劇場公開日 2024年9月25日

Viva Niki タロット・ガーデンへの道のレビュー・感想・評価

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3.0ニキ・ド・サンファルが生涯をかけて挑んだ、「楽園」としての彫刻庭園建設。

2024年12月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

大学で美術史専攻だったこともあって、もともとニキ・ド・サンファルについては、名前とある程度の経歴、作風くらいは知っていた。
箱根彫刻の森美術館の『ミス・ブラック・パワー(ナナの連作のひとつ)』や、ベネッセ前にある『蛇の樹』『恋する大鳥』も観たことがあった。
ただ正直、そこまで関心があったわけでもなかった。

ところが先般、新宿武蔵野館で『男女残酷物語/サソリ決戦』というカルト・ムーヴィーが上映されて、自分のなかのニキ・ド・サンファル熱に火がついた。
映画のなかで、彼女がストックホルム近代美術館の企画用に作った巨大女性像「ホン」(の摸造品)が登場し、それがいかにもインパクト抜群だったからだ。
股を開いた下半身の、女性器にあたる部分から入って、胎内巡りができるつくりの女性像。それは「女性の餌食になる男」という映画本編の内容とよく呼応していた。

ただ、ニキ・ド・サンファル自身の生涯と作品は、むしろその逆、すなわち「男性の餌食にならざるをえない女」の苦しみと闘いと解放を目指したものだった。
ニキは、若いころファッションモデルを生業にしていたくらいの、いかにもフランス貴族の末裔らしい、ニンフェットで腺病質な美貌の持ち主だ。少女時代は、輪をかけて妖精のようにかわいかったことだろう。そんな11歳のニキに実の父親が手を出して、ニキは生涯、性的虐待のトラウマに苦しめられることになる。
20代で子供を授かりながら、精神疾患を発病し入院(統合失調症と診断)。
そこで「治療(アートセラピー)」のために絵画制作を始めて、才能を開花させる。
要するに、ニキ・ド・サン・ファルの芸術は、「アール・ブリュット」(アウトサイダー・アート)の側面をもったものだったわけだ。
彼女をアートシーンのスターダムに押し上げた「射撃絵画」のパフォーマンスは、まさに男を撃ち、女を撃ち、敵を罰し、自分を罰するための、壮絶な代替行為だった。

そんな彼女が、ティンゲリーとの出会いや幾多の芸術活動を経て、自分のなかの女性性と折り合いをつけ、能動的で楽天的な女性賛歌である『ナナ』の連作にまでたどり着いた過程に、僕は興味があった。なので、ニキ・ド・サンファルと個人的交流のあった松本路子監督による本作も気にはなっていたのだが、シネスイッチ銀座での本上映は見逃してしまった。
そこに僕らの味方、下高井戸シネマで上映がかかったので、これ幸いと行ってきたという次第。

― ― ― ―

いざ観てみると、とても王道のつくりというか、地方自治体が作った文化財紹介ヴィデオみたいな若干とっぽい(失礼)ノリで、ちょっと驚いた。なんか90年代くらいの空気感というか……。
今日びNHKのドキュメンタリーでも、もう少し「かっこよく」撮ろうとするもんだが(笑)、このあたりには松本さんのお人柄も出ているのだろう。
監督のエゴや自意識や承認欲求とは無縁の、あるがままにニキ・ド・サンファルの作品をとらえ、並べ、見せていくことに注力した、ゆったりとした若干素人くさくて手弁当感のある作り。でもまあ、これはこれでいいような気もする。

撮り方や演出で自己主張しない一方で、「並べ方」にはとても気を配っていて、前半でニキの生涯と作品をざっくり解説しつつ、
「屋外で巨大な彫刻群として成立するニキ作品」
「パブリックアートとして愛されるニキ作品」
「子供たちの遊び場として身近なニキ作品」
といった部分を特に強調して紹介することで、すべての野外彫刻が「タロット・ガーデン」へとつながっていく流れを作り上げている。個別の作品に関するニキの語録や周辺人物の発言においても、「タロット・ガーデン」に帰趨していく要素が入念にちりばめられており、ある意味「すべてのニキのパブリック・アートはタロット・ガーデンへと集約していく“習作”だった」とでも言いたげな構成になっている。

アーティストとの個人的な関係性と家族からの絶大な信頼をベースに、四世代にわたるニキ・ド・サンファル本人と子孫たちの写真・映像・インタビューが挿入されているのも見どころだ。
とくに財団の管理者であるお孫さんのブルームと、タロット・ガーデンでバイトをしている曾孫さんのインタビューは、おおらかでまっすぐな明るいお人柄を感じさせるもので、ド・サンファルの血族の「雰囲気のよさ」「育ちのよさ」をうかがう絶好の例証となっている(ただし娘のローラも息子のフィリップも、離婚後は基本的に前夫のもとで育てられている。ちなみに娘のローラって、パンフを見たらロベール・ブレッソンの『湖のランスロ』でグィネヴィア王妃やってた人らしい。あの映画はリバイバル上映で観て、ここで感想をつけた記憶が。お母さんそっくりの美人!!)。

父親に犯され、トラウマに生涯苦しみ、男性恐怖にさいなまれ、精神障害を発症し、病院に入れられていた女性が、これだけ明るく、健やかで、ラテン的な陽気さに満ちた子孫を残し、誰もが「おばあちゃん」を愛し、彼女の業績を後世に残そうと尽力している……なんだか泣ける話ではないか。
ニキ・ド・サンファルは、芸術を通して、自らの葛藤に勝利し、家族との因縁に勝利し、闇との闘いに勝利したのだ。

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紹介されている作品としては、以下が印象に残った。

●3人のナナ(ハノーファー)
子供が遊んでいる様子が印象的。

●ドラゴン(ベルギー、クノック)
こちらも子供たちが滑り台を滑りまくっていた。ちゃんとプレイハウスとして「機能している」のが立派。依頼主のおじさんがまだ存命で、インタビューで思い出を語る。なんでも松本監督もドラゴンのなかで寝泊まりをしたことがあったらしい。まあまあ気色の悪いからくり彫刻が内部空間にぶらさがっていて、こういうのも実は子供はすごい好きだろうなと(笑)。

●ストラヴィンスキーの噴水(パリ、ポンピドゥーセンター横)
ポンピドゥーセンターは行ったし観てるはずなんだけど、正直、この噴水はあんまり覚えていないんだよなあ……。素人目に見ても完成度の高い群像表現だと思うし、西洋美術のパブリックアートの伝統(噴水彫刻)をきちんと継承したうえでモダンとつなげたうえ、モビールの要素まで取り入れていたというから、すばらしい。松本さんとの撮影エピソードが印象的。

●ベンチ、象、猫、ラクダ、会話(ベネッセアートサイト直島)
あくまで、椅子であり、鉢植えを置くための実用ベースってところがよい。直島は一度行ってみたいところだ。

●タロット・ガーデン(イタリア、トスカーナ)
映画の後半じっくり紹介される、本作のキモとなる作品群。
若いころに彼女が見たガウディのグエル公園に触発されて、いつか彫刻庭園を作り上げることが夢になったとのことだが、こういうのってなんとなくデジャヴがあるなと思ったら、昔行った「養老天命反転地」(岐阜)とものの考え方がよく似てるんだな。というか、荒川修作はたぶんニキ・ド・ファンサルのタロット・ガーデンにおけるチャレンジも知っていただろうし、多分に参考にもしているのかもしれない。
それからアール・ブリュットつながりでいうと、未訪問ながら当然、シュヴァルの理想宮やロディアのワッツ・タワーを想起せざるを得ないわけだが、さっきWikiを見たらこの二か所も確実にニキの霊感源だったらしい。「どんなことがあっても、中止するわけにはいかなかった。芸術は、才能より、むしろ強迫観念に関わるものだから」というニキの言葉は、まさにシュヴァルやロディアと似た「何か」を感じさせる。
とはいえ、造形の基本にあるのは陽気な平明さと、稚気へと昇華されたグロテスク、精神性と装飾性のゆるぎない融合であり、子供たちの冒険心と探求心と身体性におおいに訴えかける造形群となっているように思う。そこにはガウディの精神とアルハンブラ宮殿の美観が同居し、アメリカ原住民の神話やヨーロッパの原始宗教の神秘が息づき、男根と女体の根源的な和合が露悪的な形で開示されている。キラキラ光る鏡の部屋はまるでブルース・リーの決闘の間のようで、心のなかのわんぱく坊主に訴えかけてくるものがある(笑)。

●グロット(ハノーファー、ヘレンハウゼン王宮庭園)
これって、もともとあったグロット(グロッタとも言って、昔の王侯貴族が庭園につくらせた人工装飾洞窟の類。ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』(72)に出てくるやつ)の「改装」なのね。庭園や噴水同様、バロック的なパブリック・アートの伝統を受け継ぐ形での仕事として興味深い。つい最近、アンドレ・ブルトンと「驚異の部屋(ヴンダー・カンマー)」との関連について考えさせられたばかりだったので、20世紀芸術とバロック的なるものの密接なつながりという意味でも面白い。

●カリフィア女王の魔法の輪(カリフォルニア、サンディエゴ)
ニキが最後に住んだカリフォルニアの伝承をもとにした彫刻庭園。死後、お孫さんが完成させた。映像で観るかぎり、タロット・ガーデンに比べて、より装飾的で構えていない、融通無碍な気どりのなさが漂っている気がした。

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●音楽監修は青柳いづみこ。BGMにはドビュッシーを中心に、バッハ、サティ、ショパンなど。ストラヴィンスキーの噴水では、当然ストラヴィンスキーの「火の鳥」が流れる。
この選曲が、とんがったアート系の芸術家紹介映画というより、「NHK名曲アルバム」みたいな環境ヴィデオ感を高めている元凶なのかも(笑)。

●上野千鶴子先生登場。ナレーションの小泉今日子も含めて、お客さんを呼ぶのにいちおうプラスには働いているんだろうか? 『三島由紀夫VS 東大全共闘』の平野啓一郎同様、「ここでは」ちゃんと他の人の話しにくい部分に言及して、しっかりお仕事をされていたように思う。ただなんか年代に関する言及で若干の間違いがあったような。
ちなみに、上野さんの『発情装置』旧版のニキの「ホン」を用いた装丁は、歴史に残る名装丁だと思う。

●パンフにあった孫のブルーム・カルデナスによるコラムを読んでいて思ったけど、向こうの人からすると、「なんで日本人はこんなにニキが好きで」「なんで日本人の写真家がずっと出入りしてて」「なんで最大のコレクターが日本人のうえ260作も抱え込んでいて」「なんで今また日本でこんな映画がつくられるのか」ってのは、何度も問い直さざるをえない不思議な事態なんだろうなあ(笑)。あとニキって『ゴジラ』が大好きだったんですって!

●なんとなく、この映画を観て触発されたので、これから『ルイーズ・ブルジョワ展』を観に行ってきます!

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じゃい

3.5ニキ・ド・サンファルが伊トスカーナに屋外造形物展示のタロットガーデンを造る迄の軌跡を描く。

2024年10月26日
Androidアプリから投稿

ニキ・ド・サンファル は鬱病治療の為に創作活動を始め、仏ポンピドーセンターの噴水を手掛ける等成功した造形作家。

伊トスカーナに屋外造形物を展示するタロットガーデンを造り上げる迄の軌跡を描く。

写真家松本路子はニキ・ド・サンファルの写真を一枚撮るため自宅を訪ねたがすっかり彼女に魅了されその後10年間ニキを追い続けた。

本作は松本の初めての映像作品で監督と撮影を自ら行った。

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snowwhite

3.5作品が楽しめます

2024年9月10日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:試写会

楽しい

知的

ニキ・ド・サンファルの独特な世界観や作品群を堪能出来ます。さすが、監督が写真家だけあって、映像が素晴らしかったです。

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tomoboop