配信開始日 2024年9月27日

「リソースの浪費(いろんな意味で)がもったいない」不都合な記憶 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0リソースの浪費(いろんな意味で)がもったいない

2024年9月30日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

まず情報開示の指針に難がある。prime videoの紹介文に「実際は妻は既に亡くなっており」と書かれているし、妻マユミはアンドロイドであると当サイトの解説などでも明かされている。運よくそれらを目にせず本編を観始めたとしても、英題「Previously Saved Version」が表示されて、邦題と考えあわせると記憶の保存をめぐる話、たぶんヒューマノイドがらみだろうと早々に想像がついてしまう。視聴者の好奇心を少しでも長続きさせようと思うなら、科学者の男が亡き妻をアンドロイドで再現しているという設定は事前に明かさないほうがよかったのでは。

宇宙の閉鎖空間で男女2人きりの歪んだ愛、という設定ではクリス・プラットとジェニファー・ローレンスが共演した「パッセンジャー」を思い出した。あれも男の考え方や行動が相当に気持ち悪い話で、ハリウッドの大作映画でよくこんな脚本が通ったものだと驚いたが、「不都合な記憶」はきちんと気持ち悪い男として描いているぶんまだ良心的だろうか。

生きた人間の記憶をインストールされ、アンドロイドの自覚がないまま暮らしているキャラクターという点では、フィリップ・K・ディック原作のSF映画(「ブレードランナー」や「クローン」など)を想起させもする。ただし、機械の体に移植された人間の記憶に基づく意識が自分の肉体に違和感を覚えないレベルの身体感覚を再現するには、外見や動作が人間そっくりというのとは段違いの高度な工学と製造技術が求められるはず。髪や爪などの新陳代謝から、食事のあとの排泄にいたるまで、完璧に再現するにはとんでもないリソースが必要になるが、次から次に送られてくる量産品らしいアンドロイドの費用対効果を考えたら、そんな生体レベルまで超精巧に作り込むのは途方もない浪費だろう。簡単に言えば、リアリティに欠けるSF設定であり、思慮が足りない脚本なのだ。

アンドロイドのボディにしても、すぐに新品が手に入るからといって使い捨てが目に余る。ボディに電源オフのスイッチを付けておいて、記憶が気に入らないなら電源を切っている間に別の時点で保存された記憶に入れ替えれば済む話で、いちいちナオキがマユミのボディをぶっ壊して新しいボディに違う記憶をインストールという浪費を延々と見せられる視聴者側も時間を浪費している気になってしまう。

VFXにはそれなりにお金がかかっているはずなのに、脚本にひねりがないのももったいない。石川慶監督の「ある男」(原作・平野啓一郎、脚本・向井康介)は素晴らしかっただけに、今作の出来が惜しい。

高森 郁哉