「淡々とした語り口は胸に染みるものの、その分、軍の非人道性や運命の過酷さが伝わってこない」アイム・スティル・ヒア tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
淡々とした語り口は胸に染みるものの、その分、軍の非人道性や運命の過酷さが伝わってこない
愛する夫が、ある日突然、連行されたまま、いつまでたっても戻らないという状況に直面した妻の混乱と憤りは、想像するに余りある。
その父親は、明るくて優しい性格で、子供たちにも慕われているのだが、彼が二度と戻らないことを察知した後でさえ、子供たちに取り乱した様子や悲しい顔を決して見せようとはしない、母親としての彼女の気丈さにも心を打たれる。
その一方で、夫を連行するために家に押し入り、そのまま居座る軍関係者は、思いのほか紳士的で、子供の遊び相手になったりするし、妻が尋問を受けるシーンにしても、何日間も不衛生な牢獄に監禁されるのは酷いと思えるものの、取り調べそのものは決して高圧的ではなく、彼女が釈放される際には、担当者が「本意ではなかった」と釈明するなど、それほど極悪非道な扱いを受けたようには感じられなかった。
これは、悪いのは軍事独裁政権であり、末端の軍人はその命令に従ったまでで、個人としては必ずしも悪人ではなかったということを言いたかったからなのだろうが、その分、妻が怒りや憤りをぶつけるべき対象が曖昧になってしまったように思えてならない。
あくまでも妻の視点から描かれているため、夫が拷問され、虐殺され、海中に投棄されるような描写も出てこないのだが、ドキュメンタリーや再現ドラマではなく、フィクションであるならば、この辺りの経緯もしっかりと描くことによって、糾弾すべき軍の横暴や非人道性をもっと明確にするべきだったのではないだろうか?
それから、夫(父親)を失ったことによって、家族の運命が狂わされたのは理解できるのだが、新しく家を建てる予定だった土地や、今まで住んでいた海辺の豪邸を手放して、よその街に引越していくところまでしか描かれないため、彼らがどれだけ苦労したのかがよく分からない。
元々裕福な家庭なので、困窮するようなことはなかったのだろうが、25年後には、事件の後に大学に行き、弁護士となった妻は、それなりに活躍しているようだし、息子は息子で、事故か何かで車椅子生活を送っているものの、小説家として成功しているようなので、あまり「過酷な運命に翻弄された」みたいには感じられなかった
残酷で理不尽な経験をした家族だからこそ、その悲しみや苦しみを乗り越えて、いかにして平穏で幸せな暮らしを手に入れたのか、その過程をもっと知りたかったし、そこのところがほとんど描かれなかったことが、非常に残念に思えるのである。
