「指揮という役割の興味深さを丁寧に伝えようとする姿勢に好感。社会派メッセージの配分もいい」パリのちいさなオーケストラ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
指揮という役割の興味深さを丁寧に伝えようとする姿勢に好感。社会派メッセージの配分もいい
そもそもプロになるのが簡単ではない指揮者、そのうち女性は世界で6%にすぎず、しかも1990年代のパリでアルジェリア系フランス人の少女がそれを目指すというのだから、二重三重の壁があったことは想像に難くない。今年8月のパリ五輪閉会式でもディヴェルティメント交響楽団を引き連れて演奏するなど現在も活躍中の指揮者ザイア・ジウアニの半生を描く本作は、予想されるように度重なる偏見と差別に屈することなく、自らの才能と努力と強い意志によって夢を実現させるストーリー。当然、昨今の多様性尊重に共鳴する社会派のメッセージも込められているが、そうした主張を出し過ぎることなく、指揮という役割の興味深いポイントを初心者にもわかりやすく伝えることをはじめ、音楽の楽しさをきちんと味わえる映画になっていることが好ましい。
世界的指揮者セルジュ・チェリビダッケに見出され、彼に師事するあたりから道が開けていく。2人が出会った特別授業での問答も示唆に富み(「なぜ指揮者は必要なのか」への回答など)、チェリビダッケがザイアを指導する言葉の中にはクラシックマニア以外にも指揮の難しさや面白さをうかがい知ることのできるポイントがいくつもある。
脚本も担ったマリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督は、ザイアが耳にする生活音(母親が調理の時に立てる音や、電車内でのレールのノイズなど)を音楽にシンクロさせることで、彼女のリズム感覚を観客に共有させてくれる。ザイアがクラシックに出会ったのがテレビで放送された「ボレロ」で、この曲がラストでフラッシュモブ風の演出で再び演奏される。同曲の作曲家ラヴェルはフランスを代表する音楽家の一人だし、映画で定番のブックエンド構造にもなっているのだけれど、2年前に日本公開された「クレッシェンド 音楽の架け橋」でも似たようなラストの「ボレロ」演奏があったばかりで、既視感のあるエンディングが少しもったいないと感じた。