「非常に面白く観ました!」本心 komagire23さんの映画レビュー(感想・評価)
非常に面白く観ました!
(完全ネタバレなので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
結論から言うと、今作を非常に面白く観ました!
この映画『本心』は、町工場で働く主人公・石川朔也(池松壮亮さん)の母・石川秋子(田中裕子さん)が、息子に最後に伝えたかったこと(「本心」)を伝えないまま、国の定めた「自由死」を選択して、川の濁流に飲み込まれ自死するところから始まります。
主人公・石川朔也は母を助けようとしたのか、濁流の川に飲み込まれ、病院のベットで意識を回復したのはそれから1年後でした。
主人公・石川朔也が目覚めた1年後の世界は一変していて、勤めていた工場は自動ロボットに全て置き換わり、石川朔也は(Uber Eatsの配達員がモデルになっているだろう)「リアルアバター」として働き始めます。
その後、主人公・石川朔也は、溜めたお金200万円と、母の「自由死」で得た100万円と合わせて、300万円で母のVF(ヴァーチャルフィギュア)を作って母のVFから母が最後に自分に伝えたかった「本心」を聞き出そうとします。
ところで今作で描かれていた世界は、(今から少し近未来の設定だとは思われますが)現在の日本の空気感を正確に捉えて描いているとは思われました。
それは、ネット社会が進展し、人々の欲望が直線的に実現しやすくなった代わりに、煩わしい人間関係を通してのしかしこの程度なら互いに許してブレーキを掛け合う寛容な感覚が著しく低下した、現在の日本の空気感だと思われました。
主人公・石川朔也の工場時代の同僚であり「リアルアバター」の仕事を石川朔也に紹介した、岸谷(水上恒司さん)は、VF開発会社の野崎将人社長(妻夫木聡さん)の娘の子守役をクビになり、ついには政治家の車を爆破する犯罪に加担することになります。
主人公・石川朔也も「リアルアバター」として仕事に邁進しますが、顧客の理不尽な依頼内容によって振り回され、ついにはクリーニング屋の外国人労働者に暴言を吐いている人物に暴行を加えてしまいます。
これらのことも、互いに許してブレーキを掛け合う寛容な感覚が麻痺した、現在の日本社会を正確に表現していると思われ、底が抜けた底辺から分業的な凶悪犯罪に手を染めて行く、今の闇バイト犯罪が起こる空気感をしっかりと伝えていると思われました。
私達は、もちろん効率化されたネット社会から離脱することは出来ませんし、非効率な社会を改革する必要は当然あろうと思われます。
しかし一方で、互いに許してブレーキを掛け合う寛容な感覚をも無くしてはいけないと思われ、闇バイトなどなぜ社会の底が抜けた犯罪が横行しているのか、ネット社会の功罪の罪の部分も考える必要があろうかと思われます。
主人公・石川朔也はその後、本来であればクリーニング屋での暴行映像が拡散されれば、暴行罪の犯罪者として逮捕され、当面の人生は終了する流れだったはずですが、なぜかクリーニング屋の映像は暴行場面が編集でカットされて世間に広まり、主人公・石川朔也は逆に差別主義者をとがめた英雄としてネット社会で称賛されます。
この事も、ネット社会の人々の気まぐれで、その人を叩き潰すことも祭り上げることも出来るという、ネット社会の歪みを正確に表現していたと思われました。
主人公・石川朔也は、母のVFを作成する過程で、母・石川秋子が職場で同僚だった三好彩花(三吉彩花さん)と共同生活を送っています。
そして石川朔也は、三好彩花に、かつての当時売春をしていて退学になったクラスメイトの村田由紀(宮下咲さん)の幻影を見ています。
主人公・石川朔也は、クリーニング屋での映像によりネット社会の英雄になった後、アバターデザイナーで高額所得者のイフィー(仲野太賀さん)から連絡を受け、彼から専属の「リアルアバター」としての報酬を受け取る事になります。
アバターデザイナーのイフィーは、その後、主人公・石川朔也にさらに報酬を上げる事を条件に、三好彩花との関係を取り持って欲しいと頼みます。
主人公・石川朔也はイフィーの依頼を受け入れ、三好彩花に対して自分は「好きではない」と言って三好彩花との関係を断ち、三好彩花はイフィーの元に行くことを決断します。
その後、石川朔也は、母・石川秋子のVFと最後の会話を想い出の滝の前で交わし、ついに母の「本心」を聞くことになります。
その母の「本心」の言葉は、石川朔也の存在を根底から肯定する言葉だったと思われます。
ところで、石川朔也が三好彩花に最後に言った「好きではない」との言葉は、石川朔也の本心ではなかったと推察されます。
なぜなら石川朔也は、三好彩花にかつてのクラスメイトだった村田由紀の幻影を見ていて、当時の石川朔也は村田由紀のことを考えて、あくまで行動していたと思われるからです。
なので、石川朔也は、三好彩花はアバターデザイナーのイフィーと一緒になった方が幸せになると(村田由紀の時と同様に)三好彩花の事を考えて身を引いたと考えるのが、自然だと思われるのです。
(男性に触れることが出来ない三好彩花が、イフィーには触れることが出来たというのも、石川朔也にとっての三好彩花から身を引く理由だったかもしれません。)
しかし映画のラストで、屋上で母のVFとの最後の会話をした石川朔也の手に振れようとする女性の手がありました。
それは間違いなく(イフィーの元に行く考えを辞めて、石川朔也の元に戻って来た)三好彩花の手だったと思われます。
男性に触れることが出来ない三好彩花の手が三好彩花の方から石川朔也に振れることが出来れば、この心がないと思える場面も少なくない、軽く人々が扱われる空気が充満している現在の日本のネットを含めた社会の中で、互いに許される人がそれでも存在しているという、希望のラストカットだったと思われます。
(三好彩花の終盤での屋上の告白はややステレオタイプのセリフ内容の印象はありましたが、それを凌駕する三好彩花を演じた三吉彩花さんの存在感も含めて)
今作は全体として現在の日本の空気を正確に表した秀作だったと、僭越ながら思われました。
今作を非常に面白く観ました。