「餃子うまいかしょっぱいか」ファーストキス 1ST KISS かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
餃子うまいかしょっぱいか
この映画の中で、女優松たか子が29歳と45歳の同一人物を演じているのだが、これが不思議とというよりまったく違和感がないのである。おそらくCG加工が施されているのだろうが、ネット上では「『ラブシェネ』の理子が蘇った」と結構な話題になったようなのである。シワだらけになったベテランのハリウッド女優が、20代の頃のピチピチ素肌を取り戻すYOUTUBEのCG動画なども観たことがあるのだが、ことデジタル世界における生成AIの進化には驚きを隠せない。
線路に落ちた赤ちゃんを助けるために自分が犠牲になってしまった硯駈(松村北斗)。妻カンナ(松たか子)との夫婦仲は完全に冷めきっていて、夫婦のベッドは別々、その朝もカンナは夫の用意した離婚届にサインをしたばかりだった。仕事途中首都高を車で走行中、ひょんなことから二人が出会った15年前の結婚式場にタイムリープしたカンナは、夫の命を救うため過去をなんとか変えようと奮闘するのだが….
いわゆる歴史改変ものにジャンル分けされる本作のストーリー、古くは『BTF』や『バタフライ・エフェクト』、同じ過去の同一地点に何度もタイムリープさせられる設定は、『恋はデジャブ』や直近の『パーム・スプリングス』などでもお馴染みで、特段目新しくもなんともない。過去に滞在できる時間や回数制限などリープルールについての説明も皆無なため、SFとして観たらハッキリいってポンコツだ。
脚本を担当した坂元裕二が、ほぼ同時期に発表した『片思い世界』と何かしら関係があるのかと思いきや、共通するのはSFという映画のジャンルだけである。既存のラブストーリーに行き詰まりを感じた脚本家が、柄にもなくパラレルワールドやワームホールなどを使って、現実逃避してみせたSFラブストーリーなのだろうが、どうもおさまるべきところにおさまっていない気がするのだ。
二人が出会ったその日に何か別の行動をとれば駈の命を救えると考えたカンナだったが、結局駈の死という同じ結末に行きつくことを知ったカンナは、ついに…多分坂元裕二は、過去を変えても未来が変わらないのであれば、今この時を精一杯生ききるしかない、という仏教的な結論に思いいたったのではないだろうか。なぜなら、人間が影響を与えることができるのは、過去でも未来でもない“今”この瞬間だけだからである。
本作にはまた、2人が行列にならぶかき氷や、3年待ち餃子なる人気グルメが、重要なアイテムとして登場する。そういえば主演2人の芸名にも“松=待つ”が頭につくわけで、お目当てのかき氷や餃子に実際ありつけた瞬間(未来)よりも、それらを待ち続ける過程(現在)の方がより幸福度が高いという、クンデラかクッツェーが何かの小説で書き示した真理とも一致するのである。
しかしながら、若かりし時のCGカンナのインパクトがあまりにも強すぎて、未来よりも過去が大切という誤った印象を観客に与えてしまっているのだ。致命的な演出ミスといえるだろう。15年後の将来を知って生き方を変えた“過去”の駈、的確なアドバイスをくれる“現実”主義者の後輩(森七菜)、駈を失ったことを“未来”永劫引きずりそうな里津(吉岡里帆)。クリスマス・キャロルの精霊たちを模したサブキャラ設定も、観客には伝わりにくいだろう。(3年待ちの🥟に涙しただけで)現実のカンナの姿に見た目ほとんど変化が感じられないからである。