サブスタンスのレビュー・感想・評価
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クローネンバーグ御大かと思いました
いやー、面白かったですね。口あんぐりの連続でした。
監督が公式に言ってるかは知りませんが、クローネンバーグ御大の演出に似てましたね。移り変わりのところとか、注射をブスブス刺すところとか、最後は「ザ・フライ」みたいで泣けてきました。「チタン」のフランス人女性監督も御大の作品に惹かれているみたいですが、フランス人は御大好きなんですね。
スーが可愛かったですね。彼女は「ワンハリ」でブラピと絡んでいた女優ですよね。観てないんですが「アノーラ」も「ワンハリ」のヒッピー出身と聞いて、どの役の女優なのか気になってました。
女性監督として、やはり男社会でやっていくことの難しさとかを全面に出したのでしょうか。ファルジャ監督の写真見ましたが、やはりキレイな方です。思えば日本も含めて女性監督は総じてキレイな方が多いように思えます。そんなところは考えすぎかもしれませんが。でもプロデューサーがハーベイですし。
美しさと若さですか、やはりそこに行き着くことは宿命でしょうか。デミ・ムーアもよくぞあそこまで(醜い)自分を晒したなと感動しました。アカデミー賞でもいいように思いましたが、やっぱり怪物になっちゃうと評価下がるんですかね。関係ないですが、夜の界隈で売上何億みたいな女性が持て囃されてる最近ですが、何もなくて、若さと可愛いだけ(しかも作ったキレイさなら)ならいずれはエリザベスになっちゃうよなぁと、大きなお世話をしてみます。
最後、ちょっとクドいかなともおもいました。でも、とても楽しみました。
SFとホラーの2部制
第一部は質の良いSF。
良き分裂です。
CGだけでなく特殊メークに見応えあり。
第二部は80〜90年代ホラーや漫画への
オマージュでしょ。
死霊のしたたりとか、バタリアンとか
バスタードとかベルセルクとか
顔横のおっぱいの造形にノスタルジーを感じました。
SFとしての出来が良かった分
第一部だけで完結する話が見たかった。
モンストロ・エリザスー
モンストロ・エリザスー
ラスト辺りは爽快だった
血飛沫すごかったな
あそこまでやってくれると見てる方もテンションあがる
デミムーアよく引き受けたな、こんな役
ゴーストの頃から35年たったのか
でもまだまだ綺麗だった
薬打つ必要ないくらい
人は誰でも歳をとる
時間だけは平等だからな
受け入れていくしかないんだよな
ビジュアル、年齢重視の人って自分が歳とったらどうするんだろ
ヤバいだろ
辻彩がアンブレラに勤めたら
己の中の「スー」に愕然とさせられる!
物語の前半はちょっと犯罪系ミステリーの様な
不穏な空気感にグイグイ引き込まれて行くが、
後半は精神的なホラー味がどんどん強くなり、更に
皆さんが書いておられる様に映像的にもかなりグロくなってくる。
ただ、そのグロさも一周回って最後はブラックコメディーになっていた!
そのあたりに耐性のある方はぜひ、劇場で!!
で、月に8回ほど映画館で映画を観る
中途半端な映画好きとしては
中々にパンチの効いた本作!
ほとんど裸で冷たいタイルの上か特殊メークバリバリで、
よくもこの作品を受けたわ!!
デミ・ムーアに拍手!!
本当に解りやすくルッキズムと男性優位社会への批判を込めたお話。
だけど、その根底には、女性自身もいつの間にか
男性の女性へ向ける価値観に支配されていることに気付かされる。
後半「エリザベス」の若い分身である「スー」が母体へ反旗を翻す辺りから
老いへの憎しみがどんどん増して行く。
若く美しく周りからチヤホヤされる「スー」は
誰からも顧みられることの無い
老いた「エリザベス」としての時間が耐えられなくなり
邪魔に感じ出した「スー」の行動がもう半端無い!
今は若くても「エリザベス」の体が無ければ復活できないのに
そんな事お構いなしにこれでもかと言う様に
容赦なく「エリザベス」を痛めつける!
ずっと若いままでいたい!!
正直、女だってそれが本音だもの。
己の中の「スー」に愕然とし、恐ろしくなる。
あと、大昔、好きだと言ってくれた男を当てにするようになったら
女も終わりだな〜〜
そのシーンが違う意味で超怖かった!!
悪夢のようなスプラッター・コメディー? やりすぎ注意
思ったよりも、グロく、漫画チックで、ツッコミどころ満載の映画でした。
結局これはコメディーなのか? と、「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れる場面では思わず吹き出してしまった。
全編を通して緊迫感のある作品で、退屈することはなかったが、いかんせんやりすぎだと感じた。
最後に、道に埋め込まれたプレートのシーンを「落ち」のようにして見せるところなんか、なかなかニクイなと思ったけれど、作品全体としてはグロテスクで過激な描写が多く引いてしまった。
何事も節度をわきまえなくてはならない。おじさんは、こんな映画をつくる人たちの感覚を疑いたくなったのである。しばらくはホルモンとか食べられへんわ。
体当たりの演技はたいしたもんだけど、デミ・ムーアももうちょっと仕事えらんだほうがええんと違うか? ほんまに。
と、ここまでいろいろ悪口を書いてきたけれど、「アホな女が主人公の馬鹿げた映画だ」と一蹴することはできないのである。
「よりよく見られたい」「いつまでも若く美しくありたい」という、人間の本質に関わること、とくに女性にとっては切実な問題がテーマになっているので、しみじみと感じるものがあったことも確かである(表現方法には、拒否反応を起こしたけれど)。
面白さ右肩下がり
品質が低い
美しさとは。
Xでバズってるpostを見てずっと気になっていた作品。
今の自分の美しさだけでは飽き足らず、昔の栄光や若さに目がくらみ、若返りを図る。
下調べせず鑑賞したので、サブスタンスを服用して起こった事が衝撃的でした。
てっきり整形技術的に本体そのものにメスを入れて変貌を遂げていくのかと思いきや、背中から生まれ変わるとは。。
しかしルールを守る事で2人の自分がバランス良く生きられるのだ、どちらも自分であるという縛りも、ストーリー上欠かせないものであるし、理解できました。
男性陣の態度や世間の目。歳を重ねて老いには逆らえない女性に対するのと、若さに満ち溢れた快活な女性に対するそれはあからさまであり、日常的に起こっている事柄と簡単に結びつけられる様に感じます。
自分が歳をとるにつれて心身の変化がある事や、女性の若さや性的消費に対する気持ちもよく分かりますし、主人公の気持ちを考えると胸が痛みました。
終始セリフや説明が少ないのに、デミムーアやマーガレットクアリーの表情を見る事で不思議と理解できてしまう、引き込まれる作品でした。
痛くて痛くてホラーよりゴア印象
とりあえず、痛さと汚さで潔癖症鳥肌が止まらない笑
観ている中でこの路線行かないでね。に見事突入!!B級ホラーやトンデモ展開好きな方は観る価値あると思います。
分裂した時の人格が描写のせいで分かりにくいですが、多分別人格。故に継続メリットが理解できない。ステージママ(親子)の成れの果て【極】自業自得エンドで飽きました。
あと青年(老人)の必要性は?
締め方は好きです。
鑑賞から時間経つとラスト哀れで愛おしいなと思えるようになりました。
昭和に描いた未来感がした。画作りは好き。痛いし汚いけど笑
オススメできないけど、見て良かったと思う
人類不変の悩みを描いた現代の寓話
とんでもなくかなりぶっ飛んだラストは、映画へのオマージュがあふれていた。
ある程度予測した通りに話は進み、あれ?まだ続くの?と感じ始めてラスト30分。やられたー!と思いました。まさかの!あの名曲がここで!確かに新たな何かが生まれちゃったけど!
そして悲しみと怒りの血しぶき!
これってキ○リー?
ここまできわどい演出をしたのは、あまりにもそのまま終わると痛々しすぎるからだろうか。ジャンルはホラーとはいえ、同じ女性故に、形容しがたい苦みが胸に残った。
映像は斬新でスタイリッシュなミュージックビデオのようでありながら、一週間ごとに入れ替わらなければならないという不条理な制約やルールを破り身を滅ぼす顛末は、古今東西のおとぎ話や寓話に共通するものがあって、古典的な印象も残した。
老いていく自分と向き合えず、追いかけてくる若き日の栄光にしがみつく。
覚えてもいないイケてない同級生からの、泥水に落ちた電話番号の切れ端に一度は救いを求めるも、結局そんな自分も許せない。
そんなエリザベスが陥っている状態は、仏教では執着といい、かなり醜い心理の一つだけれども、誰しもが歳を重ねると大なり小なり同じような苦しみを味わうだろうし、どちらかというとエリザベスに歳が近い自分も、彼女を笑い飛ばすことはできない。
スーを取り巻くステレオタイプの男性たちや、若い女性の上澄みだけを搾り取り、使い捨てにする業界への批判も盛り込まれているが、それはハリウッドだけではなく、社会全体にはびこるルッキズム批判でもあるだろう。
しかし結局は、エリザベスが、今の自分を好きになることができないことが一番の原因なんだな。スーも、目の届かない場所へエリザベスを隠し、常にエリザベスの存在を恐れている。老いと向き合い、今の自分を受け入れ、前を向くこと。
それは永遠の難題なんじゃないだろうか。
デミ・ムーア主演映画の中での最高傑作
思ってたよりも…
ロングランしてたので、期待しつつ劇場へ。
朝一だったけど、パラパラお客さんの姿も。
皆さんお一人で鑑賞してる模様でしたが、鑑賞後これは人を選ぶなぁと思ったので皆さん正解かも。
ある程度の事前情報として、他の人の口コミをみてからの感想です。
スプラッター具合はまぁ許容範囲でした。
正直もう少し美についての過剰な世の中への批判とか込められているのかと思っていましたが、まぁ、後半はB級ホラー映画でしたね。
…血糊好きよね❤️🩹海外の監督さんは。
もう、ギネス狙ってんのってくらい使ってます。
男性社会への皮肉とか、ルッキズムとか、ある意味エリザベスはこの社会の被害者ですよね。
共感する同世代の方は多いんじゃないでしょうか。
ただ、主役の2人は本当に体を張っているのでそこには賞賛しかないです。
よくぞ、ここまでやり切った‼️
ただ、それがいい作品とならないのも事実かなと個人的には思いました。
最後に、老いってものは徐々に受け入れていくものですよね。徐々に歳を重ねていきましょう。
過激な描写が非常に長いスプラッター映画だった
老いに抗うテーマが親近感あるかと思い、軽い気持ちで鑑賞を決めましたが、鑑賞途中でこれは自分の苦手なスプラッター映画だと気づきました。
過激なグロテスクに加え、性的部位はアップにする時間もやたら長く、暴力部分も過激な描写で、自分の苦手詰め合わせ3点それぞれがどれもやたら長かったです。
見るに耐えられず、ひたすら目を瞑って凌ぎました。
救いがある胸を打つような終わり方だとまだ良かったのですが、それもなかったので、多くの衝撃的場面を心に抱えたまましばらく日常を過ごすことになりそうです。得るものが何もなく、残念な気持ちです。
自分には合わなかったのですが、スプラッター好きな方にはいいのかもしれません。
ちなみに、性的部位に関してはそんなにハッキリとしかも長く映さなくて良いのにとは思いますが、レッドカーペットなど正式な場でセレブが過激な衣装で登場する写真は割と見かけますし、文化の違いはあると思います。映画内最後に5000万人が観ているという設定の大晦日テレビ特番場面で羽を背負った大勢の女性達が胸丸出しで踊っているのも衝撃でした。
そして性的部位をアップでやたら映すだけではなく、全編を通して女性は扱われ方も性の対象としてしか存在しないような描かれ方で不快に思いました。
エンディングは笑えるとともにちょっと切ない
これ女性が監督だったの?男の監督が撮ったのって思えるくらい女性の体のパーツのアップが多かった(サービスカットか?!)のが印象的でした。
頭が追いつかなかったのですがエリザベスの体を破ってスーが出てきて内臓はどうなってんのとか、同じ人間のはずなのに別人格なのとか脚本家はどう考えているのか理解不能。でもそんなことよりも映像に驚愕しました。
美と醜、若さと老いの対比がハッキリとしていてそれは演者のスタイルとメイク陣に依るところが大きい。またプロデューサーのハーヴェイがタバコの煙を吐き出すところとかエビの食べ方とかとにかく汚く撮られていてかわいそうなくらいでした。途中エリザベスが幼馴染と再会を機会に飲みに行こうとするけど老いてる自分が嫌で結局は行かないエピソードあるけど別に要らなかったかな。
結末はどうなるのかドキドキしていたがまるでサザンのライブで放水してるような放血ショーで周りは老若男女血だらけ、主人公は別の生物に生まれ変わり、挙げ句体が破裂して絶命(?)。
舞台が自宅マンションと撮影スタジオと秘密の組織(薬品の提供会社?)以外ほとんどなくてやたらと廊下が長く、部屋の中に余計なものがなくてなんか実相寺昭雄監督みたいだな(あそこまでシュールじゃないけどわかる人にはわかる)と思いました。
デミムーアはゴーストでしか見たことないが年の割にスタイルは良いです。主役2人のおっぱいとデミ・ムーアのアンダーヘア(股にのり付いてる?って感じの写り具合)が見られただけでもお得かな。もっとエログロに振り切っても良かったのになんか中途半端だったな。
デミ・ムーアがミュージカル・コメディ部門で主演女優賞取ったってこれホラー映画ですよね?もうワタシ的にはB級カルト認定です。
もう夜の最終しかやってなくて客も私含めて2人だけでしたが映画館スタッフに感謝です。
それは露悪か策略か
ジョン・カーペンターやディヴィッド・クローネンバーグらが牽引した80年代B級映画の文脈を正統になぞるボディホラー。
エリザベス・スパークルと刻印された記念マンホールにケチャップまみれのハンバーガーを落とす冒頭のショットが来たるべき凄惨なスプラッター描写を予告するところから物語は幕を開ける。
往年のハリウッド女優が過去の栄華に執心するという筋立てはまずもってビリー・ワイルダー『サンセット大通り』を否応なく想起させる。
また美貌の代償として肉体を蝕まれていくという展開は、同じくルッキズムを題材とした韓国のアニメーション映画『整形水』を彷彿とさせる。
『整形水』が明らかに念頭に置いている今敏『パーフェクト・ブルー』にみられたような、自他境界の混濁が認識の崩壊を招くというホラー表現も至る所に散見された。
あるいはコラリー・ファルジャの出自を踏まえれば、露悪的なまでの過激な残酷描写がフレンチ・ホラーにその起源を持っていることもわかる。
あらゆる文脈を意図的にミックスした果てに生まれたのは、肉体と精神の双方から登場人物が追い詰められていくという苛烈きわまるスプラッター映画だったというわけだ。絶望的なのは先に挙げた参照先がほとんどすべて無惨なバッドエンドを迎えているという点。ゆえに本作は決定的破滅という必然に向かってひたすらギアを上げていく。
しかし「サブスタンス」というエキセントリックな薬品が引き起こす諸現象の奇矯さに反して、人物の造形はかなり大味だ。エリザベス/スーは美貌と映画以外の内面を持たないし、プロデューサーのハーヴェイやスーの彼氏は典型的なマッチョイズムの権化としてしか描かれない。最終盤のくだりにしたって、醜い姿に変わり果てたエリザベス/スーを「バケモノ!」「撃ち殺せ!」と指弾する人々は匿名的な群衆以上の意味を持たない。
凝りに凝った残酷描写に反して、あまりにも粗雑な人間描写。この二極化が示すのは二つの可能性だ。
一つは、単にコラリー・ファルジャが80年代から連綿と続く露悪主義的なホラー映画を無批判に再現しているだけという可能性。これだったらマジで最悪だ。
B級映画の極端な露悪主義は結局のところハリウッドのワインスタイン問題や日本の園子温問題とも根底の部分で繋がっている。それを「女性監督」をエクスキューズに一切の批判意識なく再現しているだけのだとしたら、本作には「B級ホラー」の縮小再生産以外の価値はない。
もう一つは、明らかに策略があって敢えてそうしている、という可能性だ。
劇中、カメラのレンズがデカデカと映されるショットが何度かインサートされる。このインサートショットはほとんどがスーが活躍している最中に差し込まれる。カメラが眼であることを踏まえれば、それはスーを眼差す我々の眼ということになる。魅力的な対象が現れたときほどわかりやすく機能する我々の眼。
本作はひたすら荒唐無稽な空想に向かうB級スプラッターの文法に倣いながらも、カメラ=我々の眼というインサートショットを差し込み現実との接点を確保することで、社会批判としてギリギリ機能しているのではないか、ということ。私としてはもちろんこっちの可能性を信じたい。
以上から、少々判断に困る作品だったといえる。もう少し氏のフィルモグラフィーを漁ってからではないと何も言えないような気がする。
〜追記〜
監督の前作『リベンジ』を観たので、そのうえで改めて。
両作に通底するのは男性への強い憎悪であり、その点については疑いようがないということ。そして劇中の大半を占める露悪描写は、その剥き出しの憎悪をほどよく戯画化するための緩衝材であるということ。
彼女は80年代から続く露悪映画(それは往々にして男性によって牽引されてきた)の系譜をなぞってはいるものの、そこに単なる縮小再生産の意図は絶対にないことは確信できた。むしろあえて召喚した系譜をその根源まで引き摺り出して締め殺してやろうという強い殺意さえ感じた。しかしそんな殺意を素で振り回したら映画にならないので、本作では戯画化という形でコメディ映画への逃走線が引かれている。
しかし戯画化というのは対立構造の輪郭線をくっきりさせてくれるという点において便利なものである一方、その手法が雑だと対立構造それ自体が陳腐化する。
下半身ばかりを舐めるような「男の視線」を現す構図や、クチャクチャと気持ちの悪い咀嚼音が強調される食事シーン、魑魅魍魎が明滅するBADシーンなど、男女の対立を示す描写としてはもはやあるあるすぎて面白くはない。それによって立ち上げられる男と女の対立構造というのも、よくある男女論的な範疇を出ない。
男への憎悪を糊塗する方便として用いていた「戯画化」(=露悪描写)によって、「何に寄り添い、何を打ち砕くべきか」という明確なスタンスが徐々に脱臼されていってしまったからこそ、本作は結局あらゆる二項対立を「ええじゃないか」と総棄却して開き直るラストシーンの狂宴へと向かわざるを得なかったのではないか、というのが私の見立てだ。
じゃあどうすりゃいいんだよ、男への憎悪をそのまま映画にして面白いのかよ、と突っ込まれそうだが、私は全然それでも面白いと思う。シャンタル・アケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン』を観ればわかる通り、この作品にあるのは男への剥き出しの憎悪だ。でも、メチャクチャな傑作だ。
要するに、単に演出の問題なのだといえる。ありふれたやり取りで男女の溝を説明するよりも、女が一人でひたすらジャガイモの皮を剥き続けるほうがよっぽど男女の間に横たわる何らかの不穏な差異を予示してくれる。そういうことがある。そういう演出を撮影の中で探り当てられるかどうかが一番大事だと思う。
ほんでもウチはハリウッド映画ですからなあ、ヨーロッパさんの悠長で小規模なインデペンデントとはワケが違いますからなあ、と言われてしまったら今度こそ何も言えない。スクリーン側からの歩み寄りをポップコーン片手にイライラしながら待っている怠惰な観客に有効なのは、露悪か感傷か、そのどちらかしかないのかもしれない。
デミ・ムーアさんに、アッパレ。
日本では泣かず飛ばすの状況が続いたと感じていましたが、本作品の演技は全身全霊を感じ、今後の俳優活動を期待させてくれました。
作品自体はホラーの枠組みかもしれませんが、デミ・ムーアさんの演技が素晴らしかった。
内容に関しては、感情や行為を極端に強調した、とある世にも奇妙な感じの作品として成立していると思う。
あのような筋書きや展開、見せ方は他の作品でもよくありますし。
こんな映画だとは思わなかったとか、後悔した等のご意見も拝見しましたが、一応ホラーとしては事前に告知していたと思っていた事と、そうでなかったとしてもキャッチコピーに「阿鼻叫喚」という大きな「おぞましさ」を歌っているので、裏切られたとは思わなかった。
若さ(スー)は見た目が美しいが、経験不足のせいか心が醜い。
年配者(エリザベス)は経験値により自意識が確立され、自分が正しいと思い込み盲目的に突き進む。
そんな二人が当たり前のように衝突する構図。 また、女性は美しさが損なわれたら終わっていくという表現は、あくまでも、特定意識のなかでの話であると個人的には思っています。
基本、誰でも様々なコンプレックスは有るし、それに対して非常に過敏に、多くの人は意識されていると思う。
それとどう向き合うかが、人生の大きな選択になるのかなと思える作品でした。
物語の起承転結の起句承句は物語の方向性が確定しており、裏切られたとか面白くないと感じた方は、其処からの終演を、いろんな意味での美しい展開を望んだ人だったのかな。
結句は、作品のオリジナリティを確定させる大事な10%部分という解釈もあり、個人的にも賛同をおぼえるので、後半のあの展開や見せ方も製作者の大きな意図が有るかなと思いを馳せます。
導入と終結を同じ象徴の上で終わらせたのは秀逸。
その時のエリザベスの表情に、美しさや醜さやスーへの想い、そして良いか悪いかは別として、有る意味納得して消滅していった、奇妙な安らぎを感じました。
とあるレビューで、マクベスの一節「綺麗は汚い、汚いは綺麗」を表現しているとの意見を拝見し、賛同を覚えましたが、同時に存在に苦悩している描写には、ハムレットの「生きるべきか死ぬべきか…」の名言も当てはまるかもなと、思いました。
半ばから後半のグロテスクな表現は、びくっりしましたがデミ・ムーアさんの演技に引き込まれたので嫌悪感等も無かった。
また、あのグロ表現に関しての色々な予想や考察を拝見しましたが、私は、世界的に有名なあの漫画家先生に影響受けた!?…何て事を、世代的な邪推で妄想してみました(笑)
ちなみにホラー作家ではありません。
とにもかくにもデミ・ムーアさんの演技には称賛を贈りたい。
ちなみに、デニス・クエイドさんのあの役柄は良いとして、わざわざあの役をデニス・クエイドさんが演じたことに(オファーをお受けした事に)少しだけびっくりしました。
役柄がなんとも、変な人で嫌な人で汚い人だっただけなので(笑)
グロい表現が多々あるので、美しい展開や映像を期待する方には確かにオススメ出来ませんが、作品としては観賞後の余韻と考察も楽しめる1品と感じたので、オススメしたいと思います。
全662件中、121~140件目を表示












