「今作では大門がデーモンではなく人間だということがすごく打ち出されています。仇とも言える患者に、どんな代償を払っても救おうとする姿に感動しました。」劇場版ドクターX 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
今作では大門がデーモンではなく人間だということがすごく打ち出されています。仇とも言える患者に、どんな代償を払っても救おうとする姿に感動しました。
2012年10月からテレビ朝日系列で7シリーズに渡って放送された米倉涼子主演の医療ドラマ「ドクターX 外科医・大門未知子」のシリーズ完結編となる劇場版。脚本は、2025年前期のNHK連続テレビ小説「あんぱん」も手掛ける中園ミホ。監督に、『七人の秘書THE MOVIE』(22年)のテレビ朝日・田村直己。シリーズ全作を手掛けて来た両者が、映画でも失敗知らずの腕前を見せます。
シリーズ初の映画化にして完結編となり、未知子の誕生の秘密や半生が描かれます。公開前の10月17日に死去した西田敏行の遺作の映画となりました。
●ストーリー
フリーランスの天才外科医・大門未知子(米倉涼子)は、某国大統領の命を救うため日本を離れていました。
その頃、東帝大学病院では、若き新病院長・神津比呂人(染谷将太)が現れます。比呂人は凄腕の外科医で政財界にも顔が利き、双子の弟・多可人(染谷将太・二役)は医療開発会社で資金のバックアップもあります。
徹底的な合理化の大号令がかかり、次々とクビを切られる医師や看護師たち。かつての同僚・森本光(田中圭)に東帝大学病院に呼び戻された未知子は、比呂人と意気投合するが、未知子の師匠・神原晶(岸部一徳)と会った比呂人は顔色を変えるのです。比呂人が東帝大にやってきたのには何か理由がありそうでした。
一方、森本は未知子の過去を探りに単身、未知子の故郷である広島・呉に飛びます。そこで森本は、未知子の医大生時代の同期である河野明彦(綾野剛)と知り合うなど、大門未知子の誕生の秘密(ルーツ)を知るのです。
未知子、晶、比呂人の過去が絡み合う中、未知子は史上最大の危機に直面!医師免許の剥奪も覚悟し、“悪魔のオペ”に挑むことになるのです。「どんなに厳しいオペでも患者を見捨てない」。かつて師である晶が話していた言葉を胸に…。
●解説
おなじみのナレーションに西部劇風の音楽、銭湯のシーンに「いたしません」「御意」といったセリフまで、次々とお約束が放たれる小気味良さは、12年間愛されてきた国民的ヒット作だからこそ。第1シリーズにも出演していた森本医師(田中圭)が案内人となり、ついに未知子のルーツが明かされるという、ドラマを見続けてきた者にとっては胸が熱くなる物語もあります。軽快なかけ合いで楽しませるベテラン陣のチームワークに加え、重みのある芝居で見せる染谷のキャスティングもいいスパイスに。緊迫感のある緻密なオペシーンと、荒唐無稽な治療が混然一体となる展開、海外が舞台となるスケール感も含めて、これぞ「ドクターX」。米倉のスター性も相まって、スクリーンが似合うファイナルとなりました。
けれどもドラマを見ていない人でも、自分はどうありたいのかに気づける展開に、すんなりと共感できることでしょう。そして大門が成長する過程を見せることで、「夢に向かって走っている人たちへの応援にもなっています。
本作の見どころはなんといっても、大門未知子を演じる米倉涼子の凄まじい覚悟です。プロデューサーに自ら映画化を打診し、自ら製作陣に名を連ねた米倉のこだわりが随所に詰まっていました。
例えば、回を重ねること大門未知子がデーモンと呼ばれていくように、モンスター化してきたのです。ところが今作では「大門がデーモンではなく人間だということがすごく打ち出されました。米倉が言うには「最初の大門の方がもっと自然だった。デーモンをみんなで作り上げすぎたんです」。だからこそ「大門すぎない大門」にこだわって演じたそうなのです。
そのひとつの事例が、大門未知子のルーツにありました。今では天才外科医と賞賛される彼女も、小学生の頃にはカエルの解剖にも失神してしまうくらい、血を見るのが苦手な女の子だったのです。それが親の病院を復興すべく東帝大で研修医になったときも相変わらず、手術の実習で血を見る度に、失神してしまう外科医に全く向かないタチだったのです。
今の天才外科医として辣腕を揮えるようになったのは、父の友人だった神原晶の招きで中南米に渡り、内乱とテロで絶え間なく運び込まれる患者の外科手術を徹底的に仕込まれたからでした。当時の晶のモットーは基本手技の反復が技術習得の近道であるからとにかく数をこなせというものでした。未知子は血の滲む思いで、晶の叱咤激励に耐え、無数の外科手術をこなしたことが、結果今の大門未知子に繋がったのです。そこで本作が語りかけるのは、大門未知子も普通以下の才能のない人間だったけど、毎日コツコツ基本的な主義に打ち込こみ、その積み重ねで、凡人が非凡の高みに登り詰めることができたことということなのです。
きっとその落差の激しさに、ドラマを見てこなかった人でも共感されることでしょう。
そして衝撃的なことは、「わたし失敗しないので」がウリだった、大門未知子に初めて手術中に患者が心停止してしまう危機が訪れることです。これまで神かがりのように祭り上げられてきた「デーモン未知子」としての神話を改め、人間・大門未知子としてファイナルを迎えたいという米倉の強い意志を感じました。
けれども転んでもただでは起きないところが大門未知子の強いところです。なんと医師免許の剥奪確実な危険な“悪魔の術式"に手を出してしまうのです。これには蛭間元病院長(西田敏行)を始め東帝大の幹部の面々は、何とか手術をやめさせようと声を張り上げますが、未知子は強い意志で周りの制止を振り切ってしまうのです。その強い意志に、周囲は唖然とし、しまいには蛭間を始め面々が未知子を止めるのを諦めて、号泣してしまうのです。とても感動的なシーンでした。号泣の訳は、未知子が治そうとした患者が、未知子にとって大切な人が脳梗塞を起こして道ばたにうずくまっているとき、その場で通報せず見殺しにしてしまうとした、未知子にとって仇のようにな存在だったのです。そんな仇のような憎むべき人物に対しても、たとえ医師免許を失っても絶対に治すのだという不退転の姿に、一同が「そこまでやるのか!」と感動したからなのでした。彼女の外科医としての覚悟の姿を見せつけられたシーンでした。ともすると医師免許剥奪の危険なリスクを掛けた手術を決断するする件は、現実にはあり得ないことなので、嘘くさく思われがちです。けれども、目力だけで医師免許の剥奪確実な手術を周囲に認めさせてしまった未知子の信念には、説得力がありました。そこには、未知子を演じる米倉の本作にかける覚悟の強さを、ヒシヒシと感じさせるシーンだったのです。
さらにそれは「わたし失敗しないので」とどんな人でも治すという強い信念を植え付けた師匠である神原昌の凄いところでもあります。これまでのシリーズでメロンおじさんとしてお気軽なところばかり見てきた人には、彼が中南米でどんな修羅場をくぐってきたのかぜひ見届けてほしいと思います。
●感想
この作品では大門未知子の生い立ち、人生を見ていく楽しさは、確かにあるのですが、それだけでなく、医療で〝現段階ではそこまで進んでいないもの〟を将来に託しているところが、医療ドラマの最後としてよくできている思いました。神原昌は30年前に自分が手術した患者が完治できず、その後ずっと苦しんできたことを気に掛けていたのです。
そして昌は、その患者の完治を弟子である未知子に託していたのです。
同じように現在難病認定で苦しんでいる人も、本作をご覧になることで、医療に未来に希望を持つことにきっとなることでしょう。