「人類とは「関わる人の視点」によって立体化する偶像なのかもしれません」パルテノペ ナポリの宝石 Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
人類とは「関わる人の視点」によって立体化する偶像なのかもしれません
2025.8.28 字幕 MOVIX京都
2024年のフランス&イタリア合作の映画(136分、R15+)
パルテノぺと名付けられた魅惑の女性の一生を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本はパオロ・ソレンティーノ
物語は、1950年にエーゲ海にて生まれるパルテノぺ(成人期:セレステ・ダッラ・ポルタ、老齢期:ステファニア・サンドレッリ)が描かれて始まる
父ササ(ロレンツォ・グレイジェセス)と母マギー(シルビア・グランデ)との間に生まれた女の子は、兄ライモンド(アントニオ・アンニーナ、成人期:ダニエレ・リレンツォ)と同じように、父の雇い主の提督(Alfonso Santagata)に「パルテノぺ」と名付けられた
それから18年後、パルテノぺは美しい女性に育ち、家政婦の息子サンドリーノ(ダリオ・アイタ、幼少期:リッカルド・コッポラ)、ライモンドと共に仲睦まじく過ごしていた
ライモンドはパルテノぺに禁断の恋をしていて、サンドリーノもそれに気づいていた
それゆえに一線を越えることはなかったのが、小説家のジョン・チーヴァー(ゲイリー・オールドマン)との関わりの中で恋に敗れ、パルテノぺはライモンドの前でサンドリーノと関係を持ってしまった
そしてその翌日、ライモンドは海への投身自殺を図り、それが原因でパルテノぺの家族はバラバラになってしまう
父は仕事を辞め「孫が見れたら戻れるかも」と嫌味を言い、母は「あなたのせいでライモンドは死んだ」と断罪する
失意のパルテノぺはマロッタ教授(シルビオ・オルランド)に「自殺についての研究をしたい」と言い出すものの、教授は慰め「奇跡についての論文を書きなさい」と励ますのである
映画は、ライモンドが自殺するまでとそれ以降ではテイストが変わっていき、振付師のフローラ・マルヴァ(イザベラ・フェラーリ)と女優のグレタ(ルイーザ・ラニエリ)との出会い、マフィアのロベルト(マーロン・ジュペール)との関係と堕胎、テゾローネ枢機卿(ペッペ・ランツェッタ)の聖ジェンナーロ、などが描かれていく
そんな中で多くの関係を築くものの、結局は「本気で求められなかった」と結婚しなかった理由を結んでいた
パルテノぺは多くの人から「何を考えているのか?」と訊かれるのだが、その答えは「生き延びようとするための」というものだった
それは老年期の回想によって紡がれるのだが、最後には「それも違うのかも」と笑って戯けている
美しさと羨望による支配欲に満ちた若年期、兄の死によって死生観が変わるものの感情を優先して溺れる日々を過ごしていく
パルテノぺは教授から「人類学は見ることだ」と教えられるのだが、そこで教授は自分の障害持ちの息子ステファン(アルフォンソ・サンダガータ)と会わせる
彼女は「とても美しい」と言うのだが、それは「他のすべて=日常」とはかけ離れたところに、教授が息子を思いやる愛を感じたからであると思う
それは、彼女自身が両親から奪ったものであり、受け取らなかったものでもあると言えるので、それはとても皮肉な出来事だったのかもしれません
いずれにせよ、かなり観念的な内容になっていて、パルテノぺは「誰からも見られながらも孤独だった」という風に人生を振り返っている
それは、彼女が最後まで持っていた写真に答えがあって、そこには在りし日のライモンドと自分が写っていた
おそらく彼女は兄妹という関係を超えて一緒になりたかったのだと思うし、その覚悟が相手にはなかったのだと考えようとしている
だが、それらはすべて「生き抜くための自己防衛」であり、生き延びるために思い出を美化しつつ自身を正当化するしかない、と考えられる
そう言った意味において、パルテノぺは自らの決断で不幸への道を歩んでおり、そのために「瞳に輝きが灯らない人生」になってしまったのだろう
彼女を取り巻く大人たちは、あらゆる面で彼女を「よく見ている」のだが、その人々の語るパルテノぺというものを組み合わせることで、彼女の本当の姿が見えてくる
チーヴァーは「彼女が本当に愛しているもの」を見ているし、グレタは「逃げて来たこと」を知っているし、ロベルトは「親子愛を奪った象徴」でもあるし、テゾローネは「パルテノぺの中に眠る愛欲」を刺激していく
そんな中で、唯一彼女が欲しかったものが教授と息子との関係であり、それは「家族関係が壊れた後でも続いたもの」だったと言える
それは「パルテノぺとライモンドの関係」がそうなったかもしれないと思わせるものであり、あの時にお互いが「その他のすべて」を捨てていれば手に入れられたものだったのではないだろうか