逆に絆を感じさせる。ユミにとって先輩は憧れの対象であり、平凡な自分への自己嫌悪の源であり、いつか別れが来ることも自覚しているのだ。
ユミが必ずしも先輩の言いなりでないのがよい。思うに、この年頃は自分が確立しているから全部他者に合わせたりはしない。しかしふとした会話で、大事な人と「壁打ち」をして自分のセンスや価値観を確かめるものだと思う。
この映画でいえば、居酒屋の帰りの「食事のことを背徳と言うのは好きじゃない」(ルカ)、「じゃ、言いません」(ユミ)とか。そういう言葉をユミは終生覚えているんじゃないかな。
先輩にとってユミは、気を抜くと甘えてしまうホームのような存在に見える。レコード会社と面談し、広い社会を知ったルカはユミの肩に顔を埋める。そこに安住してはいけないと悟った瞬間だろう。
「売れない時代の曲を忘れていなかった」というラストは、ちょっと音楽映画の型にはまっているように思えた。が、客席からの「先輩」という絶叫と、「元気でね」というつぶやきのためにあるシーンだったのだろう。「先輩」「お前」にすべてが詰まっているのだ。