「70年ぶりの帰還」2度目のはなればなれ レントさんの映画レビュー(感想・評価)
70年ぶりの帰還
妻のレネと老人ホームで暮らすバーニー。彼はノルマンディー上陸作戦70周年記念式典が行われるフランスへ行くためにホームを脱走する。70年前戦場に向かう彼を見送った時と同様に妻に送り出されて。
しかし彼が向かった理由は式典の出席ではなかった。彼は70年前にノルマンディーの地に置き去りにしてきた自分自身の思いを遂げるためにかの地を目指す。
第二次大戦を経験したバーニー。彼に限らず多くの戦争体験者はあまりにもつらい体験をしたがゆえに自身の体験を語りたがらない。口に出すにはあの時の状況がいやがうえにもフラッシュバックする。あの悲惨な記憶が蘇り体験者を苦しめる。二度とあのような思いはしたくない。自身の記憶を掘り起こすことはあのつらい体験を再び体験することに他ならない。彼らの多くはそれらの記憶を心の奥底に封じ込め、その記憶は死ぬまで掘り起こされることはない。
そんな彼らを誰も責めることはできない。彼らが体験したつらい思いは体験者にしかわからないからだ。むしろ自分の体験を話してくれる体験者の方が稀有な存在なのだ。
バーニーもノルマンディー作戦から生還した時、妻のレネに何があったのか語ることは一切なかった。しかしレネは彼の気持ちを理解していた。同じ時代あの戦争を共に生き抜いた同志として。
道中でバーニーは彼と同じく戦争で心に傷を負った二人の男と出会う。同じ退役軍人のアーサー、彼にもやはり他人には語れないつらい戦争体験があった。彼は自ら行った空爆で自分の弟を死なせてしまったことを悔やみ続け、アルコールに溺れていた。また若き退役軍人のスコットもやはりアフガンへの従軍でPTSDを患っていた。
そして現地では元ドイツ兵たちとも出会った。ドイツ菓子購入を躊躇していたバーニーは勇気を振り絞って彼らと会話する。
同じ戦争体験者同士、そこには敵か味方か、勝者か敗者かなどとは関係なかった。あの時は皆が共に国のためと信じて戦った。そして両者ともにあの戦争で得たものより失ったもののほうがはるかに大きかった。会話の最中涙を流す元ドイツ兵の老人、その気持ちがバーニーには痛いほどよくわかった。
バーニーは式典のチケットを彼らに渡しアーサーを連れて戦没者の墓へと向かう。彼がこの地を訪れた理由は戦友を弔うためだった。今回この機会を逃せば二度と訪れることができないだろうという思いから。
上陸作戦でともに戦った戦友ダグラスは帰らぬ人となった。彼はバーニーの目の前で爆撃され命を絶たれた。それを間近に見たバーニーにとってそれはただ戦友の死というだけでなく、自身の命も絶たれたかのような体験だったに違いない。自分と何ら変わらぬ同世代の若者の死。自分が死んでいてもおかしくはなかった。彼が死に自分だけが生き残った、そんな自分だけが生き残ったことにバーニーは罪悪感を感じて生きてきたのだろうか。
彼は年を取り、この先の人生が決して長くないことを悟りあの時封印した自身の記憶と向き合うことにしたのだ。そしてあれ以来一度も訪れることのなかったノルマンディーの地に足を踏み入れた。同じく罪悪感に苦しむアーサーを伴い戦友を弔うために。
戦友を弔い、70年越しの心のしこりが取れた彼の心は晴れやかだった。PTSDに苦しむスコットを励まし、アーサーとも冗談を言い合い別れを告げた彼は家路を急ぐ。妻の待つ家へと。
帰還の途に就く彼をマスコミたちが追い回し、彼は有頂天になり羽目を外す。心のしこりが取れたおかげであろう。
そして帰宅した彼をあの時と同様に妻は受け入れてくれた。何事もなかったかのように。そんな妻に彼は70年前の出来事を話す。それは70年越しの告白だった。愛する妻にも話せなかったつらい体験を彼はやっと話すことができたのだ。
あの時あのノルマンディーの地に置き去りにしてきた彼の思いは今ようやく現在の彼に追いついたのだ。
心に背負っていた重荷をようやく降ろすことができた彼は愛する妻と残り少ない人生を穏やかに過ごせたことだろう。無礼なチャリダーの若者たちのタイヤの空気を抜きながら。
戦後80年になろうといういまの時代、戦争を体験しご存命である方々の人数はわずかだ。国の為政者に戦争体験者がいなくなるとその国は戦争を起こしやすくなるとよく言われる。
過去の悲惨な戦争を知らない人間たちは再び同じ過ちを犯す。いまの世界を取り巻く状況を見ていて不安になる。
バーニーがダグラスの墓の前で声を押し殺して述べた言葉が印象的だった。「無駄死にだ」と。様々な理由で始められる戦争。しかし尊い命を犠牲にしてまで正当化される戦争はこの世にはない。戦争を始めた時点でどちらが正義でどちらが悪ということもない。戦争を始めた途端それは否応なく敵味方双方の尊い命を奪い去る、戦争をするものすべてが悪に染まるのだ。
実話に基づくお話で、ちょっとシチュエーションは異なるが、同じく実話ベースの「君を想い、バスに乗る」を思い出した。高齢者の映画は自分も歳をとったせいかとにかく心に沁みる。
御年91歳のマイケル・ケイン、彼の芝居の端々からその生きてきた人生の重みが感じられるとても魅力的は俳優さんだ。これが引退作とは実に惜しい。そしてチャーミングな彼の妻を演じたジャクソンも介護士の女の子に母親のように温かく接する姿が印象的だったし、夫婦役の二人は本当に長い年月をともに連れ添ったかのように見えて見ていてとても心を癒された。
今晩は。
今作、良き映画でしたね。
隣席に座られた高齢のご夫婦が仲良く鑑賞されていて、涙を拭いているご婦人を、旦那さんが優しく肩を抱いている様子が、更に涙腺を刺激してしまいましたよ。
あと、40年後位になるのかもしれませんが、今作のご夫婦と、臨席のご夫婦の様な夫婦関係を築きたいなとも思いました。あ、返信は不要ですよ。では。