「タイムスリップに至る展開はかなり強引。絵空事になりそうな話を現実世界に着地させたのが、ふたりの日常生活の描写のリアルさでした。」ファーストキス 1ST KISS 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
タイムスリップに至る展開はかなり強引。絵空事になりそうな話を現実世界に着地させたのが、ふたりの日常生活の描写のリアルさでした。
「花束みたいな恋をした」「怪物」の脚本家・坂元裕二と「ラストマイル」「わたしの幸せな結婚」の監督・塚原あゆ子が初タッグを組み、オリジナルストーリーで描いた恋愛映画です。
●ストーリー
結婚15年になる硯駆(松村北斗)とカンナ(松たか子)。恋愛気分の延長のようだった新婚時の初々しさも消え、互いに愛情よりも嫌悪を抱いていたのです。いつしか夫婦生活はすれ違っていて、離婚届けを出そうとしたその朝に訪れた夫の悲報。駆は出勤途中の駅で、線路に落ちた乳児を救おうとして、犠牲となったのでした。
思ってもいなかった別れに直面したカンナが、第二の人生を歩もうとしていた矢先、出勤途中の首都高のトンネルの崩落事故に遭遇してしまいます。とっさにハンドルを切った瞬間、カンナの車は別世界にワープしてしまうのです。その世界をさまよっていたら、死んだはずの駆に遭遇します。しかもそこにいたのは、初めて出会ったときの若き日の駈でした。カンナは、15年前の夏に戻り、自分と出会う直前の駈と再会したのです。若き日の駈を見て、やっぱりわたしは駈のことが好きだったと気づき、もう一度恋に落ちたカンナは、15年後に起こる事故から彼を救うことを決意するのです。
タイムトラベルは一定期間続き、その間何度も同じ過去に行き着き、20代の駈と気持ちを重ね合わせようとする40代のカンナ。
時間を行き来しながら、事故死してしまう駈の未来を変えれないかと願ったカンナは、、ある日過去が変われば未来も書き換えられることを知りえます。でも何度も何度も過去の世界で駈を誘導しようとしても、結果は何も変わりませんでした。
そこでカンナは思い至るのです。わたしたちが結婚して、15年後に夫は死んでしまうことに。
だったら答えは簡単!
駈への想いとともに、行き着いた答え。それは、わたしたちは出会わない。結婚しない。たとえ、もう二度と会えなくてもとカンナは決意するのでした。
そう決めた矢先に、カンナが15年前の世界から引き上げようとした時、若き駈から引き留められて、「君は何者?」と詰問されます。
すべてを知り、自分の身に起こる15年後のことを知った駈は、果たしてどんな決断をするのでしょうか?
●解説
過去と現在を行き来するいわゆるタイムスリップもので、狂ってしまった歯車を修正するというアイデア自体は、もはや珍しくありません。作品の成否は、どれだけ細部を豊かにしていくかにかかっており、坂元脚本はその積み上げに成功しています。読みにくい名前、一緒に食べに行くかき氷、電気の消し忘れ。挙げれぱきりがありませんが、恋が生まれ、気持ちがずれていくきっかけは、日常に転がっていたのです。
心に残るのはありふれた暮らしの景色や生活音です。皿を使わず、コーヒーが入ったマグカップの上にのせたトースト。つけっぱなしの電気。出会い直しを描く今作には、そんな日常を慈しみたくなる効能を強く感じました。
倦怠期を迎えていたふたりだったのですが、15年前に戻れば、そこにはかき氷や柿ピーにまつわる、いとおしい記憶があります。夫への愛ゆえに、駈が自分と結婚しない未来を選ぶように仕向け、奮闘するカンナ。その姿がコミカルであればあるほど、涙腺が刺激されてしまうのです。
結婚、恋愛、生活。その中で誰かと生きていくということ。言葉にすることで、カタチになったことで見えてきます、そのおかしみとかなしみ。本作もまた普遍的な物語で世界に通じるものながら、これまでにない坂元作品ともなっています。
松も松村も素晴らしい演技です。特に、松のやりすぎないコメディエンヌぶりは秀逸で、小気味よい塚原演出とよく調和しています。
また松はドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」などで、坂元の書くセリフに適度な体温を宿らせてきました。
今作ではどこかずれた真面目さを持つ駈を松村がチャーミングに演じ、声の響きが坂元の脚本との親和性を感じさせてくれます。
●感想
タイムスリップに至る展開はかなり強引で、なぜ起きたのか説明は一切ありません。ともすると絵空事になりそうな話を現実世界に着地させたのが、ふたりの日常生活の描写と離婚に至る経緯でした。
特にカンナが若き日の駆に説明する結婚後の実情は、身にしみました。カンナがいうには、恋愛期間中や新婚時代は、相手のいいところを褒め称え合うけれど、結婚してしばらく経ってしまうと、相手のいやなところを暴き立てて、裁き合う日々になってしまうというもの。いやはや映画の中とはいえ、そんなこと真顔で言われたら、百年の恋も一瞬で冷めてしまいそうになります。
でもラストで読み上げられる駆からカンナの手紙をしれば、そんな悲観もきっと和らぐことでしょう。
坂本脚本には、人間観察の鋭さを感じさせてくれました。そして悪しき運命でも、それが自らの信念に叶うなら、運命に身を投じ殉じていく選択もあり得ることを教えてくれたのです。