「2020年パンデミック下の青春の日々 地上に何が起ころうとも天には星々がまたたく」この夏の星を見る Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)
2020年パンデミック下の青春の日々 地上に何が起ころうとも天には星々がまたたく
私、実はかつて天文少年でした。まずはそんな天文少年の思い出話から。今から50年以上前、初秋の頃のある日、中学生だった私は私の「愛機」(親にせがんで買ってもらった6cmレンズをフィーチャーした天体望遠鏡)を自宅の玄関先の道端に持ち出して、東の中空に浮かぶ月(ほぼ満月)を観測しておりました。そしたら、たまたま道を通りかかった見ず知らずの男性3人組が私と私の愛機を見つけ、「僕らにも見せてくれる?」と声をかけてきました。私は「どうぞ」と、見たところ当時の私より10歳前後年上と思われる3人組に返事をしました。すると、まず、1人目が見て「わー、けっこう見える。クレーターもわかる」と大感動。2人目、3人目と交代しながら見ていって、皆さん、わーっと感動の嵐になりました。なんとまあ、突然の月面観測会。「もう一回」の要望もありましたので、私が時折り間に入って愛機を操作しながら、あと何周か、お兄さんたちに心ゆくまで楽しんでいただきました。大人になって思い返せば、時間帯から考えると(午後8時台だったと思います)、あのお兄さんたちは仕事帰りに一杯やった後、ほろ酔い気分で私と愛機を見つけ、アルコールの作用もあってあの大興奮状態になったのかもしれませんが(純真な中学生だった当時の私には考え及びもしない話です)、ともあれ、本当に嬉しそうに去ってゆきました。愛機を片付けて自宅に戻ると、どうも大騒ぎぶりが家の中まで聞こえていたみたいで、母が「楽しそうでよかったね」と笑っておりました(近所迷惑だったかもしれませんが)。
なんでこんな話を紹介したかというと、この映画を観ていて、やっぱり、天体観測とか星を見るとかというのはとても楽しくて素敵なことだとつくづく感じたからです。そして、それには心の浄化作用、大げさに言うと魂の浄化作用があるとも感じました。私も社会人になってからは日々の生活に追われ、空が明るい都会に住んでいることもあって封印していた趣味なのですが、再開とまではいかなくても夜空を見る機会を増やしていきたいと思いました。
天文というのは決して理系オタクのネクラな趣味ではありません(差別的に聞こえたら申し訳ありませんが)。私も社会人になってから、何かの拍子に、実は昔、天文少年でしたという人に何人か遭遇したことがありますが、タイプは千差万別でした。この映画ではサッカー少年や野球少年が星を見ることに興味を持つようになってゆく過程が描かれています。原作は未読ですが、特に、長崎•五島の野球少年たちがコロナ禍で部活が十分にできない中、夜が暗くて星空が美しい環境の下、星を見ることに興味を持ち始めるというのはなかなかいいところを突いているなあと感心しました。
そして、この映画のハイライト、スター•キャッチ•コンテストの件。キャッチすべき対象天体(星)を指定し、それをいち早く望遠鏡の視野内に捕らえたチームが得点をゲットという方式で、五島チーム、東京チーム、茨城チーム対抗で行なうのですが、始める前から周囲の光に関する環境から、五島チーム有利、東京チーム不利と思ってしまいました。私にとっては、昔とったキネヅカと言いますか、劇中に出てきたキャッチ対象の星々は観測経験のあるものばかりで、出題者の岡部たかしさん演じる高校天文部顧問の先生の出すヒントもほぼ完璧に分かりました。今じゃ、昼間会った人の名前がその晩に出てこないほどの怪しい記憶力なのですが、若い頃、夢中になったものは何十年ぶりかに聞いてもけっこう憶えているものだなと驚きました。久しぶりに初恋の人に会ったら、その人の誕生日をまだ憶えていたみたいな感じでしょうか。
例えば、岡部さんが「天上の宝石」と言えば、すぐにはくちょう座のアルビレオが頭に浮かびました。少し残念だったのはアルビレオがなぜ天上の宝石と呼ばれているかの説明がなかったことです(それでも評価は下げませんが)。アルビレオは二重星です。肉眼では一つの星ですが、望遠鏡の視野内に入れると二つの星が見え、それぞれの色がオレンジとブルー。この色の対比が美しいです。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』ではトパーズとサファイアに喩えられていたと記憶しています。
あと、岡部さんの出題にあった こと座の環状星雲M57のことですが、岡部さんが「えむごじゅうなな」と発音していて少し残念でした(それでも評価は下げませんが)。この数字の前のMはフランスの天文学者のメシエさんが全天の主な星団/星雲を通し番号を付けて「メシエカタログ」を作ったときのMで、天文ファンが読むとM57は「めしえごじゅうなな」です。十代の頃の私は少し日本語訛りが入って「めっしぇ」と発音していましたが。
脱線ついでにもう少し。天文少年の初心者は天体望遠鏡を手に入れるとまずは月面を見ます。これはけっこう楽しめます。次に火星、木星、土星等の惑星観測に進みますが、私の愛機の性能ではあまりよく見えず、面白くない。私は上記のメシエカタログにある M31 アンドロメダ座の大星雲、M42 オリオン座の大星雲等の星団/星雲巡りのほうに進んでゆきました。なかでも私がいちばん好きだったのはM45 おうし座のプレアデス星団です。和名はすばる。そう、かの清少納言が枕草子に「星はすばる」とつづり、谷村新司が歌にした あのすばる(昴)です。冬の夜空で肉眼でも星が六つ ごちゃっとかたまっているのが確認できますが、望遠鏡で見ると、星々の青白い光が星間ガスの作用で背景の夜空に滲んでいるように見え、それはそれは美しいです。たぶん肉眼でしか見たことのない清少納言さんに見せてあげたいくらいです。
さて、この映画の話。茨城、東京、五島の三拠点を舞台にした青春群像劇ですが、新型コロナウイルスのパンデミックが始まった頃、ウイルスがいちばん不気味だった2020年のお話です。夏の甲子園の高校野球を始めとする各種スポーツ大会が中止になったあの年です。世の中は閉塞感に溢れていましたが、登場人物たちは健気に限られた条件の中で何ができるかを前向きに考えていました。そして、夏のスター•キャッチ、その後の年末のISSキャッチへと進んでゆきます。
ISSキャッチのシーンの「よいお年を」のセリフ、よかったですね。本当にままならぬ一年だったけど、来年は、そして未来はきっといいことがあるというメッセージが込められているように思いました。この映画の配信が始まったら、年末に観ようと思います。最近、涙もろくなった私はこの「よいお年を」のところで落涙するかもしれません。
星空はつながっています。この映画では五島、東京、茨城を結んでのスター•キャッチ•コンテストが実現しました。星空は空間を超越したのです。また、清少納言や宮沢賢治が見た同じ星空を我々が見ているように、星空は時間をも超越します。あの夏のスター•キャッチに参加した少年少女たちが、今も、そして未来も、夏の夜空を見上げ、こと座のベガ(織姫星)を、わし座のアルタイル(彦星)を、はくちょう座のアルビレオを、はくちょう座のデネブを、さそり座のアンタレスを、そして天の川を、その他無数の星々を見て、あの夏のことを思いつつも未来に思いを馳せるーーそんな世界観を感じさせる とても素敵なよい映画でした。私自身は2025年のベスト映画に出会えたと思っています。夜空に燦然と輝く五連星 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ 文句なしの星五つです。
人間が肉眼で見える最大のものは「昴」だと聞いたことがあります。
私は高校で地学を取らず、天文学にはあまり興味がなかったのですが、この映画を見て、少し興味を持ちました。
「夜明けのすべて」もそうだったのですが、悠久の時の流れを感じさせる宇宙の話が普段の生活をそのまま綴った映画の中で流れると、その映画の深みが増すように思います。
このレビューを読みながら、Freddie3vさんは、ホントに天文学が好きだったんだろうなあ、と感じることができて、とてもよかったです。ありがとうございました。
共感ありがとうございます。
天文活動をされた方ならではの、愛情溢れるレビューでした。未経験の者からすると、初めて星の実体を目視した時の衝撃と感動はいかほどかと思います。この映画はその辺も上手く取り上げてたと思います。
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