劇場公開日 2025年5月9日

「ぞっこんメガネ」クィア QUEER かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 ぞっこんメガネ

2025年10月20日
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妻殺し、ジャンキー、ゲイ、SF小説家…様々な肩書きをもつウィリアム・S・バロウズによる未完の半自伝小説を、同じくオープンゲイの映画監督ルカグアが自由に翻案した映画である。ダニエル・クレイグが演じている主人公作家リーが一応バロウズという位置付けになっているが、お相手のユージン・アラートンを演じたドリュー・スターキーが若きバロウズにクリソツなことにお気づきだろうか。手前勝手な推測で大変申し訳ないのだが、ルカグアのオルターエゴであるリーが内に抱えた葛藤を、生前のバロウズに相談する架空ストーリーに翻案化しようとした作品だったのではないだろうか。

「バロウズの小説を読んだとき、この作品は私自身について語っていると感じました。小説としての形式が私の理想に近かったこと、そして他者との深いコミュニケーションを求めるというコンセプトが、私に強く訴えかけてきたのです。形式主義者として、ひとりの人間として、そして成長途中のアーティストとして、これこそが映画で語りたい自分自身の真実だと思えました」(インタビューより抜粋)

街で見かけたアラートンがクィアか否かを確かめたくてしょうがないリーが、イラついてテキーラをがぶ飲みするシーンが至極滑稽だ。ゲイバレを恐れずひたすら前進あるのみのリーは、“ムカデ”なみの欲望ギラギラオジサンである。若いアラートンが旨そうな料理にパクついていても、このリーなぜか一切食事に手をつけない。その欲望は100%“(アラートンの)男根?”に向けられ、観客の私たちもついつい、2本のタバコや支柱、二匹の闘鶏までもがそのメタファーに見えて来てしまうのである。酔っ払った勢いでついに「言葉の無い会話をしよう」とアラートンを自宅に誘い出すことに成功するリー。

「人は話をするとき、実際にはありとあらゆる方法で話しているものだと思います。言葉だけでなく、肉体や精神、魂、あるいは手足──それらすべてを使って。ただし、本当にすべてを使うかどうかには抑圧の問題があります。“ひとつの方法でしか話さない”と決めることは大きな抑圧ですから。リーとアラートンは、ありとあらゆる方法で話そうとしますが、しかしその激しさに耐えられなくなり、翻弄されることになります」(インタビューより抜粋)

どうにもこうにもアラートンへの肉欲が抑えられないリー。ひたすら“魚”を求めてメキシコシティを徘徊する白スーツ姿のリーは『ベニスに死す』のアッシェンバッハだし、劇中2人が見る白黒映画はゲイばれを隠さなかったジャン・コクトー監督の『オルフェ』である。アラートンと別れてからの奇妙奇天烈な展開は、誰がどう見ても映画作りに一切の妥協を許さなかったキューブリック監督『2001年宇宙の旅』へのオマージュであろう。自分の芸術作品に異常なまでの執着を見せる支配人レモントフのモデルもまたゲイであることを知るルカグアは『赤い靴』への言及を告白している。スーパーヒーローで唯一カミングアウトしている“グリーンランタン”はともかく、(オリジナリティの強い)映画監督のデヴィッド・ロウリーやリサンドロ・アロンソがちょい役でカメオ出演していることからしても、本作はもしかしたら“映画についての映画”だったのではないだろうか。

「私は、『クィア』というこの映画のタイトルも美しいと思っています。なぜならこの映画は、ある意味で昔からある既存の映画の言語に従うことを望んでいないから。つまり、この映画自体が形式的にクィアなのです。映画というものは形式がすべてであり、それ以外の何物でもありません。1本の映画が“異なること、奇妙なこと”という名誉のバッジを大胆にも掲げ、同時に古典主義や映画言語をまといながら、今日のありふれた映画の陳腐さに対抗する――それは大いなる抵抗であり、クィアネスの行為だと思います」
(インタビューより抜粋)

(バロウズの妻殺しを想起させる)夢の中で足のない裸の女と交わっているリーや、ヤヘを飲んで扉が開いたものの“オフィーリア”のごとくリーの前から姿を消したアラートンの幽体が語っていた「私はクィアでは無い」とはどういうことだったのか。ゲイバレへの恐怖をネタにした昔の映画や、“多様性”テンプレートに組みこまれつつあるゲイムービーを、ルカグアは“(実態の無い)幽体離脱”に例えたのではないだろうか。(映画のテーマを)盗まれても盗まれても若い男を自分の部屋に呼び続けるギンズバーク似のジェイソン・シュワルツマンのごとく、あるいは死と再生を繰り返すウロボロスのごとく、宇宙で唯一無二の純粋クィア映画を作ること、多分それがルカグアの夢なのだろう。ちょっと分かりにくかったけどね。

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かなり悪いオヤジ
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