「死ぬほど頑張っていきまっしょい。 “一番病“に取り憑かれた人間の狂気を描いた、水上の『セッション』。」ノーヴィス たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
死ぬほど頑張っていきまっしょい。 “一番病“に取り憑かれた人間の狂気を描いた、水上の『セッション』。
大学のボート部へと入部した初心者(=ノーヴィス)のダルが、次第に狂気的な領域へと足を踏み込んでゆく様を描いたスポーツ・サスペンス。
監督のローレン・ハダウェイは、『パシフィック・リム』(2013)や『ヘイトフル・エイト』(2015)など、数々の大作映画で音響編集を手掛けてきた技術屋。15歳の時に『キル・ビル』(2003-2004)と出会い映画監督になる事を決意したという、なかなかご機嫌な人物である。
本作は彼女の長編デビュー作であり、監督だけでなく脚本や編集も自ら務めている。自身も大学時代にボート部へ所属しており、その時の経験をこの物語に落とし込んでいる様なので、ただのデビュー作という以上の思い入れをこの映画に覚えているのであろう。
ちなみに、主人公の性格にも監督自身のものを反映させているらしく、彼女も「0か100か」で物事を考える人物なのだそう。そりゃ若くしてハリウッドの第一線で活躍している人なので人一倍努力はしているのだろうが、この映画を観てしまうとちょっと心配になるぞ…😨
水木しげるがトップの座に拘る手塚治虫の事を皮肉って描いた「一番病」(1969)という漫画があるが、ダルは正にこれ。夢を叶える為や目標を実現する為に一番を目指すのではなく、一番を取る事自体が目的と化してしまいその中身は実は空っぽという虚しきドーナツちゃんこそが彼女の正体なのです。
実は物語の中に1人も敵が居ないというのがこの作品の興味深いところ。ダルは一番を取るために文字通り必死になって努力するのに加え、敢えて苦手な分野に挑戦するという縛りプレイを自らに課す。この勝手に嵌めた枷によってどんどんどんどん追い詰められ、遂には自傷行為に走る。死のギリギリまで追い詰めるられるのに、それは全て自分の中だけで行われている戦いであって、敵対する者もライバルもそこには居ない。
本作はよく『ブラック・スワン』(2010)や『セッション』(2014)との類似性が挙げられるが、これらの作品には主人公を苦しめる“敵“が外界に存在していた。普通はこの様に超えるべき障害があるからこそドラマが生まれる。しかし、本作はそれらが全て取っ払らわれており、ある意味究極のセカイ系映画という他作品とは一線を画す味わいのものに仕上がっている。この外界を一切遮断する思い切りこそが、本作独自のチャームであると言えるだろう。
ただ、敵対する存在がいない事で物語がのっぺりとしているのもまた事実。
やたらと『セッション』が引き合いに出されるので、「この人の良さそうなコーチが実はヤベー奴なんだな…😏」なんて警戒していたら、普通に最後まで凄く良い人だったし、ライバルであるブリルも普通に良い子。友達も恋人も普通にいるし、家庭環境が終わっているわけでも経済的に貧しいわけでもない。傍から見れば順風満帆な学生生活をエンジョイしている様にしか見えず、実際のところ前半1時間くらいは特別なドラマはほぼ起こらない。…この映画97分しかないのに。
その分ケツの30分で一気にドラマが進行する訳だが、それもまぁ想定の範囲を超える展開ではない。クライマックスのボートレースも、画面の暗さと荒れた天候のせいで何やってるのかよくわからん。スポ根ものとしても中途半端だと思います。
実はハダウェイ監督、『セッション』の音響編集も担当している。そのせいもあってか、まるでチャゼルが監督したのかと見間違える程に画作りが似ている。画面の色調の暗さもなんかチャゼルっぽいし。手のひらのケガを痛々しく見せるところなんか、まるっきり『セッション』と一緒だぞ!
被写体深度を極端に浅くする事で背景をボヤかし、ダルの狂気を演出するところなど印象的なカットも多かったが、それでも『セッション』の二番煎じ感は拭えなかった。
と、まぁちょっと厳しく評したが、いってもこれはハダウェイ監督のデビュー作。これからどんどん自分の色が出てくるのだろうし、そこは末長く見守ってゆきたい。
共感ありがとうございます。
女の汗と体臭にむっとする世界、そこに居る男性コーチもおかしくなるのは当然?
主人公が小柄で体力に欠け、周りが丸太ん棒みたいなのも気の毒でしたが・・結局、自己責任!
今晩は!
レビュータイトル、余りの秀逸さに笑ってしまいました。
【死ぬほど頑張っていきまっしょい。】
凄く可笑しいです。映画内容を反映させつつ、お笑いも込めている。素晴らしいなあ。イザベラ・ファーマンって、「エスター」シリーズも怖かったけれど、今作の狂気性もナカナカでしたね。ではでは。


