「あらゆる荒波を泳ぎ切り拓く」ヤング・ウーマン・アンド・シー 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
あらゆる荒波を泳ぎ切り拓く
昨年も似た題材の『ナイアド』があったが、こちらはずっと先駆者。
遠泳のみならず、後の女性アスリートの活躍と発展に貢献。
1926年、女性として初めて英仏海峡を泳いで渡ったトゥルーディ・イーダリー。
女性アスリートたちや水泳界では有名なのだろうが、人物も挑戦も初めて知った。こういう事を伝える為に映画はある。
今から100年も前の挑戦と偉業。
結末は分かり切っているので、トゥルーディが如何にしてあらゆる“荒波”を乗り越え泳ぎ切ったかが見所。
まずは当時の女性軽視に驚かされる。
何事に挑むのも男だけ。
男は男らしく。強く、勇ましく。
女は女らしく。慎ましく、控え目に。
殊に女にスポーツなんて出来る訳ない。弱く、体力も無い。
トゥルーディも最初から勇敢で強かった訳じゃない。
幼少時はしかにかかり、医師からは助かる見込みはないと。ここでトゥルーディが死んでしまったら話は始まらないので、奇跡の回復。
母親は健康の為にトゥルーディと姉に水泳を習わせる。精肉業の父親は反対。女が水泳なんて…。父親も当初は男性上位。
姉と女性水泳クラブへ。始めは姉の方が上手かった。トゥルーディは常にビリ。泳ぎ方もままならない。
姉に憧れ、追い付きたい一心で。ガッツは人一倍。
少しずつ上達し始める。その頑張りと実力に、クラブの女性コーチの目に留まるように。
コーチの指導もあり、早くも姉越え。街や州の大会に出場するようにもなり、記録更新の大躍進。
そして1924年、遂にパリオリンピックに出場する事になるのだが…。
この時の老男コーチが女性選手を全く相手にせず。
コーチとのいざこざや睡眠不足、練習もろくに出来ず、本番のオリンピックでは満足のいく結果を出せず。
周囲の落胆と失望の声。それ見ろ、やはり女はこんなもんだ。
意気消沈のトゥルーディは、ある日見たニュース映画に強く惹かれる。
英仏海峡の遠泳横断。最も過酷なスポーツ挑戦の一つで、達成者は男性スイマー5人のみ。幾多の死者も。
トゥルーディの心はすでに泳ぎ出していた。
周囲からはまたもや冷たい視線。男にだって困難。ましてや女になんて。絶対に無理。
だが、それで諦めるトゥルーディではなかった…。
周囲の反対(特に男たちからの非難)を押し切り、挑戦を決意。
支援者にある賭けで勝ち、サポート体制を作ろうとするのだが、コーチが見出だしてくれた女性コーチではなく、忌まわしきあの老男コーチ!
合宿。当初は他の男性スイマーから冷遇されるのだが、そのガッツと実力で絆を築く。特に黒人スイマーは良き理解者に。
老男コーチは他のスイマーからも嫌われ、溝は深まるばかり…。
黒人スイマーが横断に挑戦。が、半分も行かぬ所で失敗。
やはり困難。そしていよいよ、トゥルーディが挑戦する時がやって来る…。
マスコミや野次馬。国内外でラジオで報じられる。注目の的。
そんな中、挑戦スタート。
序盤から飛ばして。ペースは落ちない。
役に立たぬ老男コーチの声は無視。悪どい事をしてくる…。
遠泳中、他者との接触は禁止。接触したら即失格。
食べ物を渡そうとして、わざと触れようとする。失敗。
飲み物を渡す。紅茶の中に入れたのは…。睡眠薬。
それによりトゥルーディは頭も身体も重くなり、遂には泳げなくなってしまう。途中失格。
このクソコーチめ! コーチだってスポーツマンだ。スポーツマンシップに反するクソ野郎が!
挑戦に失敗したトゥルーディに、世間はまたもや落胆と失望の声。一度ならまだしも、二度も。やはり女には無理。
だがまたまた、これで諦めるトゥルーディではなかった...。
老男コーチの不正を知る。訴えようとするが、訴えた所で負け犬の遠吠え。
ならば…。今度こそやってみせる。遠泳再挑戦。
その決意と意思は固かった。
今度は周囲が違う。
遠泳経験者で破天荒なスイマーが新たなコーチとして協力。トゥルーディを高く評価している。
元々は迎えに来た父親と姉。父親は娘の挑戦に心打たれ、考えを改めた。が、再挑戦には否定的だったが、姉が説得。
老男クソコーチの時立てなかった計画も立てる。直線横断ではなく、少し遠回りになるが、潮の流れを利用する。
それでも容易ではない。だが、やる。やってみせる。
帰りの船に乗ったフリしてこっそり抜け出し、サポート一同と合流。準備を整える。今度はうるさいマスコミや野次馬も居ない。
再挑戦が始まった…!
トゥルーディが乗船せず、再挑戦してる事はすぐに世間の知る所に。
再び世間は期待と非難の注目の視線。
恩人女性コーチは前も。今回も。成功を信じている。
母親も驚くが、直接ラジオ局に赴き、逐一情報を聞く。
当の本人。快調な泳ぎ。今度こそイケる。
が、海はやはり塩辛かった。障害が…。
クラゲの大群。強行突破する。そういや『マリオ3』のW7の海のステージでこんなクラゲ敵キャラのトラップあったね。何だか思い出しちゃった。
突破。だが、障害はこれだけじゃない。こんなもんじゃない。『ナイアド』でもそうだったが、クラゲや時にはサメなど海の生物、口に入る塩水、疲労や空腹、日焼け。サポートはついているが、実質孤独な闘い。
そして今回の最難関。浅瀬。ここで多くの挑戦者が…。
浅瀬故サポート船は入っていけない。夜の闇にも包まれ、目印も無い。
父親は中止を。もう充分だ。よくやった。何より娘が心配。娘を持つ父親の本音だ。
が、新コーチと姉は挑戦を続行。何故なら、トゥルーディは諦めていない。
果たして泳ぎ切る事が出来るか、はたまた失敗か。
トゥルーディは孤立無援の浅瀬に泳ぎ入っていく…。
デイジー・リドリーにとっては『SW』以来の、いや以上の大役と熱演。
実際にオリンピックコーチの下で訓練したその泳ぎっぷり、芯の強さ。
その熱演は、『ナイアド』のアネット・ベニングがオスカーノミネートされたんなら、デイジーだってされて異論は全く無いほど。
彼女一人では成し遂げられなかった。見出だしてくれたコーチ、妹に抜かれながらも応援惜しまない姉、厳格だがやりたい事をやらせてくれた母…。女性初の偉業には、周りの女性たちの支えや愛あってこそ。
浅瀬で方向を見失ったトゥルーディを導くべく、人々が協力した“目印”も感動的。
海洋映画続くヨアヒム・ローニングにとっても出世作『コン・ティキ』以来の上々の泳ぎ。
そのローニングを某海賊映画に抜擢したジェリー・ブラッカイマーPも『トップガン マーヴェリック』や『ビバリーヒルズ・コップ:アクセル・フォーリー』、そして本作と調子が戻ってきた。
EDには実録映像。その後トゥルーディは聴覚障害になるも、聾唖の子供たちに泳ぎを教えたという。本当にその偉業と貢献には頭が下がる。
でも一番は、挑戦を決意した事。
非難や逆風に負けず、自分を信じたからこそ。
先駆者の道はいつだって困難。支えてくれる人たちを信じ、自分を信じ、切り拓く。
奇しくもパリオリンピックの今年。先駆者たちの道に、今も多くのアスリートが挑戦し続けている。