「消えない罪の意識、薄れゆく記憶(★4.2)」遠い山なみの光 ゆり。さんの映画レビュー(感想・評価)
消えない罪の意識、薄れゆく記憶(★4.2)
広瀬すずさんと二階堂ふみさんの美しさが際立っていました。
戦後の復興がめざましく活気があふれていた日本。人々も希望に満ちているかに見えたが、心の傷は簡単に癒えるものではなかった。生きるためにそうするしかなかった、でもその選択に苦しんだ人生と赦しの話かと思います。
1982年、イギリス。日本人の母(吉田羊)が一人で暮らす郊外の家に、久しぶりに戻った作家志望のニキ。母は最近怖い夢を見ると言う。母は日本から連れてきた長女景子が死んだ事に罪悪感を持っていたが、家族と距離を置いていた姉を、ニキは好きではなかった。彼女は、自分が知らない母の過去を知りたいとせがむ。
1952年、戦後7年経った長崎。団地で暮らす悦子( 広瀬)は、川のそばのバラックに住む佐知子(二階堂)とその娘の万里子と親しくなる。ある日、夫(松下洸平)の父(三浦友和)が訪ねてきて、しばらく滞在する事になる。
これは、記憶にまつわるミステリーです。(以下、ネタバレです)
母の話を文章にまとめるうち、ニキは母悦子と佐知子が同一人物であり、万里子とは姉景子であると気付く。
30年前の悦子は、完璧な女性。美しく、優しく、妻としての務めもそつなくこなし、仕事も出来た。思いやりがあって、可愛げのない万里子を放っておけない悦子。
一方で、佐知子は本当の自分。自立した女性を夢見ていたけれど、戦争で傷つき、米兵と付き合い、娘を叩いたりしたこともあったかもしれない。もしかしたら、その姿は、昔出会った、自分の赤ん坊を川に沈めた女であったかもしれません。
本作は解釈の余地がありすぎて、自分で考えるしかないですが、人によって解釈は違ってくると思います。
ひょっとしたら、夫と義父も存在しなかったのかもしれません。居たとしても、悦子の話の通りとは思えません。夫が身支度を手伝わせたり、突然同僚を連れ帰ったりするのは、当時としては普通の夫ですが、身重の妻にかがんで靴ひもを結ばせるのは流石に酷すぎで、そんな男は妻の代わりに玄関に出たりしません。同僚の手前もあります。もしかしたら暴力をふるう男だったかもしれないと思いました。
義父も、嫁に気を使っていて、オムレツの作り方を覚えようかなと言っていたのに、教え子に対して激高する様子は、この人も本当は横暴な人間だったんだろうと思いました。
夢の話なのか思い出話なのかも曖昧でした。
あの箱があるという事は、猫は捨てただけで、でも長女は殺されたと思い込んだ可能性もありますし、実際に殺したから、もう一人の自分が「捨てるのでは駄目なの?」と止めたのかもしれません。
ロープを持っていたのは、娘を死に追いやった罪の意識のイメージかなと思いました。
本作は、会話だけでなく、視覚的にも敢えて違和感を入れてあったと思います。
護岸工事もしていない川のそばに立派な団地。義父の外出時に突然着物姿。佐知子の家にあった高級な食器類。なんか変だなと思ったものの、結末は想像を超えていました。
私は解釈を観客に委ねる映画は好みではありませんが、本作はそれが魅力になっています。
<追記>
本作には印象的な場面が幾つもありました。また、敢えて説明せず、曖昧にしてあるところもあるので、解釈の余地が大きい作品でした。考察を重ねても明確な答えは出せませんが、他の方のレビューも読んで、自分の考えをまとめました。
まず、1982年は現実なので、悦子は恐らく数年前に自殺した娘の事で、自分がイギリスに連れて来たせいだと責任を感じている。でも悦子は家族を大切に思っていて、その気持ちに嘘は無いと思います。
1952年時点で、娘景子は悦子のお腹の中に居たのか、それとも架空の人物佐知子の娘万里子として登場したのかは分かりません。景子が万里子なのは間違いないです。1952年の悦子の姿には、こうであったら景子は死ななかったかもしれないという願望が混じっている気がします。夫は本当は戦死していたという可能性もあります。
でも、悦子は佐知子でもあるので、アメリカで女優になりたいという夢があった悦子は男の付属物であることを良しとせずに離婚したのかもしれないし、被爆を理由に離婚され、娘の為にも外国に渡ってやり直そうと思ったのかもしれません。
いずれにせよ女性が子供を抱えて一人で生計を立てるのは困難で、バラック暮らしは大変だったはずです。悦子が黒ずくめの女を見かけて駆け付けた時に、佐知子は、「今度こそ必ず行く」と言ったと思うので、願いが叶うまでに数年かかり、行き先はイギリスになったのでしょう。
万里子が川の向こうの女の人に声を掛けられる、とか最後に悦子に対して警戒したのは、外国に行きたくないという気持ちだったのかなと思いました。
でも、被爆の事で死を予感したという考えもありますね。
ニキは母の辛い気持ちを理解しつつ、「きっと本当に理解する事は出来ないのね」と言っていました。
<追記2>
ロケ地には長崎とイギリスの他に、千葉県の印旛沼とそこに繋がる手繰川が使われました(結構地元です)レビューで不気味とか、不穏とかいう感想が多いですが、本物の印旛沼は不気味感は無い、ただ静かな所ですよ。私は正確なロケ地点を知りませんが、日当たりも良く、ウォーキングにもってこいな場所のはずです。少し離れた場所ですが、2020年に話題になった、崖の上の子ヤギのポニョの崖も印旛沼のほとりです。コロナ禍で密を避ける為に場所が伏せられましたが、崖の線路を挟んだ反対側にはオランダ風車があって、チューリップ祭りの会場になる広場があります。このチューリップの種類と株数の多さは自慢なんですが、公園に整備するらしく、2027年までお祭りは中止ですので、是非おいで下さいとは言えなくて残念です。コロナ禍が無ければ、ポニョはチューリップを掘り取った後、ひまわりの種を蒔いてるところを見ていたはずです。
>私は解釈を観客に委ねる映画は好みではありませんが、本作はそれが魅力になっています。
私も解釈を観客に委ねる映画は好きではないですが、この映画を「考察」するのは楽しかったです。
あの時代の日本で最も過酷な条件で生きざるを得なかったのが被爆した女性だったのではと思いました。生き延びるために、想像を絶する目にあい、してきて、嘘をついたり記憶を改ざんしたりして自分を守らざるを得なかったのでしょう。
ゆり。さん
コメントを頂き有難うございます。
シェパーズパイ、私もそうかな(笑)一度作ると何度も作りたくなる、気もしますが。成功の度合い次第?!
ゆり。さんがレビューに書いていらっしゃるように、本作、解釈によって印象が変わる作品ですよね。
本来の性格の心優しい『 悦子 』と、原爆投下により生き方や考え方を変えざるを得なかった悦子の心の声を『 佐知子 』として描いていたのかも、と解釈しています。
佐知子の自宅で使われていた豪華なティーセット、かなり印象的でしたね。
引越しの為と物凄いスピードで仕舞ったりなど。
吉田羊さん演じる後の悦子と悦子の気質が同じよう感じられたのも、強く生きなければならなかった悦子を叱咤する心の様を佐知子として描いていたのでは、と思っています。
広瀬すずさんも、二階堂ふみさんも、凛として綺麗でしたね。吉田羊さんも素敵でした。
コメントありがとうございます。
長崎の原爆を経験して、イギリスに1950年代半ばに
渡った佐知子・・・
イシグロさんは、お母さんの物語を書きたかったと
話されてるようです。
もちろん旦那さんと息子(カズオ)を連れての移民。
敵国だった日本人への差別もあったでしょうね。
景子が自殺したのはフィクションでしょうし、
猫殺しも多分フィクションですよね。
不穏なミステリー仕立てと原作は多くを語っていない・・・と、読まれた方も
書いてらっしゃるし、本当に石川慶監督の手の上で踊らされた気もしますね。
でも本当に考察が面白い映画ですね。
ゆり。さんも書かれていらっしゃるように、解釈を観客に委ねて、
みんなそれぞれの見方をする。
奥が深いですね。
シェパーズパイ、美味しそうでしたね。
私もレシピをみてしまいました。
食べてみたいですね。
佐知子は、悦子が作り出したもう1人の自分だとすると、高級な食器類や上品すぎる佇まいも腑に落ちます。
それにしても、二階堂ふみが演じる佐知子には引き込まれました。違和感を力ずくで納得させてしまう迫力があります。
ノーキッキングさん、シングルマザーの可能性もありますよね。それよりは、離婚の方が体裁が良いですからね。ニキに対して、つまらない男とは離婚した、と言ってましたが、当時としては離婚を決意する程ではないよな、と思いました。イギリスに渡っても、見栄の為に嘘をつき続けたかもしれません。景子はピアノも勉強も頑張って、妹がコンプレックスを持つくらい優秀だったから、イギリスに馴染めなかった事より、母親の噓だらけの人生を見ているのが辛かったのかもしれませんね。
共感&コメントありがとうございます。
出産前と後、本人も思い出したくない時間が在ったんでしょうね。長女が自死した事でバラックの人格は消えて、現在の悦子を苦しめるだけになったんでしょうか。希望はいくらでも在るって台詞は凄い浮いてると思いました。
共感ありがとうございます。
ホントは、河川敷のバラックに棲んでいるシングルマザーで、情緒不安と原爆症かもしれない娘を何度も捨ててしまおうと思いながら、自分の憧れ(ロイコペのティーカップ)や見栄は捨て切れず、うどん屋と通訳を掛け持ちながら、出逢った英国人と渡英。被爆地で教え子達を見殺し、我が娘も救えなかった悔恨が猫殺しや縄の妄想を産んだのでしょう。”佐知子”は脳内に時間をかけて定着させたウソであり、心的補償だと思いました。
校長が、部下の悦子を息子の嫁にと考えたんでしょうね。「あいつは君には優しいか?幸せか?」と聞いたところは、そんな風に気を使って欲しかったという悦子の願望だと思いました。
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