本心のレビュー・感想・評価
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映画の中の世界とは言えない近未来
予告編のせいで誤読されている作品
生前の母の心をAIでとか、近未来社会のリアルアバターとか、いろいろ目新しいのでそこばかりに目が行く観客も多いようだが、それらはすべてテーマではなく、あくまでも設定。だからそれらの問題は必要以上に掘り下げられていない。
別にテーマが散漫になっているわけではない。
原作未読なので、映画についてのみ書かせていただく。
主人公は過去に罪を犯し、そんな自分自身に負い目を感じながら生きている男。それでも母一人子一人、ほそぼそと平凡な日常を送っているはずだった。
が、突然の母の死。助けようとした自分は1年後に目覚め、母は自死を考えていたと知る。自分は母とさえ上手くやれていなかったのか。母との日々も自分だけが抱いていた幻影だったのか。
自己肯定できない主人公は、その後も体臭が臭いと貶められ、何でも言うことを聞く虫けらのような存在として扱われる。
さらに、自分が人工授精児で、両親の愛に包まれて生まれた人間ではないことまで知らされる。
一方、それでも善い人でありたいと願う主人公は、母の知り合いの被災で家を無くした女性に一緒に住まないかと持ちかける。
彼女は人と触れ合うのが苦手で、そこに昔好きだった少女の幻影もかさなり、彼女の実体はボヤけている。
主人公は家庭内では彼女と「貧しいながらも穏やかな日々」を過ごしながら、でも彼女をリアルな存在として実感するすべはない。そもそも、自分にそんな彼女と対等でいる資格があるとも思えない。
そんな時、主人公が英雄視されるような出来事が起こる。ただ、それは編集されて作られた英雄であり、主人公には自分がその賞賛に値する人間という実感はない。
そのきっかけで出会ったパトロンは、車椅子の、肉体的には自分より明らかに弱者でありながら、才能があり、金もあり、社会的地位もある。主人公はここでも自分の無能さを実感せざるを得ない。
パトロンの彼は主人公に、彼女と付き合いたい、と打ち明ける。自己肯定感が最底辺にあり、さらに善い人であることを自分に課している主人公は…。
そんな話が、時系列的にはもう少し入り組んで展開するのがこの映画。
こうして整理すれば、本作がいかに無駄なくピースを散りばめた話になっているかがわかるだろう。
だから、AIの母が最後に語る言葉は、生前の母の本心かどうかなどと関係なく、そもそも主人公だってAI の言葉が本人の言葉だなどとは思ってもいないのに、しかもいわば定型文レベルの大した意外性もない言葉なのに、それでも感動的だ。
なぜならそれは、主人公が人から最も言って欲しかった言葉だからだ。
「あなたは心から望まれて、この世に生を受けたのよ。生まれて来てくれてありがとう。」
さらにこれまでバーチャルとリアルの狭間にいた彼女のリアルへの移動を予感させて、この映画は終わる。
とても優しい、救いのあるエンディング。
そんなわけで、この映画は「自己肯定できず苦しみ続けていた男の再生の物語」。
彼女と黒猫の関係も素敵だ。
VFの母に心揺らぐ息子
盛り込み過ぎ
創られた「本心」を売るサービス
1. 空がバニラ色じゃなくてよかった
冒頭で主人公が重症を負う展開で想起するのが「Vanilla sky」。その映画では、無理心中を生き延びた主人公が恋に仕事に奮闘するが、終盤で夢だと分かる。実際は心中時の顔の傷が原因で自殺を図り、重症のまま冷凍睡眠にされていた。
なので「本心」も、終盤で主人公は実際は寝た切りで、ぜーんぶ仮想空間のお話でしたっオチが付きそうと邪推したが、杞憂に終わって?良かった。
ただ、母が河に呑まれた一因の猫が三吉のアバターと一緒なのは色んな含みのある匂わせなのかも…
🥽
2. 仮想母の「本心」は本物か?
主人公が300万円で母のAI作製を依頼したのは、自由死を選択した理由を知りたかったから。終盤で息子を産み育て切った今が幸せで、今なら死んでもいいと仮想母が語り、主人公は涙する。でもこれって本当に母の「本心」?
何故なら、仮想母の発言に違和感を感じたら「母さんはそんな言い方しない」と言えば、仮想母は修正されると明示されている。つまり、仮想母は主人公や同居者が望むように発言するように補正されている可能性がある。なので、仮想母の本心は、母にそう感じていて欲しかった主人公の願望にすぎないのでは? そもそも仮想故人を作製する業者も、顧客が不満を抱かせたら商売が成り立たない。なので、顧客が言って欲しい発言をするように、微調整されている可能性は低くない。
🥽
3. 三吉を突き放したのは逃げ?
主人公が三吉を自宅に招いたのも、優しく接したのも、学生時代の思い人に似ていたから。そうじゃなくても、1つ屋根の下で生活を共にする同世代の異性に、好意を抱くようになる方が自然。それでも三吉に想いを告げなかったのは、彼女がイフィ(仲野太賀)だけに手の接触を許しただけでなく、イフィからの給与を失って迄も、過去のある女性を養う覚悟を持てなかって為に見えた。
ラストに主人公の隣で伸ばされたのは、ブレスレットからみて三吉の手。それは三吉の帰還を意味するのか、主人公の「本心」が見せた幻影なのかは分からなかった。
🥽
4. 闇バイトなリアルアバター
闇バイト犯罪が恐ろしいのは、雇われるバイトは犯罪どころか喧嘩の経験もない為、何でどの位力を入れて殴ったら致命傷になるか分かってない事。指示されれば、老人相手にも鈍器を握り後頭部を力一杯たたいてしまい、殺人犯になる。指示役も自身は実行犯にならない気軽さで、バイトに平気で暴力を振るわせる。
リアルアバターに無理難題を与える愉しむ依頼主も、支持だからと仲間を殺すアバターも、闇バイトそのもの。この辺の件は、映画より現実が上回ってる気もする。
本能か愛か
開幕当初から現実世界が舞台なのかSFなのかホラーなのか曖昧で独特な世界観で、役者陣の演技もどこか作文的で違和感がありつつもその世界観を鑑みると調和している様に思えた。
母親(田中裕子)のその素朴な出立ちが異様に機械的に見えるのもある種その不気味な雰囲気を引き出し、効いていた。
友人?の岸谷(水上恒司)の乾いた笑いや対人恐怖を抱えるヒロインの三吉(三好彩花 名前被りは偶然か?)が、訳ありとして同世代の男1人部屋に転がり込んでくる違和感も、この世界観ではまあなんとか許せる程度に収まるように感じた。
その人に関わるあらゆるデータを収集し、再構築した場合、その人物の他人には見せない心の奥の気持ちは表現可能なのか。だが果たしてそれが本心だと証明できるものは??
とても興味深いものを提起させられた映画だった。
特にイフィー(仲野太賀)が主人公を介して告白するシーンはまさに三者それぞれの本心が暗に示されていて、インパクトのあるシーンでとても良かった。
人の心の奥にある本心は動物としての本能か、人としての愛か。どうなんでしょうか。
本作品とは関係ないが、豊臣兄弟(仲野太賀と池松壮亮)の前哨戦?が見れたのもなんか良かった。
本物以上は本物ではない、よね?
本心以下や本心以上も本心ではない。
でもそこにピタリと測りきれないものを感じたり、あえて感じないふりにできるのが生身の人間関係の良さでもあると思う。
ならば、めざましい技術進化の華やかさの陰で代償のように溢れ落ちるものに目を向けたい。
そこにしかない温度や感触をどこかに置き去りにすることに慣れたくない。
今、その境界を超えて行くまえに。
そう願う人の心がここにある気がする。
光にかざした今を生きる自分の手。
本当に掴みたいものは何なのか。
彼は迷うたびにそうして立ち止まった。
そしてようやく気がついたその腕にそっと添えられたあるおもい。
それもきっとようやく辿り着いた本心だった。
今のあなたは何かに惑わされず自分の本心をみつめられるあなたですか。
その心にはやさしいぬくもりがありますか。
すぐに湧いてこなかった気持ち、1日経ちようやくじんわ〜り沁みてきて問い始めています。
修正済み
本心と分人
凄く希望が持てて、さりげないラストシーンで、とても感動しました。見事ヒューマンドラマに着地した石井監督の新境地と言えるでしょう。
AI(人工知能)の普及で、増え続ける電力需要に応じるため、あの米スリーマイル島の原発を再稼働させるニュースが話題になっています。今この時を表現する映画でも、AIの影響は避けて通れない題材の一つ。母の死に向き合おうと、AIに頼る青年を描いた平野啓一郎の同名小説を、「月」「舟を編む」の石井裕也監督が池松壮亮を主演に迎え映画化しました。テクノロジーで人の心は作れるのか。人類の課題を鮮やかに先取りし、鋭く問いかけてきます。
●ストーリー
ヒグラシが鳴き、風にカーテンが揺れる無人の教室の窓際に制服姿の女子高校生がポツンと座る。廊下から彼女を見つめる男子の瞳が一瞬陽光にくらむ。再び彼が目を開けても彼女はもうそこにいません…。それは主人公石川朔也(池松壮亮)の(おそらく何度も見てきた)回想混じりの夢でした。そこにいたはずの人がいきなり消えても不思議はないとも思うが、同じことが立て続けに起こるのです。
工場で働くの朔也は、同居する母・秋子(田中裕子)から「大切な話をしたい」という電話を受けて帰宅を急ぎます、豪雨で氾濫する川べりに立つ母を助けようとしたものの
通りかかった自動車のライトに目がくらみ、川に落ちて昏睡状態に陥ってしまいます。
1年後に目を覚ました彼は、母が“自由死”を選択して他界したことを知ります。勤務先の工場はロボット化の影響で閉鎖しており、朔也は激変した世界に戸惑いながらも、カメラを搭載したゴーグルを装着して遠く離れた依頼主の指示通りに動く「リアル・アバター」の仕事に就くのです。
ある日、仮想空間上に任意の“人間”を再現する技術「VF(バーチャル・フィギュア)」の存在を知った朔也は、開発者の野崎將人(妻夫木聡)に母を作ってほしいと依頼します。生前、合法的な自死を選んだ母の選択に納得できないでいた朔也は、母の本心を探るためVFに頼ろうとしたのでした。けれども野崎が告げた「本物以上のお母様を作れます」という言葉に一抹の不安を覚えつつ、VF製作に欠かせないデータ収集のため、母の同僚で親友だった三好彩花(三吉彩花)に接触。こうして“母”は完成、朔也はVFゴーグルを装着すれば母親にいつでも会えるようになります。一方、三好が台風被害で避難所生活を送っていると知り、VFの母と三好の3人で奇妙な共同生活を始めるのです。他愛もない日常を取り戻していきます、VFは徐々に“知らない母の一面”をさらけ出していくのです…。
●解説
原作では2040年頃から始まる物語の時代背景を、現代により近づけました。本作のAI監修者によると、次世代サービスとして登場するVFに似た技術はすでに実装されているといいます。物語の未来像に現実が猛追する中、仮想とリアルの境界がますます曖昧になった世界を視覚的に表しました。また、私たちが生きる今と時間軸を接続させたことで、朔也の孤独や焦燥感が真に迫ってきます。
朔也は依頼主の分身となって行動する「リアル・アバター」を仕事としています。横文字で聞こえはよくても、実態は使い走りです。モラルを欠いた依頼主に振り回され、心身を消耗させるのです。貧富の格差が広がり、固定化された社会。癒やしと安らぎの仮想世界と、肉体を酷使する持たざる者の現実を対比的に描がれました。
原作小説のテーマの一つは「最愛の人の他者性」だった。ある一面を照らし出そうとすればするほど、自分とは切り離された他者である事実が浮かび上がる。よりどころをいちずに求める息子役の池松、そんな息子を見守りつつ、同時にどこか突き放したようなVFの母役の田中が、最も身近な他人である親子の機微を繊細に演じました。
亡き母を復活させるという一見後ろ向きな朔也の行動は結果的に、三好やアバターデザイナーのイフィー(仲野太賀)など新たな人間関係につながっていきます。世の実相に背を向けて、母が待つ仮想世界に生き続けるのか。悲しみを克服し、現実に戻るのか。母の似姿であるVFは容易に 「答え」を出してくれません。だからこそ、悩み抜いた末、朔也が下した決断に希望を感じるのです。
また本作は人の存在の「不確かさ」を冒頭から強調します。確かにその人を捉えていたはずの画面が、別のショットを短く挟むだけですぐさま無人になるのです。映画はこんなに簡単に人を消せるのです、と言わんばかりです。母親の場合、事態は深刻で、大切な話がある、と工場で働く息子に電話をかけていたことが、その後ずっと朔也の気持ちを揺り動かします。母は「自由死」~本作では自分の意思で「自由に」死を選択できると設定される~を選んだのか?と。その本心を知りたくて、朔也は母親をVFとして再生させるのです。今度は構図が逆転し、死んだはずの人がいともたやすく画面に姿を現すことに。しかし、それはむしろ朔也の本心をあらわにするための装置であったのです。私たちの予想はいい意味で裏切られ、映画はテクノロジーの進展で変貌する母子関係といったSF的主題から離れます。
朔也がある女性に愛を告白する場面が痛切です。「私はあなたを愛していません。」そんなストレートな言葉でさえも本心なのかわからないのです。それはSFでもなんでもないだろう。ロボットの導入で工場から人影が消え、人が人として働く機会を奪われる。そんな世界において、今ここに生きる私たち一人ひとりの「(本)心」の 「不確かさ」があらためて浮き彫りになります。
●感想
一見するとVFが日常生活で当たり前となる未来社会を描いたSF作品に見えるでしょうが、実は主人公と同居人のヒロインとの恋を描いた恋愛映画なのです。
けれども朔也のじれったさには、見ていて腹が立ちました。生まれた時から父親を失っていた朔也は、人を愛することも愛されることにも自信がありませんでした。だから彩花に自分の本心を明かせないばかりか、自分自身の本心までも奥へ引っ込めてしまったのです。けれども彩花と同居する朔也の気持ちはバレバレでした。
そんな朔也に雇い主のイフィーは、あえて彩花との仲を取り持つように懇願するのです。なんと朔也は快諾してしまいます。というのもイフィーの晩餐に招かれた朔也に付き添った彩花は、イフィーから握手の求めに応じたことで嫉妬心を募らせて、自棄になってしまったのです。セックスワーカーだった彩花は何度も怖い体験と遭遇し、すっかり人と接触することに恐怖感を抱くようになっていたのです。なのにイフィーには普通に握手してしまったのでした。
彩花へプロポーズするつもりのイフィーのところへ、朔也は彩花に行くように勧めます。その言葉に急に不機嫌になる彩花。朔也への怒りから、彩花はイフィーのところへ向かってしまうのです。ふたりの気持ちがわかるだけに、本当にじれったいシーンでした。
これまでの石井作品なら、ここでバッドエンドとなったことでしょう。どう違ったのか、それは内緒です。でも何というか、凄く希望が持てて、さりげないラストシーンで、とても感動しました。見事ヒューマンドラマに着地した石井監督の新境地と言えるでしょう。
斬新かつ、ずっと引き込まれるような作品
なんとなく内容が面白そうだったので見てみましたが結果なかなかの良作だったと思います。
序盤は主演の池松さんの演技に違和感があって、でもその違和感だと自分が感じた部分が彼の演技の持ち味みたいな部分もあるのかなと思いつつも池松さんは脇役としての立ち位置がやはりしっくりくるよなーと思いながら見てました。なんといっても今作脇を固める面々がかなり豪華なので序盤は完全に主役を食ってる感じの演技の素晴らしさです。特に水上君と綾野剛さんはよかったし、後半の太賀さんもかなり良かった。普段はあまり見たことないタイプの彼らの演技が見れます。そんな中で段々と物語は池松さんと三吉さんを中心に話が進むにつれて、なんだかんだ池松さんだからこそ、この優しく純粋でなんか情けない感じのこの報われない主人公を演じ切っているなーとだんだんそのキャラクターに惹かれていきました。あと、三吉さんがとにかく美しくて、別の作品で高飛車な女を演じていてそのイメージが強かったのですがこんな静かな感じもやれるんだなとその演技力に魅了されました。この作品、ところどころ内容的にはなんだかバカくさい感じもあり下手な役者が演じたらとんでもない駄作になりかねない題材を扱っています。そのあたりがしっかり作品全体を通して最後まで目を離せない感じに仕上がってるのは演者の方々の確かな演技力のおかげだと思っています。ファンタジー、近未来、そこを扱いつつもリアルさも取り入れ、暴力や若干のセクシーなショットがあったりちょっといろいろ詰め込みすぎてとっ散らかりすぎかなと思う部分もありつつもラストの終わり方もあの感じでよかったと思います。各々がどのようになったのかを余韻として心地よく想像を膨らませられるそんな作品かなと思います。
個人的にはこのような死んだ人をAIで人工的に作り出すことは怖いなと感じるし、やはり亡くなった人に対して生があって死があって、いなくなったからこそその人を思うことができたり、正しい言い方じゃないかもだけど、死は必要なものなのだと感じるし、だからこそ今生きていることを大事に思わなきゃとそんなことを考えさせられました。とても良かったと思うのでぜひ見てみてください!
若手俳優陣がいい
toho日比谷で鑑賞
平日ですが混んでました
石井裕也監督×池松壮亮なら
必見だろうと
最後まで楽しく見られました
原作は未読
ある男、空白を満たしなさい、の著者と知って
なるほどねと。作家性あると思います
池松壮亮はもう言わずもがな
危うい繊細な人物を演じさせたら間違いなし
水上恒司のベタベタした感じや、
仲野太賀のうさんくささもいい!
そして三吉彩花(役名がややこしい)
ほぼすっぴんのほうが美人に見えるという
メイク泣かせ
上映時間122分ですが、テンポがよくないのか
たっぷり演出なのか長く感じました
ストーリーは非常に意地悪
ラストの解釈もタイトル本心だしな…となって
最近の邦画には珍しくおっぱいが出てくるぞ
映画館で見たほうがいいよ
追加。朔也のショルダーバッグのダサさが絶妙。
あの秋葉原感。
『母の身終い』の息子の母の死後の葛藤
母親の「自由死」の選択を巡る息子の葛藤が描かれているということで、『母の身終い』に近い設定、展開だと感じた。その作品の息子も、前科者で底辺労働に従事し、恋愛に不器用であった。
障がいのあるアバターデザイナーの恋を取りもつという役回りはありがちな感じであるが、『最強のふたり』も、『ノートルダムの鐘』も、『チャタレイ夫人の恋人』も、ぴったりではなく、今一つ思い当たらない。
ダンスのときの手の合わせ方が合っていないのが不自然だった。
結末の空に伸びる手に添えられる手は、若い女性の手だと思っていたが、原作の結末の説明ではそうではなかった。原作ではさらに、母親の「本心」は明確に語られてはいなかった。
原作の展開では、かなり込み入っていたけれども、映画化ではかなり削られた感じがある一方で、原作者からの拘りもあって、かなり残した部分もあったという。
演技が光る作品
ストーリー自体はまあまあでした。予告では「それが…本心だったの…?」って感じのセリフだったので、母親が実は息子のことを殺したいくらい嫌いだったとか、息子との寂しい二人暮らしに心から絶望していたとかかと思ったら「息子のことを愛してる」でした…VFが言ってることなので実際のところはわかりませんが、母親の過去の話も勉強したAIのはずなので多分それが正解なのかな?
母親が実はレズビアンで精子提供で産まれた子供だったというのもなかなか衝撃的な事実でしたが、あまりフォーカスされませんでしたね。母親の彼女(元カノ?)はどこに行ってしまったんでしょう…
岸谷が逮捕されるまでの経緯は最近話題になっている闇バイトに通じるものを感じました。ラストマイルもそうでしたが、公開になってその時の時世とマッチした話になるという偶然は面白いですね。
ストーリーよりもキャストさんたちの演技が素晴らしいと感じました。特にVFを演じた田中裕子さんや綾野剛さんは、限りなく人間に近いAIといった感じの、人間らしく見せている無機質という感じが伝わってきました。動きだけは楽しそうで、ほぼ真顔で決まったステップを踏む田中さんの演技には薄寒さを感じました。
とにかくつまらなかった。AIストーリーに入れてるのも、途中アニメみ...
その人の本心は...
親子とはいえ一緒に暮らしていても
親の本心なんて案外分からないもので…
知らなくてもいい事もあり…
冒頭から聞き覚えのない「自由死」
その言葉が何を語るのか知りたくなり…
AIやアバターが目の当たりになる時代
本人が「自由死」を選べる時代になる
実際にVFの存在があったら
やはり困惑するだろうなぁ🤔
そんな単純な感想が頭を過りました💦
原作はもちろん未読💦
平野啓一郎さんの作品は何本か観てて
難しい部分も多いけど…
推しさんや今回のキャストの良さ…
そして主演の池松壮亮さんの演技には引き込まれました。
ラストの朔也の本心は……
学生の頃の好きだった彼女なのだろうか?
ところで…窪田くんはどこに出てましたか?
もう一回 観ないと分からないかなぁ🤔💦
依頼主(カスタマー)の人間性に戦慄を感じ、ギグワークの残酷さに寒気を覚える
リアルアバターを雇用した依頼主が、ギグワーカーがどこまで要求に従うかを試すかのように下劣な指示をくだすシーンに戦慄を感じました。
評価を下げられると職を失うため、一線を越えて依頼主の指示に従おうとするギグワーカーと、そんな彼らをあざ笑うかのように低い評価を行う依頼主。
ギグワーカーの評価は依頼主からの一方通行で、映画で示されたシステムではワーカー側から顧客の評価を行うことはできないようでした。ウーバーなどのリアルシステムも同じなのかもしれませんが。
本来であれば双方向から評価を行い、契約するに値しない顧客は出禁にすべきと思うのですが…。
効率のみが支配する近未来の現実にゾッとしました。
映画のテーマである亡き母の「本心」については少々消化不足感が残りました。
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