「大変面白く観ました!」まる komagire23さんの映画レビュー(感想・評価)
大変面白く観ました!
(完全ネタバレなので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
結論から言うと今作を大変面白く観ました。
特に、主人公・沢田(堂本剛さん)の周りの、アパートの隣人で漫画家志望の横山(綾野剛さん)やアパートの大家(濱田マリさん)や沢田の高校の同級生で今は現代美術に投資している吉村(おいでやす小田さん)など、多くの人物がイラ立っているのが、現在の日本社会の空気を正確に現わしているようで良かったです。
主人公・沢田は自転車の事故で右手を骨折し、働いていた現代美術家の秋元洋治(吉田鋼太郎さん)のアトリエをクビになるのですが、その後に部屋で描いた円の描画が「円相」のアートとして世界的に認められます。
その後の、世間だけでなく、隣人の横山やアパートの大家や高校の同級生の吉村や現代美術家の秋元洋治といった周りの人々の主人公・沢田に対して手の平を返す評価の一変も、人間のいやらしさを表現していてとても良かったと思われました。
そして、沢田に対する手の平を返しながら、周りの人物の本質的なイラ立ちは内心で変わっていない表現も秀逸だったと思われます。
特にアパートの隣人で漫画家志望の横山の、アパートの壁を蹴破るなどの狂気的な危険性の描写は、現在社会のイラ立ちの象徴とも思える素晴らしさだったと思います。
ところで、(世間の周りのほとんどが沢田に対する評価を一変させるのに対して)沢田の「円相」が世間に認められてからも沢田に対して態度が変わらない人物が4人いたと思われます。
沢田に対して態度を変えなかった4人の内の2人である、公園の池でエサをやっていた先生(柄本明さん)と、沢田の円の描写をはじめに引き取った古道具屋の店主(片桐はいりさん)は、イラ立ちに満ちた他の登場人物たちの社会の中で、映画の中に主人公・沢田を含めた心の基盤を形成していた存在とも思われました。
沢田に対して態度を変えなかったもう1人に、沢田と秋元洋治のアトリエで同僚だった矢島(吉岡里帆さん)がいたと思われます。
矢島は、現代美術家の秋元洋治の搾取を沢田に訴え、立ち上がらない沢田に抗議の怒りをぶつけます。
そして矢島の世の中の搾取に対する怒りは、沢田が「円相」の作家として認められた後も留まらず、ついには沢田の「円相」の個展にグループで押し入り、沢田の「円相」にペンキをぶちまけ、世間に搾取の抗議のアピールを広めようとします。
個人的に矢島の言動は、理念に取りつかれ現実を見ないからこその沢田に対する(搾取の抗議という)態度の変えなさの一貫性だったと思われましたが、「円相」が独り歩きして浮かない感情を持っていた沢田にとっては、どこか救いの面もあったかもしれません。
沢田に対して態度を変えなかった最後の1人に、ミャンマー出身のコンビニ店員のモー(森崎ウィンさん)がいました。
ミャンマー出身のコンビニ店員のモーは、拙い日本語を小馬鹿にする日本人の客に対しても怒りを現わさず、いつも笑顔で前向きに振舞っています。
しかし映画の終盤で、いつも笑顔で前向きに振舞っているのは、そうでもしないとやって行けない本音が、モーからは吐露されます。
この映画『まる』は、現在の日本社会の人々のイラ立ちを正確に浮かび上がらせていると思われました。
だからこそ、そのイラ立ちを融和するために、沢田の「円相」が人々に評価されたのだとも思われます。
しかし沢田の「円相」は、一方で、沢田自身の実存的な創作とは関係ないところで評価されたのだと言えます。
沢田の「円相」は、イラ立つ人々を治める解決策にすっぽりとハマったから評価されただけで、沢田が創作したから評価された訳ではなかったのです。
なので、沢田が映画の最後に自ら創作した青い地平線の絵は、アートディーラーの土屋(早乙女太一さん)や画廊店主の若草萌子(小林聡美さん)には評価されず、あくまで沢田には「円相」が求められます。
そして、沢田は青い地平線の絵の上に「円相」を描き足し、そのキャンバスに拳で穴を開けて立ち去ります。
(その穴の開いた「円相」すら、90度角度を変えて評価されるという皮肉が加わりながら‥)
ところで、終盤の主人公・沢田の涙は私には唐突に思われ、そこは無くても良かったのではと思われました。
しかし一方で、沢田自身も自身の実存が認められない存在との想いの涙と理解はしました。
この映画『まる』は、実存的なそれぞれの実際の人間性が無視されている、現在社会の日本の人々のイラ立ちにまつわる映画だったと思われます。
そして私は、その現在の日本社会の正確で深さある捕まえ方の描写に、大変共感し面白く観ました。
やや内向的でもう少し展開あればとも思われながら、一方で今作は優れた秀作だったと、僭越ながら思わされました。