「プログラムを超えた先に、心がある。」野生の島のロズ 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
プログラムを超えた先に、心がある。
【吹き替え版を鑑賞】
ドリームワークス・アニメーションによる長編アニメ映画。ピーター・ブラウンによる児童文学『野生のロボット』シリーズを原作に、『リロ&スティッチ』『ヒックとドラゴン』のクリス・サンダース監督が映画化。吹き替え版はロズ役を綾瀬はるかが担当。第97回アカデミー賞では長編アニメーション賞のほか、作曲賞、音響賞の3部門にノミネートされた。
嵐の影響で無人島に流れ着き、偶然にも起動され目を覚ました最新型アシストロボットROZZUM(ロッザム)7134、通称:ロズ。都市生活に合わせてプログラミングされた彼女は、弱肉強食の野生の島では全く機能せず、動物達の行動や言葉を学習しながら順応しようとする。ある日、事故によって雁の巣を破壊してしまったロズは、1つだけ無事だった卵を見つけてる。卵を狙うキツネのチャッカリを退け、卵を孵化させたロズは、雛鳥から「ママ」と呼ばれる。しかし、子育てのプログラムを持たないロズは、雛鳥をどう扱ってよいか分からない。子沢山のオポッサム、ピンクシッポに促されたロズは、雛鳥に「キラリ」と名付け、ロズの能力にあやかろうと近付いてきたチャッカリと共に、子育てに奮闘する事になる。
本作を鑑賞した上で真っ先に目を惹くのが、色彩豊かな島の自然描写だ。昼夜の空模様から四季折々の自然環境の変化まで、とにかくありとあらゆる描写が美しい。その中でも特に、木に止まっていた蝶の群れが一斉に羽ばたいてロズを包むシーン、成長したキラリが同族と共に旅立つ夜明けの壮大なシーンは、まるで絵画のような美しさ。
また、様々な種類の動物達を描き、彼らがロズの小屋にて一堂に会するシーンは壮観。
動物達を襲う過酷な大寒波と、自然の摂理に抗って救助活動に勤しむロズとチャッカリのシーンは、ヒーロー映画の人命救助シーンのよう。真っさらな吹雪と降り積もった雪の表現は冷たい美しさを放つが、それと対比して描かれる救助活動の暖かさと行動の美しさが胸を打つ。
また、3DCG作品ながら、意図的に2D表現も用いた平面的絵作りが見られるシーンもあり、視覚表現に妥協なき様々なアプローチが見られる点も素晴らしい。
本作の登場キャラクターは、ロボットか動物。しかし、その全てが感情表現豊かで愛らしく、自然な感情移入を促してくれる。
なんと言っても、子育てを通じてプログラムを超え、表情豊かになっていくロズが最高に可愛らしい。大きな丸い目となる2つの画面は、シャッターが開閉する事で微妙な表情の変化を演出しており、キラリが旅立つ瞬間を見送る切ない表情に思わずウルッと来てしまった。島の自然環境に揉まれ、次第にボロボロになっていきながらも、立派に子育てを終えてみせたロズの姿には、子供を持つ親ならば感じうるものがあるのではないだろうか?
そんなロズとは対照的に、プログラムに忠実に冷酷に回収命令を実行しようとするヴォントラは、短い出番ながら印象的な悪役だ。本人はプログラムに忠実と言いつつも、台詞や動きの節々に加虐嗜好を匂わせている点も面白い。
動物側では、やはりキラリとチャッカリは外せないだろう。純真無垢な可愛い雛鳥から、成長して青年となったキラリは、自身のハンディキャップや歪な育児環境から孤立する。そんな彼をサポートするピンクシッポや、ハヤブサのサンダーボルト、雁のリーダーで長老のクビナガら大人組のサポートが素晴らしい。周りの大人が頼もしいというのは、子供の成長過程に必要不可欠な要素だろう。こうしたサポートがあったからこそ、キラリは唯一無二の個性を持って立派に成長出来たのだ。
最初は、弱肉強食の摂理に則ってキラリの卵を食べようとし、ロズの能力を理由しようと近付いてくるチャッカリの狡猾さは、物語を動かす進行役であると同時に魅力的だ。彼が抱える孤独や脆さも実に人間らしく、憎めない存在となっている。リスに度々木の実をぶつける姿も印象的。
クビナガの年長者としての達観した姿勢も良い。ロズの前でキラリを余所者扱いする若い雁達を貶しつつ、キラリの持つ可能性を評価する点、窮地を脱する力を持つキラリに群れを任せ、仲間を守る為に自らが囮となって犠牲になる姿は、次世代に希望を託す行為として美しい。
本作を語る上で忘れてはならないのが、脚本の持つ「バランス感覚」の良さだ。
キラリの親兄弟を誤って殺してしまうロズのシーンや、弱肉強食の自然界において当然描かれる犠牲(後に無事と分かるが、ピンクシッポの子供が肉食獣に食われる音)、クマのソーンが放つ「ここ(ロズの小屋)に居る間はお前達を食わない」という一時的な休戦状態と、直接的な表現を避けつつ、何を見せ、何を見せないかの選択が上手い。
ロズとキラリ、チャッカリが紡ぐ擬似家族空間がメインの舞台となるので、「家族愛」が一番目立つテーマとなるが、「個性」も重要なテーマ設定だろう。プログラムを超え、“心”や“自我”を獲得していくロズ。キラリに飛び方を教えるサンダーボルトの、羽の形や種族ごとの飛び方の長所を見抜いて訓練する様子。旅立つキラリに向けたチャッカリの「真似じゃなく、お前らしく飛べ」という激励。そして、そうした個性がクライマックスに向かうに連れて互いが互いを助け合う事に繋がっていく。
少々過保護気味なロズに「たまにはお尻を叩く事も必要よ」と、“厳しさという優しさ”を教えるピンクシッポのさり気なさも良い。
考えれば考える程、「よく出来ているなぁ」と唸らされる。
ラスト、ヴォントラを倒して自らの“心”を確信したロズは、これ以上の脅威から島と動物達を守る為、工場に戻る決意をする。戦いによって焼け落ちてしまったロズの小屋は、動物達によって再建され、冬には種族の垣根を越えて厳しい寒さを凌ぐ憩いの場となり、チャッカリが子供達にロズの物語を読み聞かせる。工場に戻ってリペアされ、綺麗なボディを取り戻したロズは、他のロボットと共に人間達の生活を支えている。しかし、プログラムを超えて彼女が獲得した“心”は、何人にも書き換える事も消去する事も出来ない。キラリとの感動の再会で、本作は幕を閉じる。
「あなたは私のことをこうお呼びください。“ロズ”と」
吹き替え版での鑑賞だったが、ロズ役の綾瀬はるかのハマりっぷりが素晴らしく、ロズの可愛らしさが存分に表現されていた。成長したキラリ役の鈴木福は、ついつい今でも「福くん」と読んでしまいがちだが、「福さん」と呼ぶべき力強さに満ちていた。
惜しいのは、最大の感動ポイントを中盤の旅立ちに持って来てしまった点。それ以上の感動を求めてしまったが、その瞬間を超える事は無かったのが唯一と言ってもいい不満点。
また、キラリを励ます際の「他の子に出来て、あなたに出来ない事はない」という台詞は、少々極端に感じられもした。「だから、まずはやってみて」というニュアンスなのは重々承知なのだが。
色彩豊かなアニメーション表現に練り上げられた上質な脚本と、誰が観ても一定の満足度が得られる高水準の作品となっている。日本では初登場1位は逃したが、絶賛評も相次いでいるので是非多くの観客に観てもらいたい。春休み興行にぶつけられなかったのが悔やまれる。