劇場公開日 2025年2月21日

「人の心の闇を感じる話」ブルータリスト Moiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0人の心の闇を感じる話

2025年2月23日
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鑑賞方法:映画館

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感想

本作監督・脚本のブラディ・コーベットのベネチアでの監督賞受賞とアカデミー賞ノミネートを知り鑑賞したいと思い映画館へ向かう。

本作を鑑賞後の感想はユダヤ人とはどのような民族であるのか?という率直な疑問であった。経験値からの個人的印象としては世界の潮流(諸々の歴史、宗教、科学、政治、経済金融システムの創始、そして勿論我々が日頃から楽しんでいる娯楽としての映画産業)に於いて最も多大なる影響を与え続ける民族であり、現在でも世界のあらゆる利権構造の頂点に位置している者が割合的にも多くその中でも遺伝的に優れた知性を持つ者が多い。また親族を含めた家族間の結束が強い。さらに歴史を振り返り理解できることは古の時代から宗教的因果の影響でキリスト教圏では国家という単位を形成する事なく世界に拡散し、各地域にゲットーを形成しながら自分達の文化を守り他民族の文化と一定の距離感を保ちながらその国の各分野に影響と化学変化のような社会的変容を齎している事がわかる。映画内でも描かれているが、シオニズム運動によるイスラエル建国やこの問題に起因する数々の戦争や紛争は今現在も収まる事なく激烈を極めていることは周知の事実である。

本作はユダヤ人特有の民族性や宗教観からくる他民族への悲親和性を生む原因となっている選民思想と歴史的に数々の迫害を受けたという被害者意識と劣等感、世界からの孤立感を自らも感じている一人のユダヤ人建築家の人生経験に基づきアメリカ国内でも独自の建築設計思想を貫徹しブランド成金主義のアメリカ人との生活の為長年に渡り関わっていく話と、第二次世界大戦以降の一時期、世界的な心理喪失感の中て発想された合理機能主義建築の最終形態とも称される華美な装飾等は一切排除したその様式でそれは宗教的原理主義にも通じる一面を持ち合わせている建築思想であったブルータリズムをユダヤ人建築家の思想として設定し掛け合わせた話。さらに本編に登場する全ての人物の心理に根源的な意味を持って存在する性欲性癖を含める風俗的趣向の問題。間接的な弱者への性的虐待を暗示させていると感じる描写。さらには薬物接種による現実逃避行動等の所謂一般的にはタブーとされている人前ではあまり語られる事の無い心の奥底にあるいやらしいまでの欲求心理が織り込まれ心の静と動の表現と人間心理の弱さ強さがしっかりと描写されていた。

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ラースロー・トートはハンガリー系ユダヤ人であり、1938年ナチスドイツによるオーストリア・ハンガリー併合後1939年までワイマールに本当に存在したバウ・ハウス(建築・意匠・工芸家具類において合理機能主義の先駆けとなる思想を積極的に発信しそれまでの既成概念を破壊する程の影響を世界的に与えた知識技巧専門学校でありその画期的思想の影響は現代の建築・意匠・工芸家具類に至るまで濃密に反映されている)出身の建築家でハンガリーでは既に幾つかの建築を手掛けており社会には知られている存在であったが、ナチスの民族抹殺政策に遭いダッハウの収容所に収容される。戦後生き残った妻とその妹の姪とも生き別れるが、命辛々1940年代にアメリカに逃れる。無事にアメリカに辿り着いた時、トートの想いは東ドイツに残されている事がわかった妻と姪をアメリカに呼び一緒に生活することが悲願となっていく。

先にアメリカに渡っていた従兄弟のアティラを訪ねるトート。生命がある事を確認し喜びあう二人。店の一室を借り住まいとして家具販売と内装業を営むアティラの雇われ職人として働きだす。ある日ハリーという常連客の自宅の父親の書斎を図書室の様に改装して欲しいという依頼が舞い込む。

トートは持てる知識と技術を総動員して改装に取り組む。書斎はモダニズム様式の近代的な図書室となるが最終作業中に見知らぬ男性が錯乱した様に部屋に入って来て罵詈雑言を浴びせ掛け部屋の変わり様を辛辣に嘆く。男の名は家の主でハリーの父親であるハリソン・ヴァン・ビューレン。この後長年に渡りトートの人生を蹂躙し続け身も心も破壊してしまう人物との初めての出会いであった。トートは部屋の機能性と合理性が向上したことをハリソンに説明しようとするもハリソンは全く取り合わすハリーからは工事代金支払拒否の連絡が来る。この一件で従兄弟のアティラとは袂を分かち別離する。

無職になったトートは日々の食事にも困る始末であったが、改装した自宅が雑誌にモダニズムの内装事例の代表として紹介された事で有名になったハリソンがトートを調べ上げハンガリーでバウ・ハウス出身の高名な建築家である事が判ると袖を返すように擦り寄りデリカシーの欠片もないアクションと言動を繰り返すも後々の代表作品となる建築物の設計を依頼してくる。

トートは人間関係や仕事で様々なストレスを溜めながら、1950年代には妻と姪をアメリカに呼び寄せる事に成功する。社会状況が刻々と変わっていく中で神経をすり減らしながらも建築に傾注しアメリカでも建築家としての名声を得て世界的建築賞も受賞するが、その間人生の岐路に受けた傷は大きく家族との関係を含めて苦労続きの後半生であった。

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演出・脚本・俳優・音楽◎
監督・共同脚本のブラディ・コーベットは全編フィルム撮影で本作を制作。監督三作目でこの仕上りは目を見張る。本編内の建築構造物や造作の創造などリアルな質感が素晴らしくスタッフの質も高くチームワークが良いと感じる。静と動のカットの使い分けが上手く構図も素晴らしい出来映えで感動。特に道路や線路、トンネルなどを高速で走る映像を間合いに入れ込んだカットは場の転換を意識させ新鮮であった。さらにアメリカ上陸時の自由の女神像を写したシーンは写真としても秀逸の出来映えに感じる。音楽もその時代のヒット曲が使われていたりして心理描写のカットと共に素晴らしい効果を見せている。

エイドリアン・ブロディ
ラースロー・トート
無政府主義者でありハンガリーではナチスの民族抹殺政策による様々な苦難を受けてきたが頑なに自分の主義主張は曲げない頑固なユダヤ人建築家のイメージに相応しい物静かで貫禄の演技が素晴らしい。殆ど地がトート本人なのではないか思うほどであった。巧みなハンガリー語を操り本物のハンガリー人を演じていた。

フェリシティ・ジョーンズ
ラースロー・エルジェーベト
ハンガリーでは新聞記者であり英国留学も経験しているインテリジェンス溢れる女性であったが、ナチスの民族抹殺政策により人生を破滅された。トートを心から愛している。トートとやっと再会出来たエルジェーベトが車椅子で現れ、大変な苦労があったのだと想像させるシーンが胸熱で泣けてしまった。迫害被害者の悩みを素晴らしい演技で表現していた。

ガイ・ピアース
ハリソン・ヴァン・ビューレン
トートの建築家としての才能をアメリカで初めて認めた人物。性格は権威やステイタスばかりを気にして物事の本質を見抜く事は出来ない。また本質を理解していない。人間的良心や本当の人の愛情を享受する事無く成長し大人になっても自分自身の確固たる信念を持ち得る事が出来なかった。見た目上は親の地盤を引き続き社会的地位も高く会社経営者として身なりも立派であるが、生まれた時から心理的な偏愛を受けており本物の愛情に飢えている。エルジェーベトが身内と側近に告白するまで自身が性的マイノリティである事を隠し続けた。

ジョー・アルウィン
ハリー・ヴァン・ビューレン
男女の双子として生まれ育ち父親の本当の事実を息子のハリーは全て承知しており子供として心に闇を抱えている。本編最後の方で狼狽するように父親を探すシーンではもしかすると子供の頃から性的虐待を受けていたのを隠していたのではないかと想像させる。

⭐️4.0

Moi
トミーさんのコメント
2025年2月23日

共感ありがとうございます。
この監督の旧作ポップスターも結構良かったのですが、誰かが抜擢したんでしょうね。明らかに賞狙い、伝統的な大作でした。

トミー