「 アラタが勤務先の児童相談所にやってくる子供たちをいかに見下していたのかと反省する展開が秀逸です。このアラタの心の変化こそ、本作の隠れたテーマだといっていいでしょう。」夏目アラタの結婚 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
アラタが勤務先の児童相談所にやってくる子供たちをいかに見下していたのかと反省する展開が秀逸です。このアラタの心の変化こそ、本作の隠れたテーマだといっていいでしょう。
乃木坂太郎の同名ベストセラーコミックを堤幸彦監督のメガホンで実写映画化し、死刑囚との獄中結婚から始まる危険な駆け引きの行方を描いたサスペンス映画。
●ストーリー
毎日1回20分だけ許される面会の中で、会うたびに変わる真珠の言動に翻弄されるアラタ。やがて真珠はアラタに対し、自分は誰も殺していないと衝撃の告白をする。
日本中を震撼させた連続バラバラ殺人事件の犯人で、逮捕時にピエロのメイクをしていたことから「品川ピエロ」の異名で知られる死刑囚・品川真珠(黒島結菜)。
児童相談所に勤務する夏目アラタ(柳楽優弥)は、その連続殺人事件の3人目の被害者の息子である山下卓斗(越山敬達)から「父を殺した犯人に代わりに会って欲しい」という依頼を受けます。未だ発見されていない父親の首の隠し場所を聞き出そうと、アラタの名を騙って犯人の品川真珠と文通しており、直接会って話すことを真珠から求められたためでした。
小中学校で落ちこぼれのいじめられっ子だったという真珠のプロフィールから、エリート公務員ぶればマウントが取れると思っていたアラタでしたが、逮捕時の「太ったピエロ」とはまるで別人の華奢な少女のような姿で現れた真珠に驚き、つい地が出てしまいます。アラタが手紙の主では無いと見破った真珠が面会を打ち切るのを何とか止めようと焦ったアラタは「俺と、結婚しよーぜ!!」と口走ってしまいます。元々アラタは結婚には何の夢も持っておらず、真珠と本気で結婚する気もまったく無かったのですが、真珠の巧みな駆け引きと真珠の無実を信じる弁護士・宮前光一(中川大志)の真珠への協力もあって、婚姻届を提出して正式に真珠と夫婦となったのです。
1審で黙秘を貫いていた真珠でしたが、控訴審では自分につきまとっていたストーカーが真犯人であり、そのストーカーが自分の父親なので庇うために今まで黙っていたのだと主張します。宮前と違って真珠の無実を信じないアラタでしたが、真珠が虐待された子供だったこと、婚姻届を渡された時に心を開いた子供のような笑顔で嬉し泣きした姿を目の当たりにしたことなどから、徐々に心を動かされて真珠に惹かれてゆくのです。
その一方で、真珠が宮前やアラタの同僚の桃山香(丸山礼)、被害者遺族である卓斗まで巧みに篭絡していることには気づいており、しおらしかったり「はすっぱ(女性の態度や動作が下品で慎みのないこと)」だったりと様々な顔を使い分ける真珠の本心をつかめずにいました。
真珠が8歳で施設に保護された時と21歳の逮捕時で30も知能指数が上昇した謎、母親の環が真珠を決して歯医者に行かせず高カロリーな食事で太らせていた理由、1審で真珠が早く起訴されたがった真意、そして事件の真犯人は誰なのか…。様々な謎が交錯する中、真珠にまつわる重大な秘密が明らかになり、事態は大きく動き出します。
●解説
本作の見どころは、まず冒頭でアラタがいきなり獄中の真珠に結婚を申し込むところでしょう。真珠をつなぎ止めるための方便として、とっさに出た言葉だったのです。でも真珠を担当する弁護士の宮前奮闘もあって、本当に結婚届を出してしまうところまでいってしまうのです。
冒頭の掴みとしては衝撃的で、そんなまさかと思っていたらあれよあれよの展開でも本当に獄中結婚してしまう件の説得力は、堤幸彦監督だけのことはあると思いました。
最初は真珠から、いまだ発見されていない被害者の首を聞き出したいという理由から真珠に近づいたアラタでしたが、真珠と向き合い、その生い立ちに深く触れるうちに、自分は真珠を含めた子どもたちを可哀想な子どもと当てはめ、自分は自分の家庭環境と比べてあの子どもよりはましだと思いたかったのではないかと考えてしまうのです。
アラタが勤務先の児童相談所にやってくる子供たちをいかに見下していたのかと反省する展開が秀逸です。そして真珠に対する気持も大きく変わっていきます。このアラタの心の変化こそ、本作の隠れたテーマだといっていいでしょう。
そしてアラタを利用しているとしか見えなかった真珠にも、唐突なアラタからのプロポーズを受け入れる、理由があったのです。それが明かされるるとき、本作はふたりの遠大なラブストリーたったのだと気がつくことでしょう。
つぎに本作にはネタバレできないいくつかのトリックが用意されています。特に真珠のIQの急激な変化についての真実は、驚きの展開でした。そしてそのトリックが明かされるとき、裁判がいったん中止になるほどのインパクトをもたらします。
この辺の事件の真相へといたる展開は、驚きの連続です。あまり詳しく詳しく解説するとネタバレになってしまうので、この辺で止めておきますが、少なくとも冒頭での連続殺人容疑者としての真珠のイメージが次第に変わっていくことでしょう。その変化をぜひ愉しまれてください。