「老夫婦の歴史を一瞬にして体現してしまう名優の凄み」2度目のはなればなれ 清藤秀人さんの映画レビュー(感想・評価)
老夫婦の歴史を一瞬にして体現してしまう名優の凄み
老人ホームで暮らす老夫婦が、残された時間を互いに助け合いながら過ごしている。演じるのはマイケル・ケインとグレンダ・ジャクソン。夫婦で過ごした時間の長さを、一瞬にして体現してしまう名優の凄みに驚かされるし、2人ともとことん枯れ果てているのに、いつもひとかけらのユーモアを絶やさないのはさすがだ。2人の深い関係性は、夫がノルマンディー上陸作戦の記念式典に出席するため施設を飛び出したことで、さらに細部が加筆されていく。夫の行動には、戦争に加担してしまった人間の後悔が動機としてあり、そこが、この物語に深みを与えている。
まるで、一筆書きのように流暢に、そして、端的に綴られるストーリーは、実話を基にしているという。しかし、本作の場合、映画のためのあらゆる脚色よりも、ケインとジャクソンの行間を掬い取るような名演によって、凡庸なドラマに帰結することを免れている。特に、1960年代のスウィンギング・ロンドンを代表する人気俳優として活躍したケインと、『恋する女たち』('69年)以来、演技派の名前を欲しいままにしたジャクソンを知っている世代にとっては、2人が細くなった背中を寄せ合っている姿を見るだけで泣けてくるはず。
ケインはこれで俳優引退を表明し、ジャクソンは映画が完成した直後、2023年6月15日に帰らぬ人となった。
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