敵のレビュー・感想・評価
全363件中、321~340件目を表示
吉田大八監督が問う自己認識の深淵
吉田大八監督の新作である『敵』。公開2日目の夕方の回に鑑賞したが、ほぼ満席の状態で、私は最前列の少し左側から観ることとなった。この「歪んだ画角」での鑑賞が、むしろ映画の本質に合っていたように思える。なぜなら、本作自体が人間の「主観的な現実」の歪みを描いた作品だからだ。
映画は、長塚京三演じる老齢の元大学教授の日常を淡々と映し出す。丁寧に一人暮らしをし、教え子や編集者から尊敬を受ける彼の姿は、知的エリートの晩年として理想的に見える。
しかし物語が進むにつれ、その世界が主人公の主観によって大きく歪められていることがわかってくる。この主観的な現実と客観的な現実の境界が曖昧になる描写は、私たち自身の内面とも通じるテーマを提起していると感じた。
映画を観ながら、自分の思考や日常生活の中での「主観的現実」の歪みを強く意識させられた。主人公が想像と現実を混在させる姿は、フェイクニュースや情報の信憑性に揺れる現代社会に重なる。自分の認識が正しいか確信できない不安や、周囲の価値観に左右される感覚は誰しも覚えがあるだろう。
こうしたテーマに触れる中で、私は現在読んでいる『おしゃべりな脳』やジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』を思い出した。どちらも人間の内的な声や主観の動きを論じた本だ。
特に、主人公の内的現実が映像を通じて映し出されるこの映画は、まさにこれらの議論と呼応しているように感じた。さらに、筒井康隆の原作が持つ「不条理」や「現実の不確かさ」を忠実に映像化している点も興味深い。
筒井の青春ファンタジーの名作「時をかける少女」もこの映画を観た後では、少女の不安定な自己認識を描いた物語に思えてくる。
吉田監督のこれまでの作品『桐島、部活やめるってよ』や『美しい星』は、正直、私には面白さがよくわからなかった。しかし本作は、自己認識の不確かさというテーマを通じて、私自身の恐怖や不安を刺激し、強烈に引き込まれた。
主人公の境遇が、自分の将来と重なったからかもしれない。いくら自分が知的であると思っていても、確かな自己認識を持つことがどれほど難しいか、この映画は鋭く突きつけてくる。
映画の余韻は、観終わってもなお続いている。主人公の姿が他人事ではなく、自己の中に存在する可能性を感じさせる。そのため、観客にとっても「自分ならどうだろう?」と深く考えさせられる尾を引く映画となっている。
『敵』は、主観的現実と自己認識の不確かさを描いた作品として秀逸である。このテーマに共感する人や、自身の認知の歪みを省みたい人には特におすすめだ。吉田監督の手腕が光る本作は、観る人に強烈な印象を残し、自身の内面を振り返るきっかけを与えてくれるだろう。
筒井ワールド全開!! 温度の無い世界、狂おしい世界、彼の待ち望んでいる世界、縁側とラスト映像に混乱から解き放たれ確信を得た。
夏なのに暑さは感じられず
聞こえる秋の鳥の鳴き声にも
季節の空気も匂いも何も無く
その違和感は鑑賞中続いた。
理由はモノクロだからじゃない。
何かが違う…
現実と幻覚?残像?
誰もが感じる線引き
その狭間の謎は続いた。
彼と敵とその世界を
考えると面白い。
演技陣の冷めた目も気になる。
いい原作、いい制作、いい演技、
いい作品だと思った。
【以下、あくまで個人の解釈】
温度の無い世界の違和感。
現実はFirst 数カットの屋外のみ
その先からは彼の世界
縁側で目覚めるまで彼の中
敵と同居する彼の中…
そう思ったのは縁側以降の
現実と別世界の接点を見たからで
消えた若者と見えない男
消えた若者と納屋のシーン
未来と過去の場面の繋がり
でも…
春になれば…
実は縁側のシーン
それまでの表現と違う
違うから…温度は戻り
違和感は消えた。
消えたから
それとも…
始まりは縁側なのか、と
すでに敵と共存する世界に居て
ずっとそこに居た
そうも考えた。
縁側の後も
彼は春を待つために
ずっとそこに居る。
いまはこの解釈が大きい。
時空を超えた彼の存在
「欲」と「心残り」
「ひとり」と「みんな」
最後の最後のエンドロール
ずっと続くその生活音に
居続ける彼の存在を感じた。
面倒臭い書き方をしたが
いろいろ考えられるほど
面白い映画だった。
※
瀧内ネキか、あすかネキの
しみじみと切なく、身につまされる
「まあ“敵”って、“老い”やそれに伴う“孤独”とか“経済的逼迫”とかでしょ?」と軽く思いながら観ていたが、やっぱり「老い」のラスボス感は半端なかった。
長塚京三演じる主人公は、前半部では「perfect days」での役所広司のように、それを手懐け(たフリをして)、丁寧な充実した暮らしを送っている(ように振る舞っている)。けれど、教え子役の瀧内公美が登場してからは、どんどん虚実が入り混じり、最終的に何が真実なのかもあやふやになることで、彼自身の心の底にある欲望や後悔や捨てきれないプライドがどんどん丸裸にされていく(つまり何も乗り越えられていない)様子が、心底身につまされた。
遺言書もしたため自ら死を選ぶ準備と覚悟を持っているはずの主人公ではあるが、一笑に付す理性を持ちつつもネットの情報に引っ張られたり、庭先に人影を認めると、過剰なまでに取り乱したり、人間ドックをバカにしながら、血便が出るとすかさず受診したりして、「死」に振り回される。
そうした「死」をはじめとして、「コントロールできない恐怖を与えてくる対象=敵」ということが、犬のフンのエピソードや、経済学部出の編集者への攻撃的な態度、そして自分の中の抑えられない性欲(女医、瀧内公美、河合優実、妻)などとしても、様々に描かれる。でも、一番の「敵」は、主人公のラストシーン間近の「春になれば、またみんなに会える」というセリフ通り、「孤独」なのだろうな…と自分は受け取った。
他にも、ことさらに自分の体臭を気にしたり、食事面でも丁寧な暮らしをしていたはずが、無意識のうちに立ったままパンをかじってコーヒー豆を挽いたりという姿に、しみじみと切なさがつのる映画。
だが、それだけ自分に重ねて観させられたということで、作品としての訴える力はすこぶる強い。
ただ、ちょっとオカルトっぽい味付けについて、もしかしたら評価が分かれるかもしれない。
これはこれでアリ
もう一人の自分
モノクロ映像で描かれる日本家屋を舞台とした老人の物語。
とはいえ、何か違和感がある。
家電やキッチンはかなり新しいものだし、iMacも現行機と同じデザインで、スマホを持つ登場人物も現れる。
老人とはいっても、元大学教授で品があり、丁寧な生活を実践されている。ほとんど老いは感じさせず「矍鑠」というよりも、「凛」としているといった印象すらあります。かなり自分を律して生きている……のが表面上の彼。
実際には元教え子やバーの女給(あえてこの言い方にさせてください)には、鼻の下を伸ばしているし、訪ねてくる教え子たち(男)に喜びつつも、ある種の余裕を見せつけることでマウントを取ろうとしている部分が透けて見えます。健康診断を否定しつつも、ちょっとした体調不良で病院に駆け込み、生活の質を下げて、長生きするくらいならXデーを決めたいと嘯く一方で、想定外に生活資金を失うと、丁寧な暮らしから一点貧乏くさい食生活を受け入れ始めます。
本音と建て前やある種の虚栄心を維持できなくなるあたりから、日常生活と妄想や夢の区別がどんどんとあいまいになり、概念としてだけ存在していたはずの敵が、あたかも実際に存在するかのような物語が展開されます。
人間の人間らしい部分の醜さや可笑しさ、だからこそ愛し慈しめる部分がしっかりと描かれた素晴らしい作品かと。自分自身がある程度年齢を重ねたからこそ、味わえた作品なんだなと思いつつ、今後年齢を重ねた場合、見え方も違ってくるでしょうから、節目節目に見ていきたい作品です。
いい意味で枯れて・・と言いたいが そこは筒井文学 今風も入ってる
まあ 一部ザラついたモノクロで 映画専攻学生はともかく
主要ターゲットは 50以上 65以上リタイア世代か❓
観客は多くは無かったが,そこそこ 3 割くらいか 初老以降が多い 30代くらいの人もいた
予備知識で必要なのは
・長塚京三が77歳役 元フランス演劇史の教授 わずかな原稿料 稀な講演料 年金貯金自分で人生お金から目処つけている
・妻を亡くして20年 大学辞めて10年 独居
・妻のこと 教え子の女性のこと バーのアルバイト立大生 それぞれ 黒沢あすか 瀧内公美 河合優実
コレだけ それ以外は一切不要です。
モノクロ 枯れた描写 小津安二郎❓
築100年の家でロケ 🈶有料パンフ情報
まあ作品なりのパンフだけれども 文字との格闘は無い 行間が適切 論点が絞りやすいとも言う
筒井康隆さんによると ・・・では無いとのこと。
最初は 自炊の 慎ましい生活 清貧を感じる だが高品質
つぎに 女性との関係性
ところで 『敵』って何だろう 皆さん 是非 スクリーンで確認を❗️いろいろ筒井的、イヤ吉田大八的
俺は 『因果応報と個人的に思った』
緩やかな展開 恒例五分くらい😪 原作は1998 昭和では無いけど 間違いなく 昭和映画
長塚京三さんへの当てがき脚本とのこと
特に気づいた点
・長塚京三1945 トランプさん1946‼️ 元気過ぎも如何❓トランプ🃏あなたのこと❓
・瀧内公美 さんが マジ エロス、イヤ 気品感じる 中年美人❗️
・焼き魚 とか 朝食が 美味そう
・最後の 今風の捉え方にビックリ❗️是非スクリーンで確認を
色々ありますから 大人の方 どうぞ スクリーンで❗️
【追記】長塚京三さんは早大中退後 パリ大学ソルボンヌ卒‼️
演技の実力と学校歴は『なんら因果,連関関係が無い』のは相違ないが 今回はソルボンヌの教養が少し出てた。
原作と映画
吉田大ハ監督『敵』は自炊料理(美味そう)をこなし折目正しく静謐な日々を過ごす元大学教授の日常生活を淡々とモノクロ映像で描いていく。
美人の教え子やバーで働く大学生、古い友人との交流もあるが言いようのない孤独が迫る。
やがて夢が現実を侵食していくかのように現実との端境が曖昧となりついに敵との戦いが始まる。
筒井康隆の原作は情報の洪水のように言葉が溢れ料理、演劇、映画、哲学、文学そして自慰を考える楽しみ、想像の数々に亡き妻への思慕が強く描かれている。やがて幻想と妄想の夢が侵食していくが夢、明晰夢の描写は流石に筒井の真骨頂。
映画はその饒舌な面白さ、ある種の幸福感とは真逆であり静かで恐ろしい。黒沢あすか演じる妻の幽霊のような存在感が良く風呂の場面や夢か妄想の中で死んでいる妻に他の女を思ってする自慰を詰られるなどの理不尽さに原作の面白さが再現されている。執拗に瀧内公美が電車で帰ろうとして焦るあたりもいい(なんとなく土曜日の実験室を連想)し松尾諭の役どころも筒井康隆らしいところ。
ただ108分の尺の中、原作を圧縮して脚色されているので夢の生む笑いの部分が薄まっているのは惜しい。
原作とは別のティストの映画ではあるが老いの恐怖、妄想、孤独が前に出ることで現代的な映画に仕上がっている。
映画と原作のあり方、違いを考える上で面白い題材であると思うので興味があれば原作も読んでほしい。
#敵
#筒井康隆
こんなに面白い映画だったんかい
長塚京三主演の映画を観ることになるとはね…。世代的には、というか知識の浅い私にとってはナースのお仕事のイメージしか無かった。
でも、吉田大八監督作品が好きだからってのもあるしキャストが好きな人ばかり出てるからってのもあり観に行った。
◆
まさかの…。ポスター&予告のななめ上を何倍もいく面白さ…!!
私にとっては面白い理由を言葉で説明するのが難しい映画なんだけど、まずこの作品は長塚京三だけでもずっ…と見てられる。フランス近代演劇史を専門とする元大学助教授であり妻に先立たれた男(長塚京三)の慎ましい暮らしをベースに話が進んでいく。進んでいくと言っても、本人はずっと自分が死ぬことを、死ぬまでの日のすべきことやそれまでの仕事や報酬、貯金のことなど考えながら暮らしている。その暮らしぶりが…なんか堪らないんです。寝てるところ、ご飯を用意する所作、歯磨き、食事をする、珈琲を豆から挽いて淹れる、仕事をする、知人と会う、晩酌する、お風呂…なんでこんなに全て惹き込まれるんだろう?まじでずっと見ていられる。音もずっと心地良い。食事シーンは天下一品過ぎる。豪華なものでもない誰もが食べるような焼き魚や焼き鳥、冷麺など食べてるだけなのに…映像と音だけなのに、なんなら白黒映像なのに、1000%美味しさが伝わってくるの不思議すぎる。天才かよ…。
最初は以上のようなことで圧倒されちゃって、目が離せなくなるし、この元助教授の達観している、浮世離れしているようなアカデミックな雰囲気に、かっこいいなぁオイ…という感想が出てくるんだけど…
どんな作品でも、やはり異性が登場すると大きく何か展開があった訳でも無いのに何か妙に雰囲気や様子が変わってくる。
元教え子(瀧内久美)、知人と呑んでいたBarで働く大学生(河合優実)、亡き妻(黒沢あすか)、皆んなどこかミステリアスでこの主人公に対して好意的なのか何かやましいものを抱えてるのか分からない雰囲気で接してくる女性たち。この人たちが現実や夢・妄想で出て来て関わってくると、徐々にこの元助教授の人間的な面や俗世間的な部分、深層心理のような部分がじわじわ出て来る。
(全く別の映画だけど、「モテキ 」「街の上で」はたまた「男はつらいよ」だったり、ドラマでも「東京センチメンタル」「デザイナー渋井直人の休日」など…コンスタントに女性との出逢いがあり女性に翻弄される男の話が私はかなり大好物で、この「敵」もその要素があったことに、楽しむのが難しそうな映画というイメージが払拭されて良かった◎)
そして…。妄想なのか?現実なのか?寝ている時の夢なのか?白昼夢なのか?の怒涛の展開も途中から出て来て、それがひとつひとつ面白くて…。タイトルにもなっている「敵」って何なん??そこも考えながらも、主人公だけでなく観ているこちら側もどんどん翻弄されていくのがなぜか心地良かった。めっちゃくちゃ面白かった。
人によっちゃ敬遠されそうだけど、純粋に飯テロ映画が観たいという人にも超おすすめ出来る、意外なほど色んな角度から楽しめる映画でした◎
モノクロしか勝たん♪
長塚京三さんが主演&筒井康隆先生の同名小説を映画化!というだけでチェックしていた作品。
東京国際映画祭でグランプリ、最優秀監督賞、そして、最優秀男優賞の三冠獲得!の
ニュースを見ました。
おめでとうございます!
長塚さんの受賞時の喜びのコメントを簡単にご紹介↓↓
「ぼちぼち引退かなと思っていた矢先だったので、うちの奥さんは大変がっかりするでしょうけど、もうちょっとこの世界でやってみようかなと思いました」
とのこと!
奥様には申し訳ないですが、引退なんて言わないで!
まだまだ作品を届けて頂きたいです!
そして、私の中ではかなり癖ツヨなイメージの筒井先生。
もちろん時をかける少女は知っているし読んだし観たし(何verも)
"あの"パプリカを生み出したお方!!なので、存じ上げてはいるのですが、いわゆる代表作は未読でして。。
今本棚をぱっと見た所、持っているのは
「くたばれPTA」と「笑うな」の短編集2冊と
「銀齢の果て」←(°▽°)!!!
という、独特なチョイスの計3冊でした。
(我ながらすごいセレクションw
断捨離から生き残った精鋭)
「敵」は未読ですが、ちらり立ち読みした記憶。。(小声)
監督は大八さんなのね。知らなかった。
そんなこんなでレイトショー。
映画のプロ!お一人様男性ばかり。
物音ひとつしない最高の空間。
そんな中に混ざってツウ気分♪
それなのに私のお腹だけが
キュ〜〜ウゥゥゥ〜♪で申し訳ないm(__)m
さてさて作品は。。
心地良かった前半からカオスな後半へ、見事に転調していく。
ぐんぐん引っ張られ進んで行き、いつの間にか現実と虚構(夢)を行き来する世界へ迷い込まされていた。
そのスムーズさがお見事。
それは正に儀助(長塚さん)の感覚と同様で、こちらも大いに不安になり、困惑させられ、目が覚めて現実でなかったと確信し、その妄想に落胆し、しかし安堵する。
その繰り返し。。
妻(黒沢あすかさん)に先立たれたブルジョワ儀助さんの丁寧な暮らしを繰り返し描くことで、彼の人となりや人間関係が伝わってくる。
そして、老いていくことへの不安(金銭面・健康面)、捨てきれないプライド、さみしさ、可笑しさ、戸惑いなど、誰しもが持っている人間味を表現している。
"老い"はこわいし、不便なことも起こるが、私には儀助が"死"を望んでいるのかいないのか、その心理は分からなかった。
そして肝心の"敵"が何なのかも。。
そもそも"敵"の存在自体があやふやで、いないとも言えるし、全てが敵とも言えるのかもと。。
全体的に観客の想像力をかき立てる、私の得意な妄想し放題で、違う方向に行き放題!な
作品。
だから、好きな、そして苦手なタイプの作品でした♪
とりあえず
モノクロなのに凄まじい飯テロ&瀧内公美さんの妖艶さにダウン!
(儀助がフランス文学の教授ってのも、エロ意識無くしてない説得力があったw)
極めつけはあの終わり方〜!!
でスリーカウントカンカンカ〜ン♪でした。
長塚さんは勿論、黒沢あすかさん、優実ちゃん、W松尾さん、中島さん、皆さんハマり役で素晴らしかったです!
追記。。
1月24日のA-Studio +のゲスト、長塚さんみたいです。要チェックですね♪
独居老人の気持ち 自分にも当てはまるなぁ
(PERFECT DAYS+ボーはおそれている)÷2+α
計画だけではあじけない
2023年。吉田大八監督。筒井康隆の原作を映画化。引退した大学教授は残りの人生を一人つつましく生活している。丁寧な家事、少しの労働(講演、執筆)、教え子や友人との会話。計画的に淡々と過ごしているつもりだったが、専門のフランス文学の教養を披歴する機会は減っていき、自覚しないうちに徐々に生活に張り合いを見失っていく。そこへ、迷惑メールのように「敵」の情報が流れてくるようになると、願望充足ともトラウマともつかない形で夢や無意識や妄想と現実が融合し始めて、という話。
私見では谷崎潤一郎の老年文学に匹敵する筒井康隆の老年文学のひとつを、見事に映像化している。マッチョなようであっけらかんとコンプレックス(女性や教養)を認めてしまう筒井節も谷崎に通底している気がする。
「敵」とは何かと考察したくなるが、人が老いていけば、周囲のすべてが「敵」として現れてくるのだろう。「北からくる」ということで「あの国」を想像してしまうが、これはすでに主人公の妄想の具象化だろう。
特に前半部分の「音」がすばらしい。単調な老人の生活をちょっと不気味な「音」で彩っている。常に何かが音を出す。リズミカル。
プライドと思い出が生み出す妄想
結局のところ…どうゆうこと?
穏やかな隠居生活を過ごす一人暮らしの渡辺が過ごす日々を眺める前半パート。妻に先立たれ寂しい一人暮らし…というわけでもなく、それなりに充実し、それなりに楽しみがあり、それなりに人付き合いもある。ちょっと羨ましくも感じたり。
そんな渡辺の暮らしに少しずつ起きる変化と、不思議な違和感。ちょっとした違和感が不協和音になり、最後は…
かなり不思議な作品で、映像化不可能と言われた小説が原作というのも納得の、よく分からなさ。結局何が起こったのか?どこまでが現実なのか?
まだ全然消化しきれていません。
全編モノクロで描かれる奇妙でちょっと不気味な世界観。
死が目前に迫った時の精神世界なのか?それとも認知症から見える世界?
よく分からないけれど、なぜかつまらないわけではなく興味をひかれる。
色々咀嚼してみようと思います。
日本版ファーザー
2021年に公開されたアンソニー・ホプキンス主演の『ファーザー』が頭に浮かびましたね。
アンソニーには娘がいましたけれど、
本作の主人公渡辺儀助は妻を亡くし、ひとりで暮らす元大学教授。
儀助は孤独ではあるものの、外部との接点はあるんですよね。
編集者、教え子、バーで出会った大学生。
儀助は自分の預金額から、何歳で死ぬというX DAYを設定し、そこに向けての終活をしている。
冒頭は儀助の日常(特に自宅での生活)が淡々と繰り返し描かれ、
食事シーンが多いなと。しかも美味しそうな料理を自炊する儀助はすげぇななんて思いながら
観ていました。この料理と食事シーンはすごく多いし、丁寧に描かれていますね。
本作は夏→秋→冬→春の4篇で描かれていくのですが、
夏は実に普通というか、老いた元大学教授の生活を淡々と描いていて
秋になると、小さいながらもコンフリクトが起きていく、
冬になると、儀助の妄想?が入り込んできて、どこまでが現実でどこからが妄想なのかがわからなくなってきます。
このあたりで、「敵」なんていないんだというのがわかりますし、
私は冒頭に書いた『ファーザー』を思い出してしまいましたね。
あぁ、儀助は妄想に取り憑かれていて、認知症を患ったのだろうと想像した次第です。
そこからは、妄想→ベッドで目覚める→日常→妄想→ベッドで目覚める・・・がLOOPしていき、
観客もかなり混乱していきますが、ラストは儀助の思い通りになって良かったのかなと。
でも、中島歩演じる甥が、儀助の自宅で儀助を見るシーンで終わるのは、なんともホラーな感じがしました。
老いについてあらためて考えさせられましたし、自分も終活をしっかりしておかなきゃ、まわりに迷惑をかけてしまう
なんてことを考えちゃいましたが、
本作、もっと「敵」を具体化した別のカオスに持っていっても面白かったのにと思いました。
いや、むしろそっちを期待していたんだが・・・という。そんな感想です。
やっぱり『ファーザー』の既視感があるというか、オリジナリティという意味では、私は今ひとつ驚きには至りませんでした。
とはいえ、80手前の長塚京三の演技は素晴らしかったですし、
脇を固める瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、中島歩、松尾諭、松尾貴史も素晴らしかったです。
とくに瀧内公美のセリフが面白かったです。
久々に先が読めない新作邦画を見た気がします。
とにかく長塚京三さんが素晴らしい作品でした。
1/26追記
宮崎キネマ館さんでの監督&松尾諭さんの舞台挨拶
すごく良かったです。
監督が本作にかけた想い、確かに受け取りました!!
死生観に対する深層心理
注目作品が目白押しの今週公開。中でも私が一番関心があった本作を、公開初日にテアトル新宿にて鑑賞です。9時50分の回はまぁまぁな客入り。
原作未読、情報も極力入れずに鑑賞となりましたが、難しい作品なのかと思いきや「死生観に対する深層心理」が見事に映像化されており、殊の外深く刺さりました。
序盤、元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)は独り、丁寧な「余生」を送っています。妻に先立たれたものの、友人や仕事関係、そして教え子との交流もあって決して孤独な人生ではなく、またその関係性から一目置かれたり尊敬される立場です。その為、本人にも少なからず「どうあるべきか」「どう思われたいか」という自意識が見え隠れします。
あくまで私見ですが、独りに慣れると「他者という外圧」に敏感になり、どんな相手に対しても距離感を意識するようになります。それは歳を取れば尚更で、出来るだけバランスを崩さないよう、冒険に出ることはせずついつい受け身になりがちです。
ところが中盤、思いもよらぬタイミングに「敵がやってくる」と、想像の埒外からのその文字面に気を取られ、徐々にバランスを崩していく儀助。それまでは慎んでいたはずの「魔が差した言動」や、食事などにみる「少しずつ雑になる生活」。そして「身体の変調と投薬」など、負のスパイラルによって精神状態にも影響が出始めます。そこからは夢と現実の境が曖昧で正に怒涛の展開。過去の自分の「欠如や迂闊さ」を、幻影の他者を通して自己否定する様は、観ている自分にも身に覚えがあって非常にイタい。
そして終盤、いよいよ目の当たりする「敵」にぞわぞわが止まらず、また、儀助の想いや彼が遺すものの「ある変化」に、理想ではない現実の終末に見る「孤独」を感じます。
長塚さんを始め、キャストの皆さん説得力のある演技でとても見応えがあります。そして、モノクロスタンダードの映像は勿論のこと、脚本、演出、照明、音響、そしてキャスティング等々、全てにおいて素晴らしい仕事の制作陣。中でもどうしても言わずにはいられない「うまそげフード」の数々は必見。観てて本気で腹減りました。飯島奈美さん(フードスタイリスト)最高でした。
いやぁ、久しぶりに「DVD化されたら買っちゃいそう」な作品。秀作です。
全363件中、321~340件目を表示












