「構成がひどい」劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来 160160さんの映画レビュー(感想・評価)
構成がひどい
本当にもったいない。
神作画に名演技、予算と労力がかかっているのはよくわかるし、原作『鬼滅の刃』も重厚なストーリーに緻密な舞台・人物設定と素晴らしい。
それだけに、このテンポ感の悪さが本当にもったいない。
体感3分切りあったら15分くらい回想が入って、3分戦闘シーン、15分回想……とほとんど会話劇だ。
あまりの歩みの遅さに、1時間半経過時点で私は席を立った。
誤解を招かないように言及するが、ストーリー自体は悪くない。
原作漫画では回想のお陰で敵も味方も奥行きがよくわかるようになっていて、読者の様々な感情を喚起した。
ちゃんと原作はすべて読んでいるので、そこはわかっている。
だが、いくらなんでも忠実に映画化しすぎる。
剣戟アクション映画を見に行って8割会話劇を見せられたら、期待外れに感じるのも無理はないと分かっていただけるだろうか。
映画と漫画では文法が異なる。
漫画の一コマは時間が止まっていて、全ての視覚情報が並列に飛び込んでくるので、剣戟の隙間の刹那に大量のセリフと思考を巡らせても不自然ではない。
だが、映像作品はそうもいかない。
視覚情報だったセリフや思考は全て音声として起こす必要があり、剣で切りつけるたった一瞬にセリフを唱えなくてはならない。
そのまま起こしたのではもっさりするのも当たり前なのだ。
そう考えると、柱稽古で圧倒的な補完をしてのけた制作陣なのか疑わしくなるほどに、「原作漫画に忠実」なのだ。
戦闘シーンも漫画で描かれているくらいで、あまり追加の表現があるように感じられなかった。
もちろん作画コストの関係が大きいのだろうが、なんだか戦闘シーンはさらさらと進め、回想シーンをじっくりやっているように感じられる。
それはなぜかと言われれば、この漫画の主人公・竈門炭治郎を登場させるには、炭治郎&義勇vs猗窩座戦まで話を進めなくてはならないからではなかろうか。
今回の映画のタイトルは『猗窩座再来』だが、件の上弦の参がスクリーンに現れたのは、劇場が暗転してから約1時間半後のこと。
広告などもあったから正確な時間はわからないが、2.5時間の作品でほぼ半分が経過するまで敵役が一切画面に映らないのだ。
さすがに無理があるのでは。
つまり、私は「映画にするなら童磨戦、カイガク戦までで作品にはなった」ものの、
①無限城編は長く、3分割以上にすると客が離れる。
②特に前半の猗窩座戦までは描写が細かく絡み合っており、下手に切るとそのたびにあらすじを挟まねばならず、さらに冗長にならざるを得ない。
③主人公人気が著しい作品で、主人公の戦闘シーンが山場にないと知られると、興行収益が見込めない。
④だが、前述の通り前半戦は複雑に戦況が絡み合っていて、猗窩座戦の前には童磨戦前半を終わらせねばならない。
これらの理由から、上映時間150分超えの長編にすることが強行されたのではないかと疑っている。
潔く、30分アニメにしておけばよかったのにとも思うが、やはりこちらも放送枠とかの問題で難しかったのではないか。
鬼滅の刃自体は悪くない。
だが、結果として壊滅的なテンポ感を神作画と名演技で誤魔化すような子供騙しに仕上がってしまったように見受けられるのは、大変残念である。
今回は『鬼滅の刃』のネームバリューに救われただろうが、第二章以降の興行収益がどうなるか。
少なくとも私はもう見に行かないだろう。
柱稽古編の補完については、原作は
ほんの数コマずつなのもあって、物語の根幹にはほとんど関わらない部分です。
だからこそファンブックの内容や、モブ隊士達の様子、覚悟をいい尺で描いてくれてます。
ただこの無限城編は、いろんな場所でいろんな隊士が活躍していくラスボス前ダンジョン攻略戦です。様々な場所で様々な戦闘が繰り広げられるので、柱稽古のようにはいかないんですよ。その中でも、ユーフォさんはモブ隊士への活躍を増やしたり、善逸戦の戦闘シーンを盛ったり、しのぶさんの技のエフェクトに力を入れたりとたくさん拘ってくれております。
構成がもったいないと感じる方の気持ちも分かりますが、とはいえ、原作上、猗窩座戦がないと主人公のいない映画になりますからね。猗窩座戦カットなんて映画でするのは無茶です。
かといって、童磨戦や善逸の戦闘を2部に持っていくのもキツイのではないでしょうか? 原作は、時系列を意識していますから、構成を大きく変えるとどうしても矛盾が生じてしまいます。かといって、演出を加えると大事なシーンがカットされることにもなってしまう。善逸の戦闘シーンをカットされたり、童磨戦のしのぶさんの怒りが薄まったりしてしまうと、ドラマ性が失われ魅力が激減すると思います。
ユーフォさんとしては、テンポの悪さや原作通りすぎて「手抜きしたんじゃ?」と思われるのを覚悟した上で、原作と本気で向き合った作品を提供したのだと私は思ってます。
映画と漫画では文法が異なる、というのはまさにその通りで、ジブリ作品(特に初期)なんかは映画として思い切り感情を委ねられる作りが徹底してましたね。
でもufotableもそんなことは百も承知なはずで、それでもこの手法で描きたかったものって何なんでしょうね。レビュー主さんはテクニカルな分析をされてますが、私は三部作を最後まで見届けた時に、その意味がわかるような気がしています。なので、ここで見限ってしまうのはそれこそ「もったいない」かな。
レビュー者がコメントを受け付けている限り、賛同したり反論するのはオッケーなはずなのに(ただし規約違反はダメよ)、それに対して煽りや馬鹿にした発言をしている方が約1名‥
各々の評価を否定するのはやめて欲しいです。もっと感情的にならず、レビュー者に対してのコメントをして欲しいものですね。
あと一番ダメダメなのが、映画観てないのにコメントしている方。コメント残す資格はないです。
最後にこのレビュー者へのコメントとしては、あなたの感性に響かなかったんだなぁって、ただそれだけです。
残念ですが仕方ないことです。
一方私はめちゃめちゃ響きました。プライベートの都合でまだ2回しか見てませんがまた行きますよ。何度も観たいシーンがあるので!
楽しみがあるって最高ですよね?
原作から滅茶苦茶戦闘シーン盛られてましたよ!?
まず原作だと童磨以外はそれぞれの戦う場所がお座敷みたいなところだったのが、ufotableの頑張りで縦横無尽にキャラクターが暴れられるくらいに広くなったことで、それぞれの呼吸の技が映えて見応えがありました。
テンポの悪さに関しては概ね同意しますが、最初から三部作と分かっているので、この映画一本だけで決めるのはまだ早計だと思います。
ありゃま~ココも生粋の鬼滅の刃ファンからの被害が顕著やなぁ🌀
アレか、君達は暇なのかい?
アチコチでこの手のレビューを梯子してる様子だけど😆
マ王が確認した限りではポジティブなレビューに悪態ついてるアンチなファンが見当たらないけど🤣
アンチファンはお行儀がよろしいみたいで✨
さてとお行儀の悪いマ王だからしてファンに質問があるのよ✋
もしもの話ね。
師匠と恋雪が毒殺されて闇堕ちした狛治がその手前で恨み辛みを捨ててでも踏ん張れたらと思うと、どれだけ後の話かは解らないけど幸せになる道があったかもしれない、とは考えなかった?
もう一つ、亡くなった師匠や恋雪は狛治に果たして仇を打って欲しかったのだろうか?
敵対してる道場に乗り込んで相手を殺すのを望んだのだろうか?
マ王は殺された立場なら殺すまでは望まない。
何故なら愛する人に殺人という大罪を犯してほしくないからね。
因果応報という言葉の通り、必ず悪事というのは己に返ってきますから本来、わざわざ自分の手を汚す必要は無いのね。
鬼滅の刃の多くの鬼はバックボーンが不幸だが、その不幸を乗り越えた先に真の幸せが待ってるかもしれないのに、決まり事かの如く鬼舞辻無惨の甘言に負けて魔手に堕ちるのよ。
最後に本当の「敗者」になってしまった末路が鬼。
他人を食さなけらば生きていけない鬼は、鬼になる前から続く敗者の延長上の存在よ。
そんな鬼の描写だからこそマ王は、鬼に感情移入なんて出来ない。
鬼滅の刃は面白いマンガだけど、悲惨な目に合ったら鬼になっても仕方無い(不幸からの逃げ道として犯罪を肯定している。例えば闇バイトとか)という解釈が生まれる可能性だってある。
最終的に誰かに罰っしてもらえば罪は浄化されるって宗教に近い考え方だと思うのよ。
でも罪を赦すのは人であり赦すのも人それぞれ。
赦されない罪だって実際にある。
死をもって償うなんて罪人の御為ごかしに過ぎない。自己満足なだけ。
鬼滅の刃ファンは優しい方が多そうだから、そういう風に考えた事は無いのかな?
「猗窩座かわいそう」と表面だけは流せるけど、充分な考察なんて無理だから一生懸命にネガキャン潰しに走ってるだけなのかな?
ちなみに最後まで観ないのも途中で寝るのも全ては誰の所為でもない作品の所為よ。
面白いと思える作品なら途中退席なんてしないし況してや眠気なんて飛ぶわな。
原作に忠実なのは、立志編からです。最初から鬼滅の刃は原作通りに忠実に作るスタンスをずっと貫いているので、劇場版で手を抜くならもう鬼滅の刃は破綻します。私は今まで通りに原作通りに作ってくれてありがとうという感謝しかなかったです。童磨戦がどうのって書いてましたが、まだ童磨は倒されてないし、なんなら原作は猗窩座倒れてその次に童磨が倒れる順番ですよね?そこ原作無視でいいんですね。原作は獪岳→猗窩座→童磨の順番で倒されますが、同じ時間枠での戦いですから、動かない原作は話が多少とんでもいいですが、動きとなれば原作の倒れる順番は無視にはできないでしょう。貴方が観に行かなくてもガチファンは行きますから大丈夫でしょう。今後も舞台挨拶の上映あるし、じゃぱんつあー付きの上映もあるのでまだまだ衰えないと思います。
劇場版鬼滅の刃は原作を映画化することが目的のチャレンジングな作品です。
普通のアニメ映画は本筋ではなく映画用のオリジナルストーリーで構成されています。そういうのが好みならコナンやワンピースの映画を観ておけばいいかと。
似たような感覚はありますが、昨今の原作改変への厳しさの影響もあるのかなぁ、とも想像します。
キャラの性格や設定を押さえていれば“補完”は好評を得やすいですが、“省略”や“構成の変更”は恐いのかもですね。
批判と誹謗を間違えないようにしないと、ますますエンタメが詰まらなくなるかも…
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。