「最新鋭・専門家の罠」マミー LaStradaさんの映画レビュー(感想・評価)
最新鋭・専門家の罠
1998年7月、和歌山市園部で起きたいわゆる「和歌山毒物カレー事件」は連日ワイドショーを賑わし、怪しいと見られた林眞須美氏がカメラマンに向けてホースの水を撒く映像は繰り返しテレビで流されました。そして、ふてぶてしそうに映るそのイメージから「こいつが犯人に違いない」の決めつけが国民の間に定着して行き、やがて逮捕・裁判の結果、2009年に最高裁で彼女の死刑が確定しました。本作は、彼女が本当に犯人だったのかを一から再検証したドキュメンタリーです。一部の関係者の間では「彼女は冤罪なのではないか」という議論がかねてからあったのだそうですが、僕は全く知りませんでした。
当時の目撃証言の矛盾点・曖昧さ、物的証拠の弱さが一つ一つ指摘され、「へぇ~、そうなのかぁ」と驚かされる一方で、作中に登場する林家の家族の証言、特に、妻の眞須美氏にヒ素化合物で殺されかけたとされる夫の健治氏の語りには「なんじゃこの人?」と度肝を抜かれ、真実が一体どこにあるのか分からなくなってしまいます。そういう意味では非常によく出来た推理劇・法廷ドラマの様に「楽しめてしまう」のでした。
その様に、本作は非常に多層的な構造を有しているので一言で語り辛いのですが、僕が一番驚いた点を一つだけ挙げておきます。林眞須美氏の有罪を決定付けた物証として、林家の台所にあったシロアリ駆除用容器の亜ヒ酸と、カレー鍋の傍に捨てられていた紙コップに付いていた亜ヒ酸が同一物だという分析結果が挙げられていました。それには当時最新鋭のspring8 と呼ばれる大型の分析器が用いられ、新聞・ニュースでも大きく取り上げられました。僕もよく覚えているのですが、
「ええ?両者が同一物と証明できたと言う事は、台所にあった容器に含まれる微量添加物や配合物が亜ヒ酸に僅かに混入し、それが鍋の傍の紙コップからも検出できたと言う事なんだろうな。そんな物まで分析できるなんて、さすが最新鋭機はすごいな」
と驚いたものでした。ところが、それは全く違っていたのです。あの分析で判明したのは、「どちらも中国産亜ヒ酸である」と言う事だけだったのです。この映画を観てから改めて調べると、日本で用いられる亜ヒ酸の多くは輸入品で中国産が最も多いのです。だから、この分析結果は「どちらからも、最も一般的なヒ素化合物が検出されました」というだけで、これだけでは何ら決定的証拠になり得ないのは明らかです。せめて、林家の台所以外に和歌山県内には中国製亜ヒ酸はないと言う程度の検証は必要でしょうが、そんな調査は一切行われていません。
本作を観ても「彼女は冤罪である」とまでは言えないかも知れませんが、何人も疑う余地のないほど明らかに彼女の犯行であるとはとても思えませんでした。「疑わしきは被告人の利益に」は現在の裁判の大原則でしょうから、再審が認められるべきだと思います。