劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来のレビュー・感想・評価
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映画館で観てほしい映像
原作読了済
映像がとても綺麗でした。無限城の作りはその壮大さや見せ方によりまるで3Dの様でした。没入したいならセンター、IMAXで観ても良い作品だと思いました。
他の方も仰ってますが、映画館で体験すべき映像だと私も思いました。
しのぶさんと善逸さんの闘いはコンパクトかつテンポが良かったと思うのですが、猗窩座戦が多少テンポ悪く感じました。何故だろう。でも気にするほどではなく感じました。
しのぶさん(早見さん)のこういう怒りや焦りのある演技をそんなに観たことがなかったのですが(あってもキャラクター的にそこまで幅がないというか)今回素敵でした。
猗窩座(石田さん)の回想ラストは胸に迫りました。個人的に(あくまで個人です)猗窩座に石田さん合わなくずっと感じていたのですが、石田さんで良かった、と思えました。
小さな感想:
OP曲少し勿体なく感じました。うーん、例えば最後エンディング前にインストゥルメンタルで聞かせるとか(長いとは思うけど、今回エンディング短かったですよね)
DolbyAtomosuで観たのですが私にはあまり上からの音が聞こえなく、必要なかったかなあ。
構成で人を選ぶ
原作未読・前作未視聴の所謂ミリしらの母と、原作にわかの私の二人組で観賞。
「前知識がある方が何倍も面白い」と感じる一方で、知識ゼロでも映像と演出の力で十分に引き込まれる作品でした。
ただし、映像美に対して構成テンポには好き嫌いが出ると思います。
盛り上がる→回想→また盛り上がる→回想といったような構成が気にならない人なら向いています。
「まるでアトラクションのようだった」というクチコミに惹かれ観に行ったのですが、前評判の通り映像は文句なしの最高点でした。凄まじいですね無限城、アニメ制作スタッフの全身を絞り切るような熱を感じました。アニメ映画としてはこの視聴体験で払った鑑賞代の元が取れた気分です。
映像美の他にひとつ強烈に印象に残ったのが、声音も台詞も表情も仕草も、その全てが尋常のものではないキャラクターがいたことです。温和で明朗で慈しみ深いのに精神の根元が奇怪も奇怪、歪も歪。生き物としての軸がズレ込んでいる。神や仏でも救いようのないバケモノのカルト教祖がこの作品にはいました。その内面に迫る場面では、いい意味で思考を掻き乱されるような凄まじい不快感を得られます。
ただし多彩なキャラクター達の超人的でド派手な戦闘シーンの途中で差し込まれる涙を誘うような回想シーン、これがテンポの悪さを齎しています。戦いで気分が盛り上がる→悲劇的な過去が差し込まれて冷静になる、の繰り返しで個人的には疲れるんですよね。映画としてあんまり見ないタイプの構成です。ファンの方からすればこの構成こそがこの作品の持ち味なのかも知れないのですが、上映時間の長さと相まって最後まで集中して観るのに少々苦労しました。BGMにもややあざとさも覚えます。
猗窩座の回想では最重要シーンのはずなのに「まだ終わらないのかな?」「今どのぐらい時間が経過した?」などという倦怠感すら覚えました。最悪なことに、ここでスマホを点灯して時間をチラチラ確認する観客が増えていたように思います。長尺アニメ映画での群像劇回想ラッシュはなんとも難しいですね。
構成の部分で人を選びますが、映像は美しいですし戦闘シーンは文句なしにかっこいい。そういう視聴体験でした。
この映画は2時間半あります。上映開始前の予告時間を含めればもっと長い。飽きっぽい人と尿意が心配な人は座席の端側、尿意コントロールが完璧で熱中できる人はスクリーンの真ん中を陣取りましょう。
楽しすぎた!
アニメーションは綺麗
呼吸を描くということ
あっついあっつい県道を、あっついあっついサドルに尻が触れないよう自転車を立ち漕ぎしながら地元の映画館へ向かった。
場末だが話題作が上映されるとなんだかんだほぼ満席になる。それを見てようやく向こう1年分の存続の心配を隅に追いやることができる。
そんなことはどうでもいい。
本作は人間と鬼の生存競争を描いた納得のアクションアニメ映画だ。
鬼滅の刃の映画を観るのはこれが初めてになる。漫画は三、四年前に完結まで読んだのだが、うろ覚えである。実際、映画を観ていてこんなシーンあったか?と思うことが多々あった。ちなみに私は忘れた頃にもう一度観るのを人生の楽しみとしている。
さて、呼吸の話がしたい。お手持ちの端末からもう少し目線を下げると、自分の胸が見えることだろう。その皮膚と筋肉と骨の下には肺という臓器が埋まっており、これはあなたの生殺与奪の権を握っている。
まだ目を逸らさないで。そこは少し動いているのがわかると思う。上下だか前後だか、どうでもいいがとにかく、動いている。なぜか?あなたが空気を吸ったからだ。観察をしている間あなたの胸はずっと動き続ける(あなたが鬼でなければの話だが)。
外側の空気を内側に入れる、内側の空気を外側に出す、これが呼吸だ。決して刀から水や炎や虫の幻覚が湧き出ることではない。
この映画では呼吸を執拗に描写する。
呼吸を描写するというと難しいことのように聞こえるが、実際難しい。なんだよ難しいのかよ。難しいのだ。無意識の行為を意識的に行うのは、難しいのだ。
上で書いた通り呼吸とは空気の移動だ。空気は基本的に色がついておらず、目には見えない。それでも空気が移動したとわかるのは、モノが動き音をたてるからに他ならない。呼吸をする、胸が動く。蝋燭を吹き消す、炎が揺らぐ。意地汚くもストローを吹けば、飲み物がゴボゴボと音をたてる。こうした表現が、作品の中に空気がありそれが動くことを証明する。
それを、執拗に描写する。
それだけではない。呼吸はキャラクターの演技にもあらわれる。声優の演技ではなく、キャラの動作の話だ。
一度大きく息を吸って、そのまま息を止めて、できるならばその場で前屈を試みてほしい。苦しいはずだ。それはあなたの肺に空気が入っているからである。風船を抱えているようなものだから当たり前だ。前屈する時は息を吐けと体育の先生も言っていただろう。これは不自然な動作だ。
呼吸をしている生物は、呼吸に合わせて動作をする。鬼滅の刃は当然のことを当然のようにやる。気が遠くなるような枚数のアニメーションと、恐ろしいほどそれと一致した音で。
そして、それは鑑賞者の呼吸も左右する。戦闘はとにかく気持ちのいい音と物語の盛り上がり所がわかりやすい音楽でテンポよく進む。間に挟まる変なギャグの間に両隣が姿勢を変える音がする。彼らは生殺与奪の権を握られている。
こうも丁寧に呼吸をされると、もうストーリーとかがどうでもよくなってきて(これはストーリーがつまらなかったことを意味しない)すべてに「納得」してしまう。
ああ、生きているんですね。生きていると、いろいろありますよね。そういうことも言いたくなりますよね。だって生きているんだから。納得しました。もうめっちゃ納得。納得の二文字以外出てこない。
二時間半かけて私は強く納得した。つまり、すげ〜な〜と思った。
エンドロールが終わってコンマ五秒ほどの暗闇の中で、二席隣に座っていた男の子が「すげえ……」と呟いたのが聞こえた。同意である。
泣きっぱなしでした
未だかつてこれほどまでに完成されたアニメ映画があっただろうか
回想こそが本作品のメインなのでは?
人により感想は様々あると思いますが、
そもそもこの作品は登場人物それぞれの
経緯ありきだと思ってます。
現代のアニメーション技術ならば、
派手な戦闘シーンはいくらでも表現できますし、
本作を観たらその点は十分だと思いました。
勿論、スタッフさんの技術と努力の結晶なので、
さぞ苦労して生みだされた作品だということは
作品を観て頂ければ皆理解できると思います。
敵味方それぞれの背景は美しく描写されており、
その都度涙を流しました。
なので個人的には本作品は満点です。
回想が多いと思った方にむしろ問いたいです。
本作品に求めているのは、
迫力のあるバトルなのか、
登場人物各々のストーリー描写なのか。
大半が原作を知っておられるでしょうから、
その上で批評すべきではないか、と。
ともかく無限城編の第2部を楽しみにしています。
期待を裏切らない映像美&ストーリー
三部作の1番目だから、仕方がない。
いや、もう…ほんとにありがとう…
上映時間155分と聞いて猗窩座ラストまでと事前にわかった!
ufotableさん、今回も愚直に丁寧に丁寧に精緻に作ってくれてありがとうございます!
普段はあまりレビュー書き込みをしないのですが、「回想シーンが長い。テンポが悪い」とか「上映時間が長い」等のコメントが見受けられたので 私なりの解釈を。
鬼滅の刃アニメ版は どの編も 原作1話を8.5分~10分配分で作っているようです。
(但し 柱稽古編だけはアニオリ多く例外♪)
◼️劇場版無限列車編 上映時間 117分
原作54話(7巻)~ 66話(8巻) 13話分
117 ÷ 13 ≒ 【9分】
◼️劇場版無限城編第一章 上映時間 155分
原作140話(16巻)~ 157話(18巻) 18話分
155 ÷ 18 ≒ 【8.6分】
◼️遊郭編 原作1話分≒ アニメ【8.5分】
◼️刀鍛冶の里編 原作1話分 ≒ アニメ【8.5分】
野暮な 計算式など如何なものかと思いつつ、数値で示すことで「最適解」でつくられていることが自分なりに理解出来ました。
「長めの回想シーン」も省略することなくいつも通り原作準拠で作ってくれているし、「長めの上映時間」も区切りが良いように猗窩座編ラストまでとしてくれた。「映画としてのテンポ」という視点は自分にとっては 全然、優先度低いです。(というか鬼滅の刃に関してはスコープ外。遊郭編ラスト+刀鍛冶の里編1話のTV版劇場上映だって遜色なく楽しめます♪) そもそも、そんなにテンポが悪いとも思いません。
とにかく 綺麗に映像化してくれたことに今回も感謝の気持ちでいっぱいです!
追記
それよりも 原作1話≒アニメ9分配分で続くとなると第2章はそれこそ 「黒死牟編」が途中でぶつ切りにならざる得ないので どう仕上げてくるのかな~?と今から楽しみです。
ワンチャン、
原作第157話から、黒死牟編ラストの第178話までの22話分を 200分で一気にやる選択もあってもいいのでは?(1話≒9分×22話分≒198分)
200分=3時間20分は、アニメ以外なら(タイタニックとか)実例もあることだし。
※知っていても、しのぶさんのシーンはショック💦
しのぶさんの舌打ちがとても印象的だった😭
(原作では無かった?! 日輪刀を触る音「チャッ」っていうシーンはあったケド)
映像は本当に凄い
感情移入しにくい気がしてしまった…
原作を読んでない状態で「鬼滅の刃」を観ている。
なので、どんな展開なのか全くわからない状態で、今回の映画も観た。
映像は確かにすごいのだと思う。
あの世界観を示すために、CGがふんだんに使われていて、映像はとても綺麗だと感じられた。
普通に観ても綺麗だと思うし、漫画ファンなら、「あれがこんな表現に!」と喜ぶところもあったりするのかな、と思った。
一方で、入り込めない部分もあった。
まず、これまで放映された鬼滅の刃全体的にも思うのは、状況の説明や心の中の説明といった「ト書き」が長いと感じていた。
それはそもそものこの作品の特徴なので、受け入れるべきだと思うのだが、今回の映画では、回想シーンも長いと感じた。
戦闘シーンの途中に回想が入るが、それが長いので、原作を読んでいない人間にとっては、メインの戦闘シーンの繋がりが希薄になり、ストーリーが切れ切れに感じられた。
回想シーンが終わって戦闘シーンに戻った時、「そうそう、この闘いの途中だった!」という感じ。
その影響なのか、回想シーンにも感情移入しにくく、「泣けるよ」と言われていたのに、ほとんど泣かなかった。
無限城の広さを示すために、城の中を動き回る視点があるのだと思うのだが、その時間も長い気がした。
この先のストーリーを知らないから、あと2回でどんな話になるのだろうと期待もあるのだけど、もし同じテンポで進むのであれば、次回以降も映画館での時間が長く感じてしまうかもしれない。
この長く感じたところを少しずつ短くして、計2回の作品にしてくれると、最後までの待ち時間も短くていいけどなぁとも思うのだけど、ファンの人たちはどうなのだろう?
作品への思い入れの違いで感想は変わるだろうとは思う。
もし続きが今後1年ごとに発表されるのだとしたら…
今回は直前に一気見したから、モチベーション保って観れたけど、今後最後までついていけるのか、少し心配になってしまった。
護る対象を蔑ませ続けた、鬼舞辻󠄀無惨の罪深さ
原作既読のファンが大半なので「ネタバレ」を気にせず書きます。
原作未読の方は映画鑑賞後にお読み下さい。
+ + + + +
1. 煉獄パイセンとの因縁
無限列車・編同様、本作も後半がエモかった。後半の主役はあの猗窩座(あかざ)。煉獄杏寿郎の責務の全した生き様に感動すればする程、憎くて仕方ない仇敵。「強さ」に拘泥する上弦の参は、相手が鬼殺隊であっても戦闘力を褒め称え、鬼になればもっと強くなれると執拗に勧誘する。ただ炭治郎が怒った様に、家族や仲間を殺した鬼達を抹殺し、世の人々を恐怖から開放したい鬼殺隊にとって、最大の「侮辱」だった。
👹
2. ヤングケアラーだった猗窩座
しかし、猗窩座(狛治)の生い立ちを知ると、鬼舞辻󠄀無惨の罪深さを思い知る。猗窩座にも幼少期から素養はあった。病弱で働けない父の代わりに稼ぎがねばならない事情はあっても、スリや強盗など暴力的な犯罪に罪悪感がなかった。何度もお縄になる息子を憂いて、負担にならないように父が自害したのなら、狛治の行いの報いとも言える。師匠と許嫁の毒殺に於いて、狛治は完全に被害者だが、報復として恐らく毒殺の関与していない者まで皆嬲り殺しにしたのは、ヒトとして一線を超え過ぎ。鬼舞辻󠄀無惨が自分の管理下にいない鬼が居たのかと、勘違いしたのも頷ける。
とは言え、狛治は鬼になるか否かを選択する余地を与えられていない。無惨が強制した「血」に体質的に耐えてしまっただけ。しかも、鬼化して「強さ」を求めた動機を忘れてしまう。本来は、父を食わせる為に身に着け、師匠によって武道として鍛え上げられた戦闘力。毒殺で汚されなければ、鬼化しなければ、許婚を護る以外には乱用せずにいられたかもしれない。無惨の「血」が毒に頼った卑怯者への怨念を増強させ、「弱き者」が護るべき対象から蔑む対象に変わってしまった。
覚醒した炭治郎に頸を落とされ、初めて完敗を実感した猗窩座は、自分を取り戻せて幸せに見えた。父を護りたかった事、本当は師匠に感謝していた事、そして許嫁に初めて男として愛された事...。人は思い出だけでは生きていけない。でも、鬼として何百年生きたとしても、自分を愛した人を忘れる程の価値はない。
⚔️
3. 炭治郎なら「暗黒面」に落ちない
Star Warsを観る度に無理問答に感じるのは、Jediは憎悪や殺意が高まりすぎると暗黒面(Dark side)に堕ちてしまうという設定。だから、LukeもReyもラスボスに、「自分を殺せ」と憎悪を高めるような言葉を投げかけ、暗黒面に取り込んで仲間にしようとする。でもこれって、無理問答の極み過ぎへん? 暗黒面にどっぷり使ってる仇敵は、こちらに殺意を抱きまくり。でもJediは、仲間のレジスタンスを殺した最強の仇敵を、恨んではいけない、殺意を持っていは駄目って、バランス悪過ぎへん?
でも、炭治郎が父の教えから導き出した明鏡止水な境地は、Jediの教えそのもの。自分や仲間の命を脅かす脅威には対処するが、必要以上に相手を恨んだり、むき出しの怒りを誇示しない。鍛錬で身につけた反射神経に全てを託して、考える間もなく小脳で反応する。その達観に、猗窩座との戦闘中に至ってしまう炭治郎ってば凄すぎるんだけど...若干、劇的過ぎて漫画的な御都合主義にも見えてしまった。伊之助とのエピソードも後付ではなく、柱稽古の辺りで伏線的に描いておいてくれると、尚自然だったのかもしれません。
全1633件中、1181~1200件目を表示
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