「明るい色調と暗い色調のギャップが緊迫感をうむ」アイム・スティル・ヒア かなさんの映画レビュー(感想・評価)
明るい色調と暗い色調のギャップが緊迫感をうむ
お盆休みの13日、TOHOシネマズシャンテで見たのですが、ほぼ満席になっているのに少々驚きました。
なにせメジャーな映画ではなく、ブラジル映画にこんなにお客さんが見にくる、2025年アカデミー賞国際長編映画賞受賞作品に敏感に反応する、やはり首都圏のひとは文化度が高いと再度思いました。
この映画よかったです。多くの人に見てもらいたい作品です。
【映画批評】
家族七人が仲睦まじく過ごしている日常生活と父親が突然連行されてから、そして母がリオからサンパウロに転居すると言った以降、映画は三つの色調から成り立っている。
夫婦仲がよく子供五人も両親に愛し愛され穏やかな日常が目に焼き付く。この明るい色調の日常生活があっというまに脅かされる。
軍事独裁政権下、不穏な事件が相次ぎ、日常生活の明るい色調とは真逆の暗い色調と不気味な音が支配していく。車が止まる音、扉の開閉の音に極度に敏感になる。突然父親が誰の指示でどんな用件かわからず連行されてしまう。妻エウニセ、次女のエリアナも拘束され尋問を受けることになる。エウニセとエリアナが視覚を奪われ連行されたことで、ここがどこかわからないことと、尋問を受ける部屋で、牢獄の密室で聞こえる悲鳴、慟哭、叫び。また夫が消息不明であることから、エウニセが抱える不安、これらのシーンで恐ろしいまでの緊迫感につつまれる。不気味な音と暗い色調が恐怖をうみだしている。
映像化されていないが、母と姉が連行されたとき家には四人の子供しかいない。エリアナは一日で帰ってきたが母は帰らない。この時の子供たちの不安さも緊迫感を高めている。この映画は映像だけで語ってはいない。
夫が消息不明ではあるが家族六人生活をしなければならない。エウニセは仲間から夫がすでに死亡していることを聞き、サンパウロに転居し大学に戻り法学を履修し弁護士になる。弁護士は法を盾に取り闘うことができる。エウニセは消息不明者をかかえる家族らの代表となり声をあげ続けていく。
夫が消息不明になってから二十五年後、政府は死亡証明書を発行した。これを境に平穏な日常生活が描写される。闇と闘い、国と闘い、二十五年のときをへてつかみ取った昔の日常生活。また明るい色調が戻ってきた。
闘い、痴呆になり、車椅子に座り、年老いたエウニセ。子供と孫に囲まれ団欒をすごす目に力はないが、彼女が成し遂げたことはこの家族団欒に凝縮されている。夫のために闘い、子供のために生きることが彼女の人生だったのだ。
