「残酷な絶望の光 と 自責の念 と 切ない嘘 と 希望のかけら」遠い山なみの光 CSさんの映画レビュー(感想・評価)
残酷な絶望の光 と 自責の念 と 切ない嘘 と 希望のかけら
もし戦争がなかったら、
悦子は才媛として世界で活躍していた人かもしれない。
小さいときにはずっとアメリカへ行くことを夢見ていた。
アメリカに行って映画女優になる。
英語を勉強することが好きで父が買ってくれた
英語版の「クリスマス・キャロル」や「若草物語」が大好きで読んでいた少女時代。
窓際に座って「巴里のアメリカ人」や「風と共に去りぬ」の記事を熱心に読む悦子。
若き頃の写真には洋服に身を包みアメリカ兵と日本人男性の間に立って通訳をしている姿。
最先端のレディースーツを身にまとい、スカーフを巻き、サングラスを引っ掛ける。
アメリカ婦人らと流暢な英語で楽し気に会話をする悦子。
メンデルスゾーンに夢中になりバイオリンやピアノを弾きこなす。
音楽の教員としても緒方に評価される。
娘のニキが悦子に「何でナガサキを離れることにしたの?」と
野暮な質問を悦子にしているが悦子にとっては
海外に出るべくして出たという感じなのではないか。
ただし、幼い景子のことを思うと苦悩と葛藤があった。
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1945年8月9日午前11時2分 トルーマンという悪魔によって、
長崎市 松山町上空約500メートルで炸裂したプルトニウム爆弾は
爆発中心での温度は100万℃にもなった。
(太陽周辺のコロナの温度が100万℃以上といわれる超高温)
大量の熱エネルギーは約3秒の短時間に放出され熱線といわれる。
悦子がいた城山町は松山町の西を流れる浦上川の川向こうにあり
爆心地から西にわずか約500mの丘の上にあった城山小学校は、
一瞬にして1,400余名の児童や教職員などの多くの命が失われた。
爆心地から1.5km以内の建物は全壊、2.5km以内は半壊。
火災は3.5kmの範囲まで広がり、多くの人が即死。
10km以上の地域でも、残留放射線による健康被害が発生した。
・団地の窓上にぶら下げた ガラスのかけらのような風鈴が、
チリンチリンと涼しげな音を立ている。
初夏に近づく季節、団地の窓から気持ちよさそうな風が入ってきている。
・悪夢にうなされる悦子。夢の中で川に流された木箱を必死に走って追いかけている。
・『 首を吊って自殺したなんて言えないもんね。
マンチェスターでひとりで・・・恥ずかしいもんね 』
この映画の中で万里子(景子)はまるでホラー映画『リング』の貞子のような雰囲気をまとっていてイギリスでの古い家族写真には笑顔のイギリス人の父、ニキ、悦子、そして景子だけが長い髪を垂らして下を向いている。この写真はちょっとやりすぎ感がありホラーを越えてお笑いの領域に行っている。
BGMに流れる New Order の『 Ceremony 』という曲は23歳で自宅で首を吊って亡くなったイアン・カーティス(マンチェスターで結成されたバンドのボーカリスト)によって書かれたもので、ある解釈ではこの詞は彼が妻に宛てた謝罪の言葉だと言われていて、
破綻してしまった愛と自身の混乱状態を描いているといわれている。( LyricList )
イアン・カーティスが妻への贖罪の念を込めて書いた曲と言われているが、
怒りや憎しみではなく愛が生まれて消えていくのをただ見つめ続けるような歌詞です。( パンフ)首を吊って自殺した景子の話には、
イアン・カーティスの悲劇的な死が暗にかさねられている。
・悦子は原爆で教え子も家族も何もかも失い
中川(爆心地から約4km)の校長先生宅(緒方家)に避難する。
・稲佐山のロープウェイで一緒になったアメリカ婦人らの一行と流暢な英語で会話する悦子
『 マサチューセッツのボストンの近くの小さな町よ 』『 そうなのね。「若草物語」の舞台もボストンの近くよね 』『 羨ましいわ。「若草物語」は大好きなの。... 』
『若草物語』は、南北戦争時代のアメリカを舞台にマーチ家の四姉妹の成長を描いた物語。
姉妹はそれぞれが抱える「 心の敵 」に立ち向かいながら、様々な困難を乗り越えていく。
愛と成長、そして家族の絆を描き、次女が作家として自立する過程や夢と現実、愛の形が紡がれていく物語。
・山頂の展望台に到着
『 まるで何もなかったみたい。...あの辺はみんな原爆でめちゃめちゃになったとよ。それが今はどう? 』『 ...藤原さんはいつも、将来に希望ば持たんばいけんって言いよるけど、ほんとそのとおり 』『 お子さんが五人あったの。ご主人は長崎の偉い方だったのよ。原爆が落ちるとご長男以外はみんな亡くなったの。...でも藤原さんはがんばったのよ 』『 わたしあの人に会うたびに自分もこういう風にならなくちゃいけない、将来に希望を持たなくちゃいけないって思うの。... 』
・『 小さいときにはずっとアメリカへ行くことを夢見てたのよ。
...父が買ってきてくれた英語版の『 クリスマス・キャロル 』を読んだりして。... 』
『 クリスマス・キャロル 』は、
クリスマス・イブの晩、がんこ爺のスクルージのもとに、死んだ唯ひとりの友人マーレイの亡霊が現れる。「これからおまえさんは、3人の幽霊に取り憑かれる」と告げて、消えてしまう。3人の幽霊はスクルージに、過去、現在、未来のスクルージの姿を見せる...。クリスマスの朝、目を覚ましたスクルージは、マーリーと3人の幽霊に感謝し、『 改心 』を誓う。
・『 ...あれは教育じゃない、洗脳です。... 』『 緒方さん、ご自分に正直になってください 』
『 緒方さん、”新しい夜明け”なんです 』
『 だから...緒方さんも変わらんば。わたしたちも変わるとです 』
『 そうだな 』『 オムレツくらい、一人で作れるようにならんといけんな 』
時代に取り残されていた緒方とスクルージの『 改心 』がかさなる。
・ヒューマンミステリーのクライマックスシーン。ホラー感たっぷりのBGM。
薄暗い廊下の先にある景子の部屋のドアを見つめるニキ。
ふと窓の外を見ると橋の上を佐知子の家に向かって歩く黒い服の女、家を飛び出す悦子。
ニキが吸い寄せられるように景子の部屋の扉の前に立つ。
悦子が真っ赤な夕焼け空を背景にバラックの扉の前に立つ。
・『 子猫が入った木箱を川に沈める。...佐知子は木箱をもって立ち上がり、振り返って微笑む。』ここのくだりは悦子が戦後の混乱期に見た若い痩せた女が自分の赤ん坊を水の中に浸けて殺し振り返って万里子に微笑み、その後、喉を切って自殺したという記憶が景子を自殺に追い込んだのは自分のせいという強い自責の念とかさなり、佐知子が子猫を水の中に浸けて殺したという話をつくっている。
・景子の部屋に入ったニキは悦子が稲佐山で買ってやった双眼鏡や佐知子の家にあったティーカップセットや英語版の「クリスマス・キャロル」など佐知子の物語に出てきたものが次々とみつかりニキは悦子のせつない嘘、すべてを娘にさらけ出せない精一杯の作り話に気づく。
・『 わたし、行きたくない。イギリスなんか行きたくない 』
『 大丈夫。わたしたち、きっとうまくいくけん 』
『 でも、なんでそんなもの持ってるの? 』
『 言うたでしょ 足に絡まっただけ。 景子、どうしたと? 』
悦子の記憶のなかで縄は幼い子供を絞め殺すという幼児連続絞殺事件に使われたもの。
景子の気持ち(こころ)を縄で縛ってしまい、
自分の思いを優先してしまったという自責の念が悦子の左手に縄を持たせた。
・ソファで眠っていた悦子が目を覚ますと、いるはずのない一匹の猫。その猫に導かれて景子の部屋へ入っていく。涙を拭うニキ。ニキが悟ったことを悦子は知る。ニキの隣に座る悦子。悦子は微笑んでピアノを弾き始める。メンデルスゾーンの無言歌集[瞑想]? 瞑想とは目の前の世界を離れてひたすら思いにふけること。
・[フラッシュバック]
悦子が顔を上げて睨みつける。花柄の服を着た悦子はコップの水を男に勢いよくかける。
男をにらみ続ける悦子。展望台に向かう林道でアメリカ婦人らと流暢な英語で楽しそうに話す悦子。市電のシートに悦子と景子が並んで座り楽しそうに話す二人の笑顔。ふと景子が窓外をみると景子を見つめている黒服姿の女。見つめあう景子と30年後の喪服姿の悦子。
『 あの日、これ(バイオリン)しか助けられんやった。ばってん子供たちは... 』
耐えられず、泣き出す悦子。
『 子供たちのことは、あんたのせいじゃなか。あんたのせいじゃなか!』
『 お姉ちゃんの死はママのせいじゃない 』
『 いいえ! いいえ!....わたしのせいなんです。....わたしのせいなんです!
....わたしのせいなんです 』泣き続ける悦子。
『 子どもを言い訳にしてちゃダメ。女はもっと目覚めなきゃ 』
『 母親らしく振舞うって何?』
『 ママ、女はもっと目を覚まさなきゃダメよ 』
『 今までやってきたいろんなことば、諦めるってこと?』
『 わたしは、子どもを言い訳にしたりはせんけん 』
『 ママ、やれることならいくらでもあるわよ 』
『 だから... 緒方さんも変わらんば。わたしたちも変わるとです 』
『 そうよ。ママも変わらなきゃ。わたしたちも変わるのよ 』
団地の窓上にぶら下げた「 希望のかけら 」が、チリンチリンと涼しげな音を立ている。
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