「被爆女性の生き方の一例と思われるが、目的と焦点がはっきりしない」遠い山なみの光 Dickさんの映画レビュー(感想・評価)
被爆女性の生き方の一例と思われるが、目的と焦点がはっきりしない
1.はじめに:石川慶監督との相性:
❶石川慶は、幼少の頃から両親の影響で映画が好きで、東北大学で興味のあった物理学を学んだ後、映画監督を志し、ポーランドの国立ウッチ映画大学に留学し演出を学んだというユニークな経験を持つ。長編映画デビューは2017年(40歳)の『愚行録』。(出典:Wikipedia)
❷それ以降、本作まで計5本が劇場公開されている。9年間に5本なので、「量産」ではなく、気に入った企画を「一個作り」で丁寧に撮るタイプと思われる。
❸その全作をリアルタイム観ているが、全体の相性は「上~中」。
①2017年 愚行録 ★2017.02鑑賞85点。
②2019年 蜜蜂と遠雷 ★2019.10鑑賞80点。
③2021年 Arc アーク ★2021.07鑑賞70点。
④2022年 ある男 ★2022.11鑑賞85点。
⑤2025年 遠い山なみの光 ★2025.09鑑賞60点。
2.マイレビュー
❶相性:中。
★被爆女性の生き方の一例と思われるが、目的と焦点がはっきりしない。
➋時代と舞台:1982年のイギリス(サッチャー政権時代) & 1952年(原爆から7年)以降数年間の長崎。
❸主な登場人物
①緒方悦子〔1952年〕(広瀬すず、26歳):主人公。長崎市内で、夫の二郎と団地住まいの妊婦。戦前は小学教員で、授業中被爆するが、子供たちを救えなかったことが心の重荷になっている。悦子は一時期身を寄せていた元校長・緒方の勧めで、出征から帰還した息子の二郎と、被爆を隠して結婚して、今は専業主婦。娘・景子を出産後、二郎と離婚(多分被爆が理由)し、シングルマザーとして、通訳やうどん屋で働いて生計を立てる。
②緒方二郎(松下洸平、37歳):悦子の夫。傷痍軍人で右手の自由が効かない。会社員として忙しく働き、妊娠中の悦子を気遣う。父の誠二とは気まずく、自宅に誠二が訪ねてきても打ち解けない。
③佐知子(二階堂ふみ、30歳):悦子の親しい友人。団地の近くの川沿いの粗末な小屋で、娘の万理子と暮らしているシングルマザー。母子共、被爆している。英語が堪能で、アメリカに移住することを夢見て、駐留アメリカ兵・フランクと交際している。愛読書は「若草物語」。
④万里子(鈴木碧桜、9歳):佐知子の娘。いつも一人で遊んでいる。学校に通うシーンはない。悦子には心を開かない。野良猫を飼って世話している。
⑤緒方誠二(三浦友和、72歳):緒方二郎の父。悦子が以前勤めていた国民学校の元校長。旧時代の価値観を持ち、二郎との間には、葛藤がある。
⑥悦子〔1982年〕(吉田羊、50歳):長崎で再婚したイギリス人の夫に従って、二郎との長女・景子を伴ってイギリスに移住する。景子は、新しい環境に馴染めず引きこもりになり、幼くして自殺してしまう。イギリス人との次女・ニキは、都会暮らし。今の悦子は、夫も亡くなり、一人暮らしで、自宅の売却を決め、荷物を整理中。過去のことは口を閉ざしてきた。
⑦ニキ〔1982年〕(カミラ・アイコ/ Camilla Aiko、20歳代):悦子とイギリス人の夫の間に生まれた娘。大学を中退して作家を目指している。不倫相手の子を身籠っている。母の半生を綴りたいと考え、長崎時代のことを尋ねるが、母が語る物語に違和感を感じる。
⑧その他
ⓐ松田重夫(渡辺大知、34歳):緒方二郎の同級生で友人。恩師、誠二の紹介で高校教員になっている。
ⓑ藤原(柴田理恵、65歳):悦子が通ううどん屋の店主。妊婦の悦子を気遣う。
❹概要
①1982年のイギリスで、悦子(吉田羊)が目覚めるシーンから幕が開く。
②舞台はいきなり1952年の長崎に飛び、タイトルが出る。
③その後、長崎とイギリスが交互に描かれる構成になっている。
④1982年イギリス。郊外に建つ一軒家で一人で暮らす悦子のもとに、娘のニキ(カミラ・アイコ)が訪ねてくる。作家志望のニキは、長らく口を閉ざしてきた悦子の半生を本にしたいと、取材する。
⑤悦子は、ニキと数日間を一緒に過ごす中で、最近よく見るという夢の内容を語りはじめる。それは悦子が30年前の長崎で知り合った佐知子という女性と、その幼い娘・万理子の夢だった。
⑥1952年の長崎。妊婦の悦子(広瀬すず)は新夫の二郎(松下洸平)と団地住まい。食事の際、二郎の右手が不自由なことや、幼女殺人事件が起きていることが語られる。
⑦悦子は、川向こうの粗末な小屋で、娘の万理子と暮らしている佐知子(二階堂ふみ)と親しくなる。るシングルマザーの佐知子は、アメリカに移住することを夢見て、駐留アメリカ兵・フランクと交際している。
⑧佐知子は、フランクから、アメリカ行きの船を見つけ次第チケットを送るが、万理子が飼っている野良猫は連れていけないと言われ、猫を箱に入れ溺死させる。その夜、万理子がアメリカに行きたくないと家出するが、見つけた悦子がまず行ってみてから考えるよう説得する。
★このエピソードは、悦子と共に渡英した娘・景子が、新しい環境に馴染めず自殺したことと関連する設定になっている。
⑨その後の数年間のことは、詳しく描かれないが、悦子は景子を出産後、二郎と離婚(多分被爆が理由)し、シングルマザーとして、通訳やうどん屋で働いて生計を立てていることが示される。
⑩そして、舞台は1982年のイギリスに戻る。
★これまでの経緯から、悦子と佐知子、及び、景子と万里子とがリンクしているらしいことが理解出来る。
⑪悦子の取材を終えたニキは、家を売ることには大反対だと念をおして、都会に帰っていく。それを悦子が門の前で見送っている。
★映画一巻の終わりでございます。いささか疑問点や消化不良の面はありましたが、まずはお楽しみ様でした(笑)。
❺考察とまとめ
①原作が、ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロが自身の出生地・長崎を舞台に27歳で執筆した長編小説デビュー作で、そのタイトルも:『遠い山なみの光』という、文学的なものだったので、大いに期待した。
②太平洋戦争の惨禍と、被爆をも乗り越えた、一人の女性の生き方が、1952年の長崎と、1982年のイギリスでのエピソードにより交互に描かれる。
③語るは1982年の悦子、インタビュアーは次女のニキ。
④すべてが悦子の視点になっていて、信じるか否かの判断や解釈は、観客に委ねられている。
⑤原作未読だが、映画を観た限りでは、「悦子と佐知子が同一人物で、1952年の佐知子は悦子の創作だった」ということが大方の解釈になると思う。この設定は良く出来ている。正解が明示されていないので、別の解釈でも否定出来ない。
⑥2人の娘、景子と万里子をリンクさせる脚本も良い。
⑦主人公・悦子が歩んできた、過去が明らかにされていく過程は、見応えがある。
⑧しかし、目的と焦点がはっきりしないのが残念。
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