「自分たちのルーツや自身の心の痛みと向き合いながらも、旅は道連れ世は情け」リアル・ペイン 心の旅 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
自分たちのルーツや自身の心の痛みと向き合いながらも、旅は道連れ世は情け
『ソーシャル・ネットワーク』では実在の天才、『バットマンvsスーパーマン』では悪の天才。
卓越した演技力で天才を演じてきたジェシー・アイゼンバーグだが、彼自身も天才であった。
注目を集めた監督デビュー作に続く監督2作目。その天才ぶりを確かなものに。
ユダヤ人のデヴィッドと従兄弟のベンジー。実の兄弟のように育ってきたが、ここ暫く疎遠。
大好きだった祖母が亡くなり、追悼と遺言で、自分たちや祖母、ユダヤ人のルーツを辿るポーランド・ツアーに参加する事に。
その旅の中で…
勿論ハートフルやユーモア、二人の掛け合いもあるが、思ってたより淡々と静かな印象。特別何か起こるロードムービーってほどでもない。
だけど、しみじみ心に染み入る。
気分や雰囲気は観光。ポーランドの美しい風景や歴史に触れる。
劇中彩るは、ポーランド出身のショパンの曲の数々。これが絶品。
ああ、良かった、楽しかった…だけで終わらない。
ちょっぴりのほろ苦さ、抱える悲しみ、痛み…。
ジェシー・アイゼンバーグの才(監督・脚本・製作・主演)に感嘆。
自分たちのルーツや自分自身。共に40男二人の心の旅路。
片や真面目で心配症。片やマイペースでトラブルメーカー。片や家族持ちで、片や独り身。何もかも正反対。
デヴィッド×ベンジーの掛け合いがメイン所で、ジェシー・アイゼンバーグ×キーラン・カルキンの素晴らしきケミストリー。
どちらがどちらなんて愚問。天才役多いが、ネガティブ人間も十八番。アイゼンバーグのハマり役。
何もかも正反対なのに、呼応するようなキーランの存在感。
言うまでもなく、あの名子役の弟。長らく兄の陰に埋もれていたが、数年ほど前からTVシリーズなどで実力が評価。
そんな絶好時に、本作。かなりの図々しく図太い性格で面倒臭い面も。が、ただの困ったちゃんでなく、不思議な魅力や人間味がある。所謂嫌いになれないタイプ。
劇中でも笑わせ、何かしでかすかもしれないと目を離せず、背景にそうとは見えない悲しみを滲ませ、しんみりさせる感動に大きく貢献。彼の全てが本作のハイライトだ。
本作の名演とこれまでの地道な努力がオスカー助演男優賞という形になったのも納得。
にしてもベンジーの良くも悪くも周囲を巻き込む破天荒な言動と、振り回されるデヴィッド。
ツアーの面々に迷惑がられたり、好かれたりのベンジー。
記念碑銅像の前でポージング写真。デヴィッドは断るが、ツアーの面々は参加。ベンジーの人を惹き付ける才…?
列車を乗り過ごしてしまった。戻りの列車に無賃し、車掌をやり過ごしながら、降りる方法教えま…いえいえ、こういう事しちゃダメ! 反面教師的に教えてくれます…多分。
ツアーの面々。ツアーガイドのイギリス人男性、ユダヤ人老夫婦、ユダヤ人女性、ルワンダ虐殺を経験しユダヤ教徒になったルワンダ人…。主演二人の土壇場の中で各々個性を見せ、彼らとの交流も見所の一つ。
美しい風景とクラシック名曲でポーランド観光に浸れるが、本作はユダヤ人の悲劇と歴史を知る教養の旅でもある。
ツアー参加者はただの遊び気分じゃない。自身のルーツや己を見つめ直す。
ポーランドという国やユダヤ人について詳しく知らない日本人の私が知った風に語るべきではないだろう。
ツアーガイドが説明してくれるし、その場その場が物語る。
ただ迫害されただけじゃなく、勇敢に闘った秘話。
強制収容所。壁に染み付いた青いシミ。ゾッとした…。
今も国のあちこちに残っている。風化されない為に。
日本人にポーランドやユダヤ人の歴史と言われてもピンと来ないかもしれない。
ならば、こう思えばいい。
広島/長崎を訪れ、戦争の傷痕に思いを馳せる。
戦争を遠い昔と思うなら、大震災。阪神淡路や東日本、昨今だと能登。未だ残る傷痕。
今年は終戦80年だが、戦争は風化されつつある。大震災も関心薄れつつある。
風化させてはならない。忘れてはならない。
その悲劇・歴史・傷痕に激しく動揺したのは神経質なデヴィッドではなく、ベンジーの方であった。
列車移動する自分たちに違和感。あの時代、ユダヤ人が列車で移動させられると言ったら…。
墓巡り。知識をひけらかせてただ解説するのは違う。
今を生きる我々は犠牲になった同胞を歴史の1ページとしか見ておらず、傲慢や敬意に欠けている。もっと謙虚に彼らに寄り添うべきだ。
彼の発案で石を置く気持ちの証が素敵だ。
言いたい事、分かる気がする。
実は誰よりも人の心の痛みが分かるベンジー。
何故なら、本人がそうだから。
半年ほど前、自殺未遂を起こしたベンジー。
理由は語られない。特定の理由にしなかった事で、何かを抱える現代人皆に通じる。
それもあり、疎遠となったデヴィッド。
心配していた。
助けや支えになってあげられなかった。
それを吐露するシーン。
ああいう奴でも根は繊細なんだ。
陰ながら心配し思いやる優しさにジ~ン…。
40男二人が面と向かって傷を癒し合うのはちと小っ恥ずかしい。
凸凹言い合いしながらも、こうやって会って、旅して、他愛ない話をするだけでも。
どれほど力になれるか。支えになるか。嬉しい事か。
自分たちのルーツや自分自身。旅の中で痛みを知って、向き合って。
大きく人生や価値観が変わったとは言わない。
何も変わらないし、何か少なからず得たかもしれない。
しかしきっと、これからの旅路のより良い活力になった。