「とてつもない空洞が呑み込む闇・光・欲」まる Tama walkerさんの映画レビュー(感想・評価)
とてつもない空洞が呑み込む闇・光・欲
綾野剛、柄本明、小林聡美。キレッキレの演技。
綾野剛演ずる隣室の住人は、ほとんど崩壊した精神状態でのたうち回りながら生きている男だが、不快な体臭が漂ってくる気がするほど生々しい。逆に、柄本明は何やら後光が差しているような意味不明の「神さま感」を漂わせて登場する。小林聡美の画廊主は金と欲が渦巻く現代アート界のカリカチュアだが、素晴らしく魅力的だ。浮世離れした強烈なキャラクターたちの登場は、大ヒットドラマ『地面師たち』を思い起こさせる。(出番は少ないが吉田鋼太郎、片桐はいりも「一度見たら忘れない」独特の存在感を放つ。)
ところが主人公(堂本剛)は、これらの強烈な光と闇をみんな吸い込んで中和してしまう。堂本はむくんだような生気のない顔でほとんど表情も変えず、それが演技なのかどうかもよく分からない。バイト仲間のミャンマー人への対応や、あぶない隣人との会話等から、彼なりに考えていることはあるらしいことが窺えるが、ほとんど印象に残らない。周りの光も闇も吞み込んでしまって何も返してこない、ブラックホールのような空洞。
「諸行無常」が信条であるらしい彼のその空洞が、「まる」なのだろうか。狂気の闇も、ギラギラの欲望も中和してしまう生き方が、「まる」つまり一つの「正解」ということなのか?
それは平和かも知れないが、なんとなく寂寞感を覚えてしまう。その底にはどうしようもない諦念、あるいは絶望が横たわっているように見えるから。
『川っぺりムコリッタ』のラストは、諦念の上に成り立つものであれ、薄明るい希望を感じさせたけれど、この映画はもっと荒涼とした感じがある。もしかするとそのぶん、生き延びる能力はより強いのかも知れないが。
唯一、森崎ウィン演ずるミャンマー人のコンビニバイト仲間が、普通の人間らしい感情(心、というべきか)をかいま見せる。空洞になっていない心が、「生きる」ことのみずみずしさと苦難とをくっきりと描き出している。