「鬼才により描かれる現代アメリカへの警鐘。」シビル・ウォー アメリカ最後の日 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
鬼才により描かれる現代アメリカへの警鐘。
IMAXレーザーにて鑑賞。
『エクス・マキナ』『MEN 同じ顔の男たち』の鬼才アレックス・ガーランド監督による体感型ロードアクションムービー。4名のジャーナリストの視点を通して描かれる、分断されたアメリカ社会の闇。クライマックスで戦場と化すワシントンD.C.での戦闘描写は、IMAXやDolby等の映像や音響の優れた没入感抜群の上映環境での体験推奨。
内戦が勃発し、国内が西部勢力と政府軍に分断された近未来のアメリカ。かれこれ14ヶ月もの間取材を受けていない大統領を取材する為、リー、ジェシー、ジョエル、サミーら4名のジャーナリストがニューヨークからワシントンD.C.を目指し、約1,400kmの道のりを車で向かう事に。彼らは次第に、アメリカ社会の闇と内戦の恐怖を目の当たりにする事になる。
前半はロードムービー、後半は臨場感タップリのアクションムービーと、異なる姿を見せる物語が良い。スイッチが切り替わるのは、中盤でジェシー達が差別的な武装兵に尋問されるシーンだろう。
「お前は、どの種類のアメリカ人だ?」
予告編でも使用されていた、この印象的な台詞と共に紡がれるあのシーンの緊迫感は、間違いなく本作の白眉だろう。
この差別的な兵士を演じたジェシー・プレモンスが、主演のリー役キルステン・ダンストの夫である事によるカメオ出演という裏話も興味深かった。優れた作品は、不思議と優れた俳優を引き寄せるのだろう。
内戦の理由が明かされない点も良い。冒頭、リテイクを重ねて権威的な演説をTV放送する大統領を映す事で、その後の西部勢力の「独裁的な大統領を打倒する」という動機はすんなりと理解出来る。しかし、それ以外の要素を意図的に明かさない事で、「彼らの行いは正当なものなのか?本当に正しいのはどちらか?いや、どちらも間違いなのか?」と、我々観客が考察する余地を残している。あくまで本作は「勝つ側」の視点に立って物語を追ったに過ぎず、視点を変えれば西部勢力の勝利は更なる混乱の時代の幕開けかもしれない。ニューヨークのホテルで、「西部勢力は、勝ったら今度は自分達同士で争う」とサミーが予見したように。
音楽の使い方も印象的だった。オープニングを飾るSilver Applesの『Lovefingers』を始め、随所で挿入される楽曲が、ロックやポップといった、本作の暗く絶望的な状況とは対照的(但し、提示される歌詞は反戦や自由といった本作のテーマに通じるもの)なのが、物語のトーンを陰鬱にし過ぎず、フラットな視点で観客に物語を追走させる手助けとなっていたように思う。
個人的なアレックス・ガーランド監督作品への信頼として、「画作りへの拘り」がある。代表作『エクス・マキナ』は勿論、『MEN 同じ顔の男たち』でも顕著だった、「悲惨、もしくは不穏な状況下にも関わらず美しい画面」というアンバランスさが醸し出す妙が、本作でも顕在だったように思う。
特に、Sturgill Simpsonの『Breakers Roar』と共に描かれる、焼き討ちされ燃え盛る森の道を走り抜ける車の周囲を、まるで儚き命の灯火かの如く火花が宙を舞うシーンの圧倒的な美しさには、思わずため息が出た。その中で静かに息を引き取るサミーの悲惨さも相まって、個人的には先述した武装兵のシーンより素晴らしかった。
ところで、本作はジェシーの成長譚としても楽しむ事が出来る。演じたケイリー・スピーニーは、『エイリアン:ロムルス』でも主演として抜群の存在感を放っていたが、本作でも夢見る純真無垢な女性から、戦場の過酷さ、ジャーナリズムの中でジャーナリストが背負う宿命に翻弄され覚醒していく様を見事に演じ切っていた。序盤こそ理不尽な暴力の光景に打ちのめされ涙を流しながらも、次第に戦場で真実にカメラを向ける高揚感に取り憑かれ、最後は尊敬するリーの犠牲すらも糧にして、歴史的瞬間をカメラに収める。特に、ホワイトハウスで自らを庇って銃弾に倒れ、真横で息絶えたリーの方を見ないのが素晴らしい。リーの犠牲を糧に覚醒し、最後にリーの亡骸の方を振り返るジェシーの目には、最早理不尽に打ちのめされ涙を流していた数日前の姿は無く、冷徹に真実のみを追い求めるジャーナリストの姿があった。
ともすれば、それは間違った成長だろう。リーが過酷な戦場をカメラに収めてきたのは、人々に真実を伝える事で最悪の未来を回避する為だった。しかし、祈り虚しく内戦が勃発し、自らのジャーナリズムに対して不信感や敗北感を抱えていた。そんな彼女が命を賭して守ったジェシーは、しかしリーの思いを正しく継承したとは言えないだろう。内戦という最悪の事態が、不必要な犠牲と生まれてはならない怪物を生み出してしまったのだ。
ラストで射殺された大統領を囲んで笑顔でカメラに映る兵士達の写真。ジェシーの古い型のカメラ故にモノクロで収められたその歴史的瞬間は、色という他者への共感性や感心を失った現代社会の悲惨ささえも写し取ったかのよう。
これまでSFやホラーといったファンタジー色の強い作品を得意としてきたアレックス・ガーランド監督は、本作で現実問題に根差した臨場感あるアクションまでも描き切ってみせた。益々プロとしての円熟味と切れ味を増していく監督の次回作が、今から楽しみで仕方ない。