「本年度トップクラスの余韻」遠い山なみの光 sow_miyaさんの映画レビュー(感想・評価)
本年度トップクラスの余韻
絵画的なファーストショット。徐々にピントが合うと、呼吸の荒い、うなされている人物が浮かび上がってくる。
他人を丸ごと理解することは難しいけれど、共感的に理解しようとしなければ、いつまでも明確な像を結ばない。
この映画全体を象徴するような、美しく見事な導入だった。
物書きを目指す娘が、母親へのインタビューをまとめるといった形で、1950年代の長崎と1980年代のイギリスとが、行きつ戻りつしながら描かれる今作。
ロケーション、調度品・インテリアなどの美術、ライティング、映像に重なる音や楽曲の一体感が素晴らしく、鑑賞後の余韻でいうと、今年度観た作品の中でトップクラス。様々な側面から振り返りたくなる、とても複雑な味わいを感じた。
今作を論理的に解ろうとするには、一回の鑑賞で自分が手に入れたピースは充分ではないし、それが解ったからといって、受け取ったものがより豊かになるとは思えないので、一つ一つには細かく触れないが、自分が特に考えさせられた点についてのみ、記録に残したいと思う。
<一部内容に触れた、個人的な感想や解釈です>
=記憶の曖昧さとその向き合い方について=
つい最近のこと。小学校時代の友人と話していて、自分の記憶の中に残っていた「とある友人とのエピソード」が、いつの間にか「別の友人とのエピソード」にすり替わっていたことに驚かされたことがあった。
本作で感じたのは、正にそのこと。
何が事実なのか、そもそも本人にとっても記憶の輪郭は曖昧なのだ。
しかも、悦子のように、できれば目を背けたい過去がある場合には、意図的な欠落や改変も混じって、余計に真相はわかりにくくなる。
ただ、本作では、娘のニキが自分の中にあるわだかまりを乗り越えようと一歩踏み越えたことをきっかけとして、母の悦子自身も、長く蓋をしてきた自分の過去を掘り起こすことにつながった。市電の中から見えた黒い服の女性が、自分の顔だったシーンが象徴的だ。
生きるためには、目を背けることが必要な時もあるけれど、見つめ直すことで改めて前を向けることもあるのだろうと思ったし、希望の光が見える終わり方だった。
=悦子にとっての「縄」=
川縁の沼地を走る悦子の足に絡みつく葛のツル。ツルは編めば、リンゴを収穫するカゴにも、思い出の品を保管するトランクにもなるが、景子が自死に利用したり、また連続幼児殺人の犯人が凶器にしたりした縄にもなる。
悦子は、自分の尊厳を守り生き抜く「抑圧に屈しない強さ」を持ってはいるが、合わせて、受け持ちの子どもたちを見殺しにして、自分ばかりが助かってしまったのではないかという自責の念と、景子を自死させてしまった原因が、長崎を離れたいがためにイギリスに連れてきた自分にあるのではないかという悔恨も持っている。(もちろん、景子が被曝による誹謗中傷を受けずにいられる環境を願った意味もあっただろうが…)
そうした悦子が、夢の中で手に持つ縄は、その悔恨の象徴なのだろう。
本作の中では、連続幼児殺人が報じられている。
この犯人は、何の為に殺人を犯しているのか不明だが、悦子自身は、心の奥底で「自分のしたことは、この幼児殺人と何が違うのか」という自問を繰り返していたのではないかと思わされた。
=信念と価値観について=
日本は、原爆に負けたのか。それとも、元々、皇国の嘘を教えて洗脳していたことが間違いだったのか。
三浦友和演じる元校長と、渡辺大知演じる教え子の教師とのやりとりが重かった。
指示を出す側ではなく、応召で戦地に赴いた人々や、積極的に送り出した人々は、心情的には、自分の良心からの行為だった訳で、そこを否定できない苦しさが、三浦友和の佇まいに滲み出ていた。
それに対して、渡辺大知は若さゆえの直情を感じさせる演技で、正論と思われる言葉を吐くが、戦時下で検挙された教師たちの多くは、教え子たちの貧困や社会的階層による不条理に対する憤りがきっかけだったものの、彼らが教室で行った行動の中身的には、逆の意味での洗脳を企図する危うさもあり、それが戦後の「教育の政治的中立性」につながっているのだろう。
後の時代の者が、簡単に当時の人々のことを断じることはできないし、今、生きている我々も、信念と価値観は、常にアップデートを求められ続ける。
松下洸平演じる息子二郎が、自分の指を失うという代償を払ったことで、父へのわだかまりを募らせながらも、急激な価値観の変化には自分もついていかれず、同じ長崎市民ながら被曝者への偏見を口にしたり、男性性にとらわれたりしている様子は、決して遠い昔のことと切り捨てられないと思わされた。
※ただ、本編とは関係ないが、映画のプロモーション方向はちょっと迷走していると感じる。
「5つのヒント」のような手段は、作品の質とフィットしていない印象。
今晩は!
今、コメント解説を読ませて頂きました!
凄いです。深読みとりの奥深さ。
それに感動しました。
監督や原作者、脚本家が読まれたらきっと喜びます!!
映画を観る者はそうじゃないといけないんだなって思わされました💦
でも、私には一生到達しません(笑)
すばらしいレビューありがとうございます。
「サンダルの縄(ひも)」の示唆するのものは何か?
はっとさせられました。
長崎の悦子は誰かを殺したのか?
それをクリアにすることにはほとんど意味はないのでしょう。
あれが何かとても暗いものを暗示している。
イシグロって感じでした。
いなかびとさん、ノーキッキングさん、トミーさん、琥珀糖さん、コメントありがとうございました。
様々な見方ができる作品ですが、悦子が犯罪に関わっているといった安易な決めつけではなく、皆さんがおっしゃるような割きれなさを受け止めて、考え続けることが味わい深さにつながるのだと思います。
コメントそして共感ありがとうございます。
二階堂ふみがカンヌに行ってなかったのは、
質問とかされると困るからでしょうか?
「五つのヒント」は私も事前に見たのですが、
殆どなんの役にも立ちませんでしたね。
むしろ帰ってからもう一度見たのですが、
皆さん実に上手く話されていて感心しました。
アレは石川慶監督へのリスペクトでしょうか?
映像が実に美しく「謎」や「幻想」があり、好きな映画でした。
sow_miyaさんの三浦友和の軍国校長への言及、渡辺大知の
青臭い正論。そう簡単には割り切れないと、とても
共感しました。
解釈の自由度が高いので、たいへん面白く観ました。例の縄で悦子が娘の縊死に関与したというレビューが多く……。ニキが書く物語は母の犯罪ではなく、母の“苦悩”で良いと思うのですが。
指のアップがあって、なんだろうと思いました。あれは戦争での指の負傷だとは気づきませんでした。従軍時代のトラウマだったんですね。挿入歌にラバウル小唄があり、これも気づきませんでした。酒によって部下を自宅に連れて来た際、口ずさんでいた歌ですね。
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