遠い山なみの光のレビュー・感想・評価
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悦子の心の平衡のため
広瀬すずさん演じる戦後の恵まれた主婦象は、悦子が「そうであってほしかった」姿に記憶を書き換えていたのだとすると、佐知子や万里子、猫の下りも、それが悪夢となって思い出される背景も、物語の最後に種明かしされることで納得はする。それでも自分の記憶を偽ってまで消したい被ばくと窮乏と言う過去とは、家(と典子の部屋)を残すことで辛いながら離れることができなかった・・そのことをニキに発見され、親子で悲しみを共有したことで30年越しに魂が解放されたのでないか?
それぞれ同一の人物を演じた、広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊の鬼気迫る演技も女優賞もの。
ひとつだけ、三浦友和の演ずる「戦前の教師」が少しステレオタイプ過ぎではないか・と思った。日本(と家族)を守るために、本土進攻を1日でも遅らせるために命を掛けた先人には、悲しい中にも感謝があったはず・と思いたい。
ぼぉーっと観てました
相変わらず、作品を観賞しながら別の事を考えてしまう悪いクセが今回も出てしまう。
広瀬すずは、CM等のセリフの発音で、私の中で時々、耳に引っ掛かる音がある(カ行かなぁ~?)のだが、方言だとあまり気にならないのね〜(口を縦に開かず喋るのは相変わらずだけど)。とか、三浦友和が70代になって、こういう役を演じている姿は想像していなかったなぁ~等など。
それはそうと、女優人は皆さん素晴らしかった。それにやっぱり本編の女優は綺麗なのが良い。
皆さんとても美しかった。
特にこのストーリーのように、虚像と実像、嘘と誠、今と昔などが混沌と映し出される画面は、俳優が綺麗な方が生きてくると思う。
小説は読んでいないが、思ったほど分かりにくくも難しくもなかった。
躊躇していたが、観て良かった。
変わりゆく時代の中で、縛られる運命を身体に刻んでしまった人、変わりきれない人、変わって生きたいと願っている人。
終盤「そういうことね〜」と妙に納得しながら、ぼぉーっと視終わった作品だった。
反芻するほどに心に響く
戦後をイメージするとき
朝ドラを思い浮かべてしまうのは
僕だけではないだろう。
明るく朗らかな性格の少女が成長するも
戦争により家族や大切な人を失い
焼野原で過酷な生活を経て
復興する日本で夢を叶えていく…。
そんな展開をデフォルトとしながら
数々の名作が作られてきた。
本作の舞台は戦後の長崎。
広瀬すず演じる悦子は妊娠しており
朝ドラの主人公のような
主人公然としたキャラクターとして
懸命に生きている、
というのが冒頭での印象だったが、
見終わったときに
その印象はガラリと変わった。
母はなぜ長崎を離れてロンドンに来たのか?
この疑問を悦子に投げかける娘ニキの視点で
本作は悦子の語り部により長崎での物語が展開し
やがて衝撃の真実が明らかになる。
“衝撃の真実”により
それまでの物語が一変するため
僕自身、映画館を出た後、
時間をかけて頭の中で物語として
再構築していったのだが
反芻すればするほどに
心が震えるような感動が沸き起こった。
ということで、今回は
作中では明確に描かれなかった
悦子の物語を紐解きながら
本作が挑戦した映画的アプローチを
過去の名作と共に解説していきたい。
続きはnoteにて
後悔は解決しないもの
原作を読んでいたので、どうやって映像化するのか気になっていました。わかりにくい、という感想の方もいらっしゃいますが、原作の方がわかりにくかったです。笑
説明が不十分で、ストレスの溜まる価値観のズレ、翻訳が元になっているかすかな違和感、未解決の謎。でもそれが全て演出だと思うのです。
何故なら、これは語り手である悦子の、無意識の嘘を映像化したものだから。こうであれば、こうであったかもしれない、こうでないと現実に耐えられない、という心象風景なのだと思います。そして悦子以外に鑑賞者に語りかける者はいませんから、こちらは翻弄されて当然なのです。
時代に引き裂かれ、戦争に引き裂かれ、自分を騙すしかなかったほどの苦しみを少しでも理解しようとするこちら側の努力の必要な作品です。
80年代のイギリスの映像は手触りが伝わってくるほど美しいリアリティがありました。ニキのニットが可愛いなぁ、お庭が素敵だなぁ、美味しそうなポテトだなぁと。
対して戦後の長崎の禍々しく鮮やか過ぎる夕陽、バラックに不似合いな調度品、異常に外国に憧れる台詞。これは悦子がもうひとりの自分を作り出して見ていたファンタジーなのだと思います。残酷な現実に根差したファンタジー。
すずさんもふみさんも美しかった‥
原爆の光は希望の光へ
サラリーマンの夫と団地で暮らす平凡な主婦・悦子と、川辺の貧相な小屋で幼い娘と暮らすシングルマザー佐和子。二人の友情が、約30年後の悦子の回想でミステリアスに紐解かれていくヒューマンドラマである。
どうして悦子が長崎からイギリスに渡ったのか?その経緯を悦子が作家志望の二女ニキに話して聞かせる…という体で物語は展開されていく。
しかして、そこで語られる悦子と佐和子、彼女の幼い娘・万里子との触れ合いはラストで意外な結末を迎える。
ただ、自分は中盤くらいから、ある程度予想できてしまったこともあり、この結末にそこまでの大きな衝撃を受けなかった。
悦子と佐和子は性格も生き方も正反対であるが、よく似ている部分もある。母親である点、映画女優に憧れている点、被爆者である点。そうした様々な要素を併せ考えると、自然とこの結末は予想できた。
とはいえ、自分は本作の全てを理解できたわけではない。幾つか不明な点が残り、観終わった後には少し戸惑いも覚えた。
まず、長女・景子の死の経緯である。ピアニストとして将来有望視されていたはずの彼女が、どうして不幸な死に至ったのか。きっとそこには彼女なりの苦悩があったはずであるが、そこが完全にオミットされているのでよく分からない。
また、悦子とイギリス人の夫の関係も写真を通して分かる程度で、詳しくは分からない。
更に、ニキには不倫中の恋人がいるようだが、彼との関係も序盤で少し語られるのみで、以降は完全に舞台袖に追いやられてしまい、何とも中途半端な扱いで気になってしまった。
中途半端と言えば、悦子の義父にまつわるエピソードも、メインの悦子と佐和子のドラマとは完全に別枠の扱いという感じで散漫な印象を持った。
原作はカズオ・イシグロの同名小説(未読)で、それを「ある男」の石井慶が監督、脚本を務めて撮り上げている。原作を読めばこの辺りはスッキリするのかもしれないが、少なくとも映画単体としてはどうにも消化不良感が残る内容だった。観る側が色々と想像しながら補完する必要がある。
一方で、被爆者である悦子の苦しみと悲しみは観ているこちらにしっかりと伝わって来て、そこについては見応えを感じた。
実際、長崎における被爆者に対する差別は、熊井啓監督の「地の群れ」などを観るとよく分かるが、相当ひどいものであった。人としての尊厳をはく奪され、一般社会から断絶した暮らしを強いられていた。
本作でも悦子は夫に負い目を感じていたし、佐和子と万里子はコミュニティから完全に孤立していた。もしかしたら本当はもっとひどい目に遭っていたかもしれない。しかし、悦子はそんな過去を正直に語ることが出来ず、結果としてオブラートに包むような形で今回のような”創作”された告白をしたのかもしれない。
そんな暗い戦後の話が続く映画だが、展望台の悦子と佐和子のシーンは唯一清々しく観れる場面で印象に残った。彼女たちにとっての、更に言えば当時を生きた女性たちにとっての希望と未来が感じられ感動的だった。
キャストでは、悦子を演じた広瀬すずの凛とした佇まいが印象に残った。全編抑制を利かせた演技を貫き、昭和の慎ましやかな女性像を見事に体現している。
佐和子を演じた二階堂ふみも影を持ったキャラを上手く表現していた。
後年の悦子を演じた吉田羊は全編英語のセリフに挑戦しており、これが思いのほか自然体で驚かされた。後から知ったが、撮影前にイギリスに語学留学したということである。その成果が見事に発揮されていると思った。
わかりにくい
あっ
全てにおいて事実を明らかにせず、観客の想像に委ね推理させる映画
ピアノや英語も習っていた良家の子女だった主人公が、愚かな軍部や政治家が始めた戦争によって、身籠っていた時に長崎に落とされた原爆で被爆し、家族・家すべてを失い、夫は戦死し、戦後を生きる為に外人に身を売り、子育てしていた
その後イギリスが好きだった彼女は、イギリス人のオンリーとなり結婚を望むも、子連れ婚に男の親の反対があり、ようやく結婚しイギリスに渡り、夫との間にも娘を授かり幸せに暮らしていた、そんな彼女自身が話した回想録
映画の中で一寸安心したのが、ある母親が乳飲み子を川に沈めて殺したという暗示部があるので、娘の大好きだった猫を夫がイギリスには連れてゆくなと言われ、娘が離そうとしないので、主人公が川に沈めて殺そうとしたシーンが、実は殺さずに一緒に連れて行っていたという事を、後でこれもハッキリとは示さず、判る人には判るように描き、全てに謎めいた設定の映画でした
原作者のイシグロ氏の母親も、10代後半で長崎で被爆しており、戦争の不条理を元教師の姿に重ねた反戦映画で、原作を読んだ人の意見が聞きたい、原作を読んでみたくなる映画でした
ただ「涙溢れる感動のヒューマンミステリー」とチラシにありましたが、涙は出ませんでした!
戦争映画と思わせて~
レイトショー強化月間
この作品 ただの戦争回顧映画かと思いきや
とんでもない ホラーサスペンスでしたよ
実は、 三浦友和目当て。
ギャラの嵩みそうな役者の中、
けっこうな分量が割かれていたのも
興味深い。
渡辺大知とのシーンでは戦中の教育者の
心情を 緻密に演じていて、さすがに
一筋縄ではいかない
うーむ。上手いぞ
それと 初見の役者としては 子役の鈴木碧桜が
良かった。
彼女の演技力が無かったら ここまでの
ホラーサスペンス味は醸されなかっただろう。
先月見た「美しい夏」でも感じたのだが
ここ数年 映画制作の中の「カラリスト」の
仕事の比重がとても大きく感じる
この作品も 主に佐知子と万里子の
居住エリア周辺での色調補正・
画像エフェクト&音響効果で
怖さ倍増。
あと 本編ストーリー以外では
匂いたつようなオムレツ調理の
シーン。
あえてだし巻き玉子ではなく
フライパンで作るオムレツ。
なるほど あの時代バイオリンを
習えるだけの資力のある
家庭環境に育ったんだなぁと
主人公の背景が伺える。
※エンドロールでスタッフを
チェックしたら飯島奈美のクレジットが!
もう、すぐわかるよね!
どおりでロンドンに帰る娘に
持たせる瓶詰は佃煮とかではなく
「チャツネ」 !!
この辺も芸の細かさが出ている。
実はこの作品
札幌市内の映画館全てで
(あのシアターキノ・サツゲキでも!)
上映しているというとても珍しいケースだった
こんなことってあるんだな
そんなに 皆が見たがる映画なのか!!
まあ、面白かったけど。
是非、レイトショーで見ることをおすすめしたい
93点☆4.3
今作はとても敷居が高く、完全に理解するには原作を読まないと追いつかない点が多く、軽い気持ちで観るような作品ではないことが評価に繋がらないという点で、残念な想いがある。
ノーベル賞作家カズオ・イシグロの長編デビュー作『A Pale View of Hills』を、石川慶監督(『ある男』で日本アカデミー賞作品賞受賞)が映画化。
主演の広瀬すずは、今年すでに三本の主演作をこなし、本作でも繊細な感情の揺らぎを体現。
謎めいた女性を妖艶に演じる二階堂ふみ、老年期の主人公を重厚に演じ切る吉田羊が脇を固める。
舞台は、カズオ・イシグロの出生地でもある原爆の記憶が残る1950年代の長崎と、1980年代のイギリス。
二つの時代を往還しながら、母娘の絆と秘められた嘘を描き出す叙事詩的な物語。
家長制度が色濃く残り、女性が家庭に縛られていた時代。
戦後復興の兆しを見せる長崎で、主人公・悦子(広瀬すず)は謎めいた女性・佐知子(二階堂ふみ)と娘・万里子と出会う。
佐知子は表向きは軽やかで自由だが、その奥には生き抜くための必死の覚悟と、現状を打ち破ろうとする烈しい衝動を秘めている。
その姿に触れることで、悦子は「自分の幸せとは何か」という問いに直面していく。
一方、1980年代のイギリス。
悦子の次女ニキは、姉の死をきっかけに母の過去を探る。
物語は時間軸を行き来し、人物の背景や時代の文脈が複雑に交錯する。
そのため一度の鑑賞では全てを掴みきれないかもしれない。
しかし、その難解さこそが悦子という女性の複雑な生き様を映し出す装置となっている。
石川監督の演出は、単なる「悲しみを隠す嘘」という枠を超え、あの時代を生きた女性たちの孤独と強靭さを鮮烈に描く。
佐知子の正体、悦子の選択、原爆の傷跡が残る街での暮らし、姉との関係、なぜ長崎を離れなければ行けなかったのか、次女ニキが辿り着いた真実とは。
嘘が明るみになり絡み合う瞬間、大きな愛に包まれ優しい風が吹く。
「どうして嘘をつくの?」と問いかける娘ニキ
それは、もう二度と大切な人を失いたくないから。
壮絶な人生を生き抜いた母の、娘を想う偽りの物語の先に、光を見る。
影の鏡像
Ceremony
ここ最近のカンヌ受賞orノミネートの作品はなーんだか首を傾げる要素が多かったのですが、今作はまだ大丈夫だろうと挑みました。
原作は未読なんですが読んどくべきだったなーと思ってしまったり。
1952年と1982年の描写を映すミステリー的な要素が強い作品で、役者陣の演技も素晴らしかったんですが、いかんせん入り組んだ内容に結構振り回されてしまったなーという印象です。
自分の読解力不足もあるのですが、想像以上に難しくしてるのでは?と石川監督の前作「ある男」でも思った事が頭をよぎりました。
戦後に生きる人々を映している作品ではあるんですが、戦後から7年が経過しており、団地での生活の様子が映されたりするので、原爆で負った体の傷というよりかは心の傷にフォーカスを当てたのかなと思いました。
若い頃に出会った女性と過ごした日常の些細な変化や、その女性の娘との関わりが30年後に繋がるといった感じで、不穏な雰囲気が徐々に繋がって未来へのピースになっていくという構造でした。
展開の点と点が線で繋がった時はハッとさせられましたし、過去と未来がここまでしっかり繋がるのは見事だなーと思いました。
ただそこまでにいく過程が複雑かつ、登場人物の配置が謎だったり、その描写いる?といった感じでややこしくなっているので、ヒューマンミステリーが難しさに拍車をかけちゃったなと個人的には思いました。
そういう直接的な描写では無いというのは重々承知なんですが、猫を溺死させるのはかなーり嫌悪感がありました。
実家で猫を飼っていてめちゃくちゃ可愛いのを知っているので、いくらフィクションといえど殺さんといてくれ…と目を覆ってしまいました。
ここはガッツリマイナスポイントです。
広瀬すずさんと二階堂ふみさんのぶつかり合いはエグかったですね。
ギラッギラ光る視線や、浴びせる言葉の重みなんかが凄まじく、2人の演技合戦に魅せられっぱなしでした。
今作に流れる音楽がめちゃくちゃ良くて、雰囲気とは少し違うロックサウンドが絶妙にマッチしており、現在進行形で楽曲を聴いています。
原作を読んだり、今作の紹介PVなんかも見てから行ったらより理解できたのかなーとは思いました。
単純明快が素晴らしいとまでは言いませんが、空白を埋める作業に徹しないといけないのも中々ハードだなと感じた1本でした。
鑑賞日 9/9
鑑賞時間 11:45〜13:55
解説ほしー!
かなり説明省いてるのか、原作からだいぶ削ってるのか?「解決した」「オチた」感のないラストでした。
これってつまり、あの手に持ってたヒモで佐知子を殺したってことですよね?で、悦子が佐知子になり変わってマリコ(→景子)と共にフランクと落ち合いイギリスに渡ったってことですよね。物腰は柔らかいけどなんだか本性の見えない旦那や、日本や、被爆者である事実から逃げたくなったのかな。旦那と義父の確執、義父の人生、悦子の記憶がないこと、ニキと景子の関係とか、もうちょっとスッキリするところまで見せてほしいところだけど。
でもフランクは相手が誰でも良かったのかね?
あと、悦子と佐知子は劇中にも映ってた小津映画みたいな昔の女性像を意識したのかなって感じだったけど、2人とも童顔だから難しいですね。喋り方も意識してる感じでしたね。しょうがないけど、吉田羊の英語も終始気になった。
難しい
原作未読で何となく面白そうと思って観た。
最初から伏線が色々ありそうだったけど、回収されたんだかされてないんだか。
最後に答え合わせのように2人が同一人物なのだという描写が出てきたと思ったら終わった。
二郎さんの手?
ニキの妊娠検査のシーンいる?
パラレルワールド…?
考えるほど疑問が残る笑
内容は私には合わなかったけど、2時間退屈することはなく、俳優さんたちの演技はすばらしかった。
えっ!?
えっ!?って終わちゃった…
あなたは誰…?
だって、最後、悦子が川辺にすわっているボサボサ髪の女の子(万里子だったよね~?)に「景子」って言ってたよね…
終盤、長崎の街に佇んでいた全身黒い服を着た吉田羊さんは何を表していたのか…?
って訳でパンフレットも買って全部読んだけど答えは出ない。出なくても良い!という事にしよう。
小説を読もう。
読んでもわからないかもしれない。
映画としての感想は、美しい映像だった。
悦子と佐知子の対比が素晴らしい。広瀬すずさんと二階堂ふみさんの演技あってですね。
特に二階堂ふみさんのなんとも言えない独特の雰囲気。凛とした強さ。あの話し方…不思議な感じ…
50年代の団地も佐知子のバラック家もイギリスの家も、細々した所まで作り込んでいて、観ているだけでも飽きなかった。
よく分からなかった
広瀬すずさんファンです。出演作は毎回見てるのですが、何が言いたいのか、よく分からなかった。全体的に暗い画面で正直怖かった。マリコが景子だったということは、実は全部自分の話だったのか、というのは理解できたけど、(だから?)と思ってしまった。私にはこのような高尚な映画は向いてないのかもしれない。
謎は謎のまま置いていかれた
生きたいようにできるか…できないか…
時代的に男女平等なんて言葉は存在してないん気がしたなぁ……
男の言うことが全てな世界、まだ戦争の匂いが少し残ってる世界で立ち上がる女性のこうやって生きたいという欲を感じたなぁ
思うように生きてほしいという事を直接語りかけてくる作品だと感じた
全429件中、201~220件目を表示
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