「ありのままの自分を輝かせて」サブスタンス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ありのままの自分を輝かせて
私の世代からすれば、デミ・ムーアは人気女優。80年代~90年代、多くのヒット作や話題作に出演。ゴシップも多く提供。良くも悪くも“スター”であった。
しかし、今の若い世代でデミ・ムーアを知ってる人はどれくらい居るだろう…?
何せ最後に出演した大規模作品は2003年の『チャーリーズ・エンジェル/フルスロットル』。その後も映画に出演はしていたが、小規模作品にぽつりぽつり。無論、主演作など無い。
2000年代に入ってからは人気と活動に翳りが見え始め…。近年は目立った出演作も活動もナシ。
過去の人。閉店ガラガラ。あの人は今…?状態。
男優は老いても身体を張ったアクションでまだまだ第一線で現役バリバリも多いが、女優は…。
人気と若さを失った女優に、ハリウッドに居場所は無い。色々変わっていくハリウッドなのに、これ(男尊女卑)だけは変わらない。
そんなデミ・ムーアが、やってやった!
昨年のカンヌ国際映画祭で熱狂された時から見たかった作品。
ひょっとしたら今年のアカデミー賞関連作品で一番気になっていたかもしれない。
デミ・ムーアの奇跡のカムバックが専らの話題だが、彼女が各映画賞で大健闘した事を称賛したい。
人気はあったものの、演技力は対して評価されず、映画賞とは無縁。“ポップコーン女優”と形容され、絡む映画賞と言えばラジー賞くらい。ノミネートは常連、受賞も何度か。
そんな彼女の演技が大絶賛! キャリアベストの賛辞が飛び交い、悲願のアカデミー賞初ノミネート!
残念ながら受賞はならなかったが、何だかとても嬉しかった。
そもそも実力は充分にあったのだ。それを活かせる作品や役に巡り合わなかっただけ。
それ見たか、アカデミー!批評家ども!
彼女が実力を出し切れたのも、今の自分だからこそ出来たこの役。
だって、自身のキャリアを彷彿させ、セルフパロディにしか思えない。
通りに名も刻まれた人気女優、エリザベス・スパークル。…かつての。
若さも美しさもまだ失ってはいないが、衰え、人気も落ち…。
今唯一の仕事は、朝のエクササイズ番組。
まだ充分美しいが、番組プロデューサーはそうは思わない。ババァを降ろせ! 若くてキュートな娘に変えろ!
女性を見た目と若さでしか見ないプロデューサーは、ハーヴェイ。明らかにアイツでしょう。名前からして。当初はレイ・リオッタの予定だったが、死去により、デニス・クエイドが怪演。
周りに言われなくとも痛感する自分の若さや美しさの衰え。加えて、失職。
悪い事は続き、交通事故…。
大事な身体や命に別状は無かったが、診察室で堪らず泣く。
強い女性を体現してきたデミ・ムーアも実際にこんな泣きたくなる事あったんじゃないかなぁ…と、何だか胸が詰まった。
そんな彼女に、若い男性看護師があるものを渡す。それは“サブスタンス”と書かれたUSBメモリー。
自宅マンションに帰って再生すると、何か薬品の紹介…?
再び若さと美しさを得られる。でも忘れちゃいけないのは、“あなた自身”。
何をどう見たって怪しい…。メモリーをゴミ箱に捨てる。
が、どうしても好奇心と謳い文句に逆らえず、記された番号に電話を…。
謎めいた声から指示を受ける。あるものが届けられ、指定された受取場所へ。これまた怪しそうな廃墟、ロッカー。
入っていたのは箱。その中には、奇妙な器具の数々…。
何をどう見たって完全に怪しい。間違いなく、何かの違法物。
が、やっぱりどうしても好奇心と突き動かす何かに逆らえず、使用。
薬品を投与。途端に、激しい目眩からの意識不明。身体に激痛。
背中が裂け、自分の中から“もう一人”の自分が現れた…!
あくまで何かの形容かと思ったら、文字通りの描写。
ギャー! エイリアン!?
ではなく、もう一人の自分。エリザベスが“母体”なら、こちらは“分身”。
しかし“分身”は、若く美しい。
確かにあの紹介メモリーが言うように、若くて美しい自分を手に入れた。…トンデモねぇー方法で。
にしてもこのトンデモねぇー設定を思い付いたコラリー・ファルジャ監督。イカれてるくらいの“狂才”。
女性監督なのに(そもそもこの言い方も差別的なのかな…?)、長編デビュー作はバイオレンス。本作でも強烈なグロゴア描写。この“誕生シーン”なんてまだまだ序の口。それはさらに恐れを知らぬほど過激になっていく。
ホント、久々にトンデモねぇー映画を見た。いつもなら映画を観た後何かランチでも食べようと思うのに、あまりの衝撃とおぞましさにちょっと遠慮したほど。
それでいて、男尊女卑の業界や女性へのルッキズムなどしっかりと。強烈なブラック・コメディとして。
刺激的な編集やカメラワーク、脳天にガツンと来る音響や音楽。
好き嫌いはっきり分かれる。劇薬レベルの作品に衝撃を受けるか、一切何もかも受け付けないか。この作品を見て“普通”と感じるのならば、マジで精神病院に行く事を勧める。
監督の狂才に、世の男性映画クリエイターたちは恐れろ。
それらビジュアル面だけじゃなく、二人の女優から熱演/怪演を引き出した手腕。
それに応えた二人の女優。
何度言ったっていい。デミ・ムーアが凄い…! いや、よくこの役を引き受けたと言うべきか。
だって一歩間違えてたら晒し者になっていたかもしれないし、ヤバい意味で後世に語られていたかもしれない。
しかし女優デミ・ムーアは、今の自分に出来る全てを、この役にぶつけた。さらけ出した。衰えも、哀れも、醜さも。
コラリー・ファルジャは今の彼女から、凄さ、美しさ、何処か可愛らしさも引き出す事に成功している。昔から変わらぬ長い黒髪姿、ホント今でも充分美しいよ。
そんな彼女が…。あんな姿やあんな事に…! 中盤のおとぎ話もびっくりの老婆姿は元より、終盤は私の常識の範囲を越えた。
デ、デミ・ムーアが…! 仮にもあなた、かつての人気美人女優ですよ!
ホントよくぞ引き受けた。演じるとかではなく、それを凌駕した。恐れ入った。
まあ役のブッ飛びさが勝敗の原因になったのかもしれないが、これでオスカー逃したの…!? 『ANORA/アノーラ』のマイキー・マディソンのアグレッシブな快演も良かったが、私だったら何の迷いも無くデミ・ムーアに一票!
にしても、ブレンダン・フレイザーやキー・ホイ・クァンはカムバック受賞を果たしたのに、何故デミ・ムーアは…。何だか以前のエディ・マーフィやシルヴェスター・スタローンの時と同じようなものを感じる。
双方に違いは…? あるのだ。これまたアカデミー賞の変わらぬ“偏見”。
マーガレット・クアリーが助演女優賞ノミネート落選した事も信じられない。
出番が少なかった『教皇選挙』のイザベラ・ロッセリーニより相応しかったのでは…?
彼女もまた、今の自分に出来るもの全てを。
若さ、美しさ、セクシーさ、キュートさ。
あの勝ち気で挑発的な美貌、艶かしいくびれやヒップを見よ。
私を見て!…と言わんばかりに。
体当たりの熱演。彼女も終盤、おぞましく“変貌”。
彼女もホントよくやったよ。
誰かに似てる…と思ったら、アンディ・マクダウェルの娘だったのか…!
マーガレット演じるもう一人の自分、スー。
若さ、美しさ、キュートさ、セクシーさと、母体エリザベスの業界の酸いも甘いも知り尽くした経験を武器に、瞬く間にスターに。
エリザベスを蹴落とし、朝の新しいエクササイズ番組を務め、視聴者や関係者を虜にする。
最初は上手くやっていた。
が、“サブスタンス”には厳守ルールが。
一週間交替。エリザベスとスー、一週間でその都度入れ替わらなくてはならない。
スーで動いている時、母体エリザベスは…? 避けた背中を縫合し、脱け殻状態。
一週間でまたこの身体に戻らなければならないから、一週間分の栄養剤を投与しておかないといけない。
分身の若さを保つ為に、母体から成分を抽出しなければならない。
色々面倒臭いが、これらは絶対厳守。例外は無い。
映画をたくさん見てると分かる。こういうルールって、破られる為にある。押すなよ!…と同じ。
映画的には破られてこそなんぼの展開だが、もし破られたら…。今以上の最悪の事態に…。
一時の性欲に負けて、スーは“一週間ルール”を破ってしまう。
エリザベスから“8日目”の成分を摘出。一時のその場をしのぐ。
が、エリザベスに戻ったら…。“8日目”の副作用か、指が老化。
それまでお互い“共有”してやっていたのだが…。次第にその拮抗が…。
スーは成分を取りさえすればと、ルールを破り始める。
エリザベスは引きこもるようになり、暴飲暴食。
お互いに対して、苛立ちや不満を抱くようになる。
順風満帆なスー。スーとして輝ければ輝くほど、エリザベスは…。
それでもある時声を掛けられた知人男性とディナーの約束を。精一杯おめかし。
行こうとした寸前、大看板などのスーの姿が目に入る。
圧倒的な若さ、美しさのスー。
それに対し、自分(エリザベス)は…。
化粧し直す。何度も何度も。隠し切れぬ衰え。
すっかり自信を無くし、怖くなり、ディナーをドタキャン。真っ暗な自室に籠るエリザベスが物悲しい…。
次々仕事が舞い込むスー。遂には、大晦日の生放送特番のMCに抜擢。
スーとして保つ為に、エリザベスから成分を必要以上に摘出。
エリザベスの老化は止まらない。白髪となり、片足が腐敗。
大事な生放送特番前日。成分を摘出しようとしたら、摘出出来ず。エリザベスの身体が枯渇。
結果、エリザベスは…。頭は禿げ、皮膚はしわしわ腐り、猫背姿の醜悪な老婆に…。
エリザベスは全てを止めようとする。怪しい製造元に電話。
このその都度その都度の電話対応の声も無感情でゾッとする。
送られてきた薬品をスーに…。
が、投与した所で後悔。あなたが必要。
蘇生処置を行い、スーは息を吹き返す。
これまで入れ替わりだった二人が初対面。最悪の場で。
エリザベスが自分にした事が分かり、スーは激昂。
エリザベスとスーの取っ組み合い。二人の女性の争いに見えるが、自分自身の殺し合い。何と、醜く…。
スーはエリザベスの顔をガラスに何度も何度も叩き付け、蹴り上げ蹴り上げ、殺してしまう…。
急いで生放送特番スタジオへ。ギリギリでメイクも衣装も済ませるが、スーの身体に異変が…。母体であるエリザベスを殺した事により、分身のスーの身体も壊れ始める。歯が抜け、爪が剥がれ…。
切羽詰まったスーは生放送直前に抜け出し、自宅マンションへ。藁にも縋る思いで“一回のみ使用”の薬品に手を出す。
再び目眩からの意識不明。激痛。スーの背中が裂け、現れたのは…!
ここからはご自身の目で見て衝撃を受けて下さい。
若さと美しさに執着する女二人のスリラーから悪夢的ホラーへ。そしてクライマックスは、戦慄のモンスター/フリークス・ムービーへ…。
ジョン・カーペンターかデヴィッド・クローネンバーグか、奇っ怪な世界に迷い込んだような…。
あんな姿になっても、ライトの下へ。
どうなるか分かっているのに、それでも何かを求め、欲したいのか…?
突如現れた“化け物”にスタジオは悲鳴。
阿鼻叫喚と『キャリー』匹敵の血のショー!
おぞましいのはその姿もさることながら、エリザベスの顔が浮き出ている所。
スタジオを出、街をさ迷うが、肉体に限界が来て、崩壊。
肉塊の中からエリザベスの顔だけが蠢き出し、ある場所へ。
天にはスター。その場所にもスター。私はスターよ。
そんな幻想的幸せに溺れたまま、エリザベスは…。
若さや美しさを追い求める事は悪い事ではない。
特に女性にとっては永遠のもの。
が、執着し過ぎるのは…。
自分の暗部や醜さが露見。身の破滅。
また、女性に若さや美しさを求める世間も然り。
“サブスタンス”は薬物にも置き換えられるし、世のあらゆる物事への強烈過ぎるメッセージ。
今年一番の衝撃作はまず間違いない。このインパクトを超える作品はなかなか現れないだろう。暫くは…いや今後も忘れ得ない。
しかし、冷静になって気付いた。こんなブッ飛んだ作品でありながら、根底にあるものは普遍的なもの。
ベタ過ぎる言い方かもしれないが、ありのままの自分を輝かせて。
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