劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来のレビュー・感想・評価
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作品としては素晴らしいけど
映像や声優さんのお芝居も素晴らしいけど
無限城のクオリティよりキャラの掘り下げや
アニオリやギャグをもっと見たかった。
ほぼ原作どうりでドキドキ感がなかった。
最高の時間でした!
先ずは何と言っても美し過ぎる映像。
ufotableさんの作画と演出は昔から好きで、冒頭から少し経ち無限城に描写が変わり柱達が移動してる時の疾走感と、漫画では伝わりにくい無限城の迷宮感を見事に表現しているなと感嘆しました。
その時にOPも流れて見事にマッチしていて恐らく誰でもワクワクし興奮する瞬間だったのではないだろうか。
色んなレビューを見ていて今回の映画で回想シーンが多くテンポが悪いと仰る方も居ますが、鬼滅の刃の醍醐味であり大事な部分なので致し方ないと思います。
じゃあ戦闘は少ないかと言えばそうでは無く、アニメを見ていて楽しめてる方であれば最高に幸せな時間を得られるでしょう。
ハッキリと断言出来るのは映画を観ないと言う選択を取るのは後悔すること間違い無し!
31日にスクリーンサイズの大きいIMAXレーザーが有る映画館でまた観に行かせて貰いますが凄く楽しみなぐらいです!
末筆になりますが無限城編の始まりとしては最後の終わり方も良く、いつも以上に泣いたり興奮したり少しコミカルな場面が混じって癒されたり終始あちこち感情が動き回って大変でした(笑)
原作未読者は微妙な結末
テレビシーリズの「柱稽古編」ラストから続く展開。当然、テレビシーリズを押さえてなければ面白さは半減してしまいます。無限城に落とされた鬼殺隊、鬼舞辻無惨以下鬼達との最終決戦となります。
鬼滅の刃一番の肝は、登場人物の過去にまつわる話。その体験を抱えながら現在を過ごしている。この過去のエピソードにより、ただのバトルシーンに重み、深みがでます。胡蝶しのぶ、善逸、それぞれの過去のエピソードからの因縁。前半は十分盛り上げてくれます。そしていよいよ猗窩座の登場。煉獄杏寿郎の敵です。ど迫力と鮮やかな映像となります。そして猗窩座の過去エピソードとなります。しかし、しかしこれが何分微妙。原作読者は知っているエピソードなので受け入れるでしょうが、未読者からすると残虐な鬼、猗窩座が病の父親を支える為に悪さをしていたというのは少々弱い。更には、善人とめぐり逢い、女性からも慕われる。それを全て失くして鬼となった。うーん。「遊郭編」堕姫のエピソードと比較してもインパクトが無い。そして、結末は自己破壊。これは盛り上がった分、盛り下がり感は否めません。原作ありきなので仕方ありません。次回作に熱い展開を期待。もしかすると劇場版終了後、テレビシーリズの展開でもう少し深めるかもしれません。
鬼滅の刃【無限城編】アカン!最高!
戦闘シーンは呼吸すら忘れるほどの迫力!
「俺はしゃべるのが嫌いだから話しかけるな」
▼感想
映画館で鑑賞!
鬼滅の刃は原作漫画は全部読んでいて、無限城編は特に好きだから楽しみにしていた!
冒頭から作画がすごい!無限城で柱達がモブの鬼を切り捨てるだけでもずっと見てられるような神作画。この後の上限達との戦いはどうなってしまうんだろう…!と期待がどんどん高まっていった。全編通して無限城の映像がすごくて、物語を大いに盛り上げたし、終盤とかは別のSF映画を見てるかのような没入感だった。
今作の一番の盛り上がりは炭治郎と義勇VS猗窩座。まず、主人公と兄弟子が力を合わせて宿敵と再戦するというのが少年ジャンプしてて最高!このシーンの作画は期待以上で特に義勇がかなりカッコよかった!無限城を縦横無尽に駆け回り戦う三人は、思わず呼吸を忘れるくらい迫力があった。
作画だけでなく、声優もすごい!鬼滅の刃は声優陣の熱量にいつも驚かされるけど、今作で特にすごかったのは胡蝶しのぶ。しのぶの声からこの戦いにかける思いがビリビリ伝わってきた。しのぶと戦う童磨もサイコパスな感じで声がぴったりだった。漫画を読み直しても童磨のセリフは宮野真守の声が脳に流れてくる。
回想シーンが多くて少しテンポが悪くなったのは否めないが、鬼滅の刃は回想シーンも大切だから仕方ない。過去や軌跡が鬼殺隊の力になり、鬼の救いになる。むしろ、テンポを重視するために回想シーンを省いたりしなくて良かったと思う!
果ての見えない無限城…でも、物語の終わりは案外遠くはない。次の死闘もこのクオリティで見れるのが楽しみ!
▼お気に入りのシーン
義勇と猗窩座が戦うシーン!
義勇は特に好きなキャラクターの一人だから、今作では見せ場が多くて嬉しかった!
めちゃくちゃよかったです
シートジャックで家族で観ました
あっという間の時間でした
たくさんの人がいすぎてポップコーンに30分も並んでびっくりな人の多さ
内容はすごくよかったです
映像
音楽
展開が好きでした
なんだかドキドキしながら見ていてポップコーン食べる暇なかったです
1番最後のところ猗窩座の思い出すところが好きです
とにかく面白かったです
鈴なりの映画館を作ったこと、そのことが価値。鬼滅の勝ち!
3連休最終日にIMAXで鑑賞。公開初日の予約が始まった朝、IMAXの空き状況をチェックしたらもう前方の3列にいくつか空きがあるくらい。どのシネコンも4つか5つのスクリーンを使って30分~40分おきには上映が…。そして、飲食売店は見たこともないような長蛇の列!
こんな現象を創出したことそのものが「鬼滅の刃」という作品の価値。
評価も上乗せせざるを得ないので、鬼滅の勝ち!
実際、終盤に入るまでの展開は時間を感じさせないくらいに面白くて、体感90分が45分でちょうど半分くらい。だけど、原作リスペクトが過ぎるのかな?って思うくらい猗窩座の回想シーンは長かった。
(原作リスペクトの真偽はわからない。アニメは1期の初回からリアタイではなくてもいの一番に観ていて、アニメから入って好きになった作品は、原作は読まずにアニメを待つ派なので、読んでないからわからないのだ)
テレビシリーズなら、その回1回とか2回を丸々回想にされても気にならないし、物語に深みが出るからそれがいいし、それが鬼滅の特長だし鬼滅らしさだと思っていて…。おそらく原作もそういうパートが長いとしても、3週とか4週(もっと?)は漫画の連載っぽいし、読み手が好きに間を取れるので、それでいいんだと…。でも、それを映画で再現されてしまうとちょっとキツイ。原作を少し変えてでももう少し映画らしい構成にできたんじゃない?との思いはどうしても拭えないのです。
無限列車編のように、フジテレビがテレビ用に分割して放送したら全然気にならない気がしています。(無限列車編は話がシンプルだったので、映画としても最高!☆5っす)
何はともあれ、このクオリティで仕上げた制作陣は本当に素晴らしい仕事をされたと思う。次回次々回も楽しみ…ですが、完結まで、どのくらいの月日がかかりそうですか?
原作読まずにアニメでの完結を見届けたいけど、こちらの寿命との戦いにならないことを願っています。
泣いた、ただ無限列車は越えられない
『鬼滅の刃 無限城編』を観て――
映像クオリティは間違いなく最高峰。アクションの迫力、映像美、グロテスクさや不気味さの表現に至るまで、やはりufotableの実力は圧巻でした。冨岡義勇 vs 猗窩座 の戦闘は、バトルも演出も完璧で、猗窩座の過去回想も重みがあり、人間としての背景が深掘りされたことで
まさに映画の見せ場として100点の仕上がりでした。
しかし一方で、全体構成としてはかなりバランスが悪い印象を受けました。特に残念だったのが、しのぶさんと童磨のパートです。しのぶの覚悟、胡蝶の死、毒の策略…ここぞ、深く丁寧に描いてほしかったのに、物語の中ではさらっと流された印象で、カナヲによる決着までが描かれなかったことに強い物足りなさを感じました。
個人的に残念だったのは、冨岡義勇との関係性もあまりに軽く処理されていたこと。
アニメでは繊細な距離感ややり取りが積み重ねられてきたからこそ、
彼女の死に対する“義勇の思い“には大きな期待と覚悟がありました。
この関係性を簡単に受け流して次へ進むには、あまりにもあっさりしすぎていて、心の置き所が見つかりませんでした。
しのぶもまた、鬼殺隊の柱であり、鬼滅の刃という物語を支える重要な主人公の一人です。
これはCPとして好きという私情もありますが、それ以上に、“彼女の死”物語にとってどれほど重要な出来事かを思うと、あまりにも軽く処理されてしまったのは、本当に惜しかったです。
【 回想シーン 】
さらに気になったのは、その他のキャラクターたちの回想シーンがとにかく多く、長く、結果的に全体がごちゃごちゃしてしまったことです。ひとつひとつのエピソードが悪いわけではないのですが、エピソードを無理やり1本の映画に詰め込んだことでテンポが悪くなり、感情移入しきれない場面もありました。
原作を知っているからこそ、もっと感動したかったし、もっと泣けるはずのシーンが多かった。でも、焦点が散っていて、ピークがどこなのか見えにくい。その結果、映画としての完成度はどうしても無限列車編には及ばなかったと感じました。
個々のシーンのクオリティは申し分ない。でも映画としてひとつにまとめたとき、やや雑然としてしまったことが本当に惜しい――そんな感想です。
…などと色々言いましたが、それでもあと5回は映画館で観たいです。特に猗窩座と恋雪のシーンは、何度でも堪能したいと思わせてくれるほど美しかったです。
回想あってこその「鬼滅」
評価難しい
『鬼滅の刃』に見る人間の有限性の美学 ―死・老い・傷を慈しむ物語の普遍性と受容の構造―
要旨
本稿は、人気漫画・アニメ作品『鬼滅の刃』における死・老い・傷の描写を通じて、人間の有限性を肯定する物語構造を読み解くものである。現代においては、テクノロジーや資本によって死や老いを克服しようとする思想が広がる中で、本作はそれらを否定するのではなく、むしろ人間らしさの証として慈しみ、美しく描いている。独自の批評視点と既存の研究・批評を統合しながら、本作がいかにしてこのテーマを自然に、かつ広く受容される形で提示したのかを考察する。
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序文
『鬼滅の刃』の世界的な成功は、その物語構造やテーマ性の豊かさに起因している。中でも注目すべきは、死・老い・傷といった「人間の有限性」を、否定すべきものではなく、むしろ人間らしさの証として描いている点である。本稿では、こうしたテーマがどのように物語に織り込まれ、なぜ多くの読者に自然に受け入れられたのかを、文化的背景や他作品との比較を交えながら論じる。
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主要分析
死:関係性の継続としての死
『鬼滅の刃』において、死は単なる終焉ではなく、感情の継続と遺志の継承の場として描かれる。炭治郎や煉獄杏寿郎は、死者の言葉や想いを胸に戦い続ける。これは、日本文化における死生観、すなわち死者との関係性が継続するという思想と深く結びついている。石井研士は、死者が生者に語りかける描写を通じて、現代日本人の死後観が自然に表現されていると指摘している(石井, 2021)。
老い:衰退ではなく導きとしての老い
老いについても同様に、衰退ではなく導きの象徴として描かれる。鱗滝左近次や産屋敷耀哉といった老いた登場人物たちは、戦線を退いてもなお、若者を導く存在として尊重されている。これは、現代社会における老いの否定的なイメージとは対照的であり、老いを知恵と経験の蓄積として再評価する姿勢が見られる。
傷:欠損を誇りとして描く構造
また、傷や欠損は、弱さや欠陥ではなく戦いの証、誇りの刻印として描かれる。たとえば、煉獄杏寿郎は瀕死の重傷を負いながらも最後まで戦い抜き、その姿は誰よりも誇り高く、後進たちの心に生き続ける。嘴平伊之助の身体には育児放棄や過酷な環境に由来する無数の傷跡が刻まれており、その過去を隠すために常に猪の頭を被っているが、物語が進むにつれて彼は仮面を外し、弱さを見せながらも成長していく。さらには、栗花落カナヲが片目を失う描写や、胡蝶しのぶの身体に鬼殺の毒を仕込んだ“生ける棘”としての存在など、傷ついた身体そのものが、物語上の意味と覚悟を象徴している。
これらは単なるビジュアル上の特徴ではなく、キャラクターの「物語的体験」と「倫理的選択」が刻み込まれた証として機能しており、欠損こそが人間らしさや尊厳の源泉であるという価値観を提示している。これは、「完全性」や「無傷性」を理想とする現代の価値観への静かな批判としても読める(成馬, 2020)。
文化的対比:欧米的死生観との補足的比較
欧米文化においては、キリスト教的価値観を背景に、「死」は神による裁きの入口、「老い」は管理と孤立の問題として捉えられることも少なくない。その一方で、たとえばハリウッドの映画やドラマでは、高齢者や障がいを抱えるキャラクターが、自己決定と尊厳をもって生きる姿もよく描かれており、日本的な「滅びの美学」とは異なる形で有限性への向き合い方が提示されている。ただし、現代のグローバルメディア全体では、「若さ・完全性・健康」の過剰な価値づけが優勢になりがちであり、そうした流れに対して『鬼滅の刃』が静かに逆行している点は際立っている。
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受容の構造
『鬼滅の刃』がこのような重いテーマを描きながらも広く受け入れられた理由は、いくつかの要因に集約される。
1. 物語の感動として包み込んだ構造
死や老い、傷といったテーマは、哲学的に語られるのではなく、キャラクターの行動や感情を通じて自然に描かれる。読者はそれを「感動」や「共感」として受け取り、深いテーマ性に気づかずとも心を動かされる。
2. ジャンルの力と語りの柔らかさ
少年漫画というフォーマットに乗せることで、重いテーマが軽やかに語られる。戦いの中に優しさがあり、勝利の中に喪失がある。このバランスが、幅広い層に受け入れられる要因となった。
3. 時代との共鳴
コロナ禍という時代背景の中で、人々は死や命の脆さを日常的に意識していた。『鬼滅の刃』は、そうした不安に対して、死を否定するのではなく、受け入れ、意味づける物語として機能した。
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美学
筆者が特に注目したのは、死・老い・傷を「美」として描くことの勇気と繊細さである。これらは通常、避けるべきもの、克服すべきものとして描かれがちだが、『鬼滅の刃』はそれらを人間らしさの証として肯定する。この視点は、現代の「若さ至上主義」や「生産性信仰」に対する静かな抵抗であり、人間の不完全さを抱えながら生きることの尊さを語る物語として、非常に現代的かつ普遍的な価値を持っている。
ただし一方で、その「美化」が逆に現実の死や老い、障がいの持つ苦しさを隠してしまうという批判も成り立つかもしれない。あくまで虚構内の美しい象徴性としての「有限性」であり、現実との距離感は慎重に見極める必要もある。
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結論
『鬼滅の刃』は、死・老い・傷といった人間の有限性を、否定するのではなく、むしろ人間らしさの証として慈しみ、受け入れることの尊さを描いた作品である。これらのテーマは、物語の感動やキャラクターの魅力として自然に表現されており、読者に押しつけることなく深い共感を呼び起こしている。現代社会において、死や老いを忌避する傾向が強まる中で、本作は静かに、しかし力強く「有限であることの美しさ」を語っている。これは、ジャンルを超えて普遍的な価値を持つ物語であり、今後も多くの人々に読み継がれていくであろう。
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References
• 石井研士. (2021). 『鬼滅の刃』から見た現代日本人の死後観. 東洋英和女学院大学紀要, 19, 51-68.
https://toyoeiwa.repo.nii.ac.jp/record/2000099/files/SN-N19_P51-68.pdf
• 成馬零一. (2020). 『鬼滅の刃』のテーマとはなんだったのか? Real Sound.
https://realsound.jp/book/2020/05/post-553802.html
• 斎藤環. (2021). 『鬼滅の刃』論と神学的視点. note.
https://note.com/sagtmod/n/n5d0a1ea7cd6f
凄すぎて目がまわる!
激しい戦闘、仲間との悲しい別れ、敵の良心の気付き。より一層過酷な戦いに向かって行く。
とても良いと思います
久しぶりに、映画館に熱気が
込もっていて、なんかとても良かったです。
それだけ老若男女の
お客さんを呼べる作品だという事で
それだけでレビューは星5ですね。
内容に関しては、今までのクオリティを落とす事無く、期待通りでした。
色々思うことある方も、結構多いみたいですが、私は3部作の1作目なので、これでいいのではないかと思います。
ただ楽曲だけ、もうひと頑張り欲しかったですね。
2部、3部も期間をあまり開けず
上映して欲しいです。
2回行きましたが2回とも泣きました。
7/20(日)に友達と見に行きました。
上映記念のTVアニメ再編集版を見て復習して臨み猗窩座再来というサブタイトルなのでいつ出てくるかなとワクワクして見に行きました。
柱や炭治郎、伊之助、善逸の視点を行き来したり、胡蝶や善逸は宿敵との邂逅で今までの伏線が回収されたりと猗窩座へ到達するまでの見どころもあり、複数人の隊士で下弦級の鬼を討伐するなど柱稽古編の成果をみることができました。
猗窩座戦では今までの戦いや修行で得た対処力、技の精度で猗窩座に引けを取らない戦いを繰り広げるなどより一層成長したことがわかりました。
何よりも良かったのが猗窩座が過去を徐々に思い出すところや首を切った安堵感からのまだ動き続ける体の絶望感、そして猗窩座が小雪に何度も謝ったあとの「おかえりあなた」は涙無しには見れません!
獪岳戦後に生死の境を彷徨う善逸が川向うのじいちゃんに色々謝るけど「お前は儂の誇りじゃ」と泣きながら告げた所は今まで努力してきた善逸が報われた瞬間だったと思います。
童磨戦で胡蝶が敗北直後にカナヲが駆けつけこれからどうなるんだ!?という次回作への期待感があり155分という長さでありながら全く時間を感じさせない内容で一時も目が離せませんでした。
7/21(月・祝)に今度は姪っ子連れて見に行きました。
同じ内容で展開は分かっているにも関わらず猗窩座の回想ではやはり泣けました。無限列車編に続き神映画だと思います。
どんな作品でも賛否は別れます。でも僕はおすすめしたい作品です。
自分はやっぱりワンシーンの長尺には何度も一瞬の睡魔が(-_-;)
作画の緩急
日本に生まれ、この作品に出会えて良かったとつくづく思う。
劇場版「鬼滅の刃」としては2作目の「無限城編」の第一章です。なんと全三章構成とか!
前作の「無限列車」はもちろんですがアニメのTV放送もほぼ全てリアルタイムで閲覧して臨む最終決戦なので、私自身、気合いのノリも全集中常駐です!いったい何の呼吸かは良くわかりません・・・あえて言うなら睡眠時無呼吸です(笑:CPAPで治療中)。
物語も佳境なので、ストーリーに触れると無意識にネタバレアラートが鳴っちゃう状況!なので必死に口を覆いながら感想を申し上げるのですが・・・はっきり言って「日本に生まれ、この素晴らしい作品にリアルタイムに触れることが出来て本当に良かった!」と申し上げたいです。
まず、日本産のアニメなんで世界最速で封切りに立ち会えるってこと!日本生まれの日本育ちにとって当たり前のことですが、この幸せは本来もっと感謝しなければならいことですね。
また、海外産のとってつけた様な吹き替え(失礼)でなく、世界に誇れる日本の声優であり名優の方々が心血注ぎ、役作りの土台から築きあげたような存在感に満ちた迫真の演技を、その細やかで微妙なニュアンスも含めて日本人として正面から受け止めることが出来たということ。なんという僥倖!
特に「蟲柱、胡蝶しのぶ」の怒りの演技は本当に凄まじかったです。実は彼女のTVシリーズの登場時からその状況が密かにずっと続いていたことに今になって漸く気づくという鈍感さが情けないです・・・。
あと、「鬼」についての基本概念の理解の深さは、日本人の独特の曖昧な宗教感(多神教がベース)がないと、その複雑な部分は決して味わえないでしょう。鬼は西洋でいうdemonの様な絶対的な悪の化身・・・とは言い切れず、逆にむしろ人間の所業が時に悪魔に近しいこともあるということを、猗窩座のパートで痛感することになりました。
この様な傑作に出会えてなかなか感情が収まらず、考えもまとまらず・・・やっとこのサイトに投稿できた時点(7/29)で、既に800以上のレビューとはこれまた凄いことです。
ぜひぜひ、ご鑑賞を。一緒に魂揺さぶられて泣きましょう!
全1349件中、781~800件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。