「報道の嘘、分断の現実、皮肉あふれる作品」シビル・ウォー アメリカ最後の日 MP0さんの映画レビュー(感想・評価)
報道の嘘、分断の現実、皮肉あふれる作品
ピントの合っていない部屋の中の様子から少しずつピントが合いはじめて物語は始まる。
「我々は史上最大の勝利を目前にしている」「我々は再統合を受け入れる用意がある」とホワイトハウスで力強く聴こえるスピーチの練習をする白人男性で"任期3期目"の大統領の横顔の一方で、ホテルの一室でそのスピーチを眺めてカメラを構える女性の部屋の窓からは爆炎が上がる。
米国が分断し、カリフォルニア・テキサス勢力(WF)が中心となって19州が連邦政府から独立を宣言。
大統領を取材しようという4人のジャーナリストがNYからワシントンD.C.までの約1300kmを車で旅する話。
女性の気鋭の戦場カメラマン、リー・スミス(ソニーα)
彼女に憧れ戦場カメラマンを目指す23歳のジェシー・カレン。(Nikon FE2)
記者のシェエル、ジャーナリストの先輩で杖を付く巨漢のサミー。
PRESSの黄色いジャケットも身につけず市内の暴動を撮影しようとして巻き込まれかけたジェシーをリーが助けた縁をきっかけに相乗りをして旅をする。
journal(日記/新聞・雑誌)、Journey(旅)、shooting(銃撃/写真を撮る)、rideshare(ライドシェア/相乗り)…
物語中に無数に散りばめられたダブルミーニングとダブルスタンダード、大統領によるメディアを通じたスピーチと実態はまるで異なり、連邦政府軍はWFに攻め込まれ崩壊寸前という描写にフィクションと明示しているのに不思議とリアリティを感じる皮肉っぷりに好き嫌いが大きく分かれる作品かと思う。
市街地での暴動を始め最新のミラーレスで決定的瞬間を撮影していたリーと、その背中を見ているだけでカメラを構えることさえできなかった父のお下がりだというフィルムカメラを持ち歩くジェシー。
ニュージャージーを迂回し、現実ではUSWによる労働組合騒動で揺れるUSスチール本社のあるペンシルベニア州ピッツバーグ、ウェストバージニアを経由してホワイトハウスのあるワシントンD.C.へ。
コロンビア特別自治区(District of Columbia)は正確には州ではない連邦政府の直轄地。
大統領はFBIを解体し、治安は悪化。その一方でどちらにも加担しない街では表向き平和な光景が広がる。
死と隣り合わせの旅の中で未成熟だったジェシーがどんどん銃撃の中でものめり込むように果敢にカメラを構えて撮影に挑んでいく姿とリーがカメラを構えられずにいる姿は対称的で辛い。
この作品に何を見出すのかは観た人によると思うが、クライマックスのワシントンD.C.市街地銃撃戦とホワイトハウス攻略、軍の最高司令官を兼ねる大統領の遺体を前に笑顔でWFの兵士たちがエンドロールで映っている様子は米国の建国の理念でもある「銃を持つ権利」、政府が腐敗した時に市民(Civil)が連邦政府を倒すことを権利として認めているアメリカにおいて、日本人の感覚では分かり得ない感情が込められていると思う。
また銃声や爆発、不意に突如として奪われる人の命が作品全体に緊張感を与えてくれる。
米国では4月から公開され話題となっていたようだが、日本では奇しくもドナルド・トランプ暗殺未遂が2度も起きた後で公開されたように、大統領選挙を強く意識しつつも分断の明確な理由を政治的、政策的背景などをほぼ一切触れない点は見事。
白人男性の"3期目"の大統領はトランプのイメージとも、バイデンのイメージとも見える。
個人的には大統領選挙や政策論争は大切だが、市民の生活はそれとは切り離されて、たとえ分断があったとしても日々の生活と人生は続くのだという事を忘れている人に呼びかけている所までが皮肉なのだと思った。
作中ではそうですね。カリフォルニア州は民主党、テキサス州は共和党支持ですから実際にはあり得ない組み合わせと思わせる事が狙いとパンフレットには書かれていましたね。
赤サングラスに脅されている場面の「What kind of American?」や19州分離なのにWF旗は2つの星…見えているものだけが分断ではないという事かと。
同じ米国人じゃないか! と思いますが、日本でも400余年前には内戦を繰り返してた訳ですからねー。今回の映画では東軍と西軍ですか? 信条の相違をあまりクローズアップしてなかったのは煽りを避けた配慮ですかね。