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映画レビュー
小さな気づき
はちみつレモネード
(2020年/15分)
本作もまた、母と娘の物語である。
視点は娘だが、その背景にあるのは「多感期」という言葉が最もしっくりくる。
この物語の“あるある”は、多感な時期の娘が、
自分の母のふるまいを恥ずかしく感じてしまう点にある。
主人公サエの両親は離婚している。
そして、友人の母親が家を出たという出来事が、話題であると同時に心配の種でもあった。
おそらくサエは、
母が人前でも構わず大声を出したり、過保護な態度を示したりすることを、
「友人の前では、胸を締め付ける要因になってしまうのではないか」と、
勝手に想像していたのだろう。
サエは、たとえ片親であっても、それを感じさせまいとする母の思いを理解しつつ、
一方で、友人の手前、それを否定しなければならないという矛盾を抱えていた。
もちろんそれは、顕在意識ではなく、
意識のすぐ下にある潜在意識のレベルで起きていた感情だ。
つまり彼女は、
そう振る舞う自分を演出することで、体裁が保たれると信じ込んでいたのだ。
タイトルの「はちみつレモネード」が示すのは、
日常の何気なさや、ホッとする瞬間、
そして「いつもそこにいる母」というモチーフなのだろう。
母の頭痛に触れたときに芽生えた、ほんの小さな「もしも」。
それが、サエのものの見方を変えていく。
片親であることへの不満はない。
むしろ、友人たちよりも自分は幸せだ。
美人で人気者の母は、自慢でもある。
それなのに私は、その幸せに蓋をしていた。
神社で手を合わせ、猛省し、二羽の鶴を折る。
それは、この親子が永遠に幸せでいられますように、という祈りなのだろう。
夜の駅で、母を待つ時間。
「異常なし」という短い報告。
鏡の前のルージュは、大人への伏線として置かれている。
そして最後に残るのは、
とても小さな、しかし確かな気づきだ。
――今、ここにある幸せ。


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